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2017年12月05日

ドラマ「先に生まれただけの僕 #8」イクメンのイクは育児の育だからね!



イクメンという言葉が使われるとき
いつも抵抗を感じます。

首を傾げてしまう。

イクメンという言葉が
わが子のオムツを変えたり沐浴をさせたり
ミルクをやったりという
面倒をみる父親たち、つまりメンズのことを
指しているのならわたしは
間違いなくイクメンでした。

でしたというのは、もう息子も中学生ですから
さすがに自分のことは自分でできる。

この年代になると父親の役目も
変わって当然です。

ではイクメンという言葉のどこに
わたしが首を傾げるかというと、
メンズに限らず
育児という言葉の使い方そのものに
わたしの解釈と世間の解釈に
ズレを感じるからだなとわかりました。

一般的に育児というと
食事や下の世話など身の回りのこと、
あとは一緒に遊んでやったりなど
面倒をみることを指しますよね。

子育てを手伝う父親=イクメン

って言っても世間では通用しちゃう。

でも育児ですから『育てる(そだてる)』
あるいは『育む(はぐくむ)』という
言葉がメインだと思うんです。

それってオムツを変えたりなどの
世話をすることだけを言うんじゃないだろう
と思うわけです。

その辺を意識していないと
「子どものことは妻に任せている」
とか
「うちのダンナは子育てを手伝ってくれない」
とかというときの意味合いにも
おかしなことが起こってくる。

実際、あっちこっちで起きていますよね?



気がつけば師走、わたしもいろいろなことが
頭の中を占拠していて、慌ただしくなってきました。
そこで昨日はまさかの配信予約ミス!!
なんとか12/4中に気づいたけど夜9時前の更新でした!
待っていてくれた?ゴメンナサイ!!!
そしてドラマも観る時間の確保が大変!

ドラマ「先に生まれただけの僕」
第8話


を観ています。

学校改革に手応えを感じ始め、
乗ってる感じの鳴海(櫻井翔)。

しかし、ちひろ(蒼井優)から
2年3組の生徒・大和田達也(伊能佑之介)の
成績が急降下し、
達也の父・和宏(升毅)が激怒している事を
知ります。

達也は当初クラスでも成績は上位でした。
それが今は最下位。

3年生進級時には特進クラスから
普通クラスに移らなければならない程の
成績に陥っていたのです。

学校を訪れた和宏は、
息子の成績が落ちたのは
学校の責任だと決めつけ、
ちひろの話を聞く耳を持ちもせず・・・



はい、スミマセン。
まだ、全部観終えていません。

本当に和宏が乗り込んできたところまで。

升毅さんが配役。

わたしの好きな俳優さんです。
ドラマに出てくるときは悪役・・・というか、
嫌な人間の役が多い人ですが、
実際にはとてもいい人で
楽しいかたなんじゃないかなあと
勝手に想像しています。

木村拓哉さん主演の「プライスレス」
というドラマでは行きつけの店の
粋なマスター役でした。
これはとてもステキな役でしたね。

さてこの和宏、
しばらく単身赴任していたそうで
達也のことは妻に任せていたと言います。

あ、出た・・・と思いました。

教育のことは妻に任せているから発言。

あろうことか和宏父さん、
わざわざ高い授業料を払って
私立高校に通わせているんだから
学校側もなぜ早く気づいて
対処してくれなかったんだときた!(笑)

どうなんでしょうか?
こういうことは日常茶飯事なんでしょうか?

わたしは学校の先生ではないので
感覚的にはわかりませんが、
テレビドラマの世界ではよく見る光景です。

でも、家のことは妻に任せっきり
という言い方はしょっちゅう世間でも
されていますし、「家のこと」の中に
子育ても含まれることがほとんどです。

ということはやはりよくあるのでしょう。

かく言うわたしも、
家のことは妻に任せっきり・・・

正確にはそういう部分もある。
昨日は部屋のカーテンががらっと
変わっていて驚きました。

次はソファーのカバーを変えようと
してくれている。

夏と冬、季節にあわせて
ベッドのシーツなども変えてくれます。

学校の行事やPTAのことなど
わたしはほとんど知りません。

自力で把握できるのは
せいぜい体育祭くらいです。

塾のことだってよく知りません。

まさに家のことから息子のことまで
妻に任せっきり。

しかし、普段から掃除や洗濯を
わたしがすることもあれば
妻が出かけている日は
わたしが食事を作って
息子と2人で食べたりもする。

そういった雑務はできるほうがすればいい
と思っています。

でも気をつけないといけないのは
それで息子のことを妻に任せている。

という認識はいっさいないということ。

いや、世話になっていないという
不義理な意味ではないですよ。

わたしの気の回らないところに
よく細々とやってくれるなと
感謝しかしていません。

でも教育には参加している意識は
常に持っていないといけないと
思っているということ。

例えば、単身赴任にしてもそうです。
そうやって働いていることそのものが
もう教育なんですよね。

とくに思春期。

自分の中でいろいろな物事について
考えて自分なりの価値観が
大いに揺らぎながら構築されていく、
そういう年齢。

極端な話し、死んでしまうことも
教育の一つです。

でもこれは極論ではなく
存在そのものがもう教育なんですよね親って。

その意識を持っていればこそ
普段は仕事で、わが子と接する時間がすくない
父親でも、その少ない時間を大切にできる。

このドラマはわたしが好きな
福田靖さんの原案・脚本作品です。

男らしい骨太の理念に基づく
筋立てになっているはずですから
ここまでだと升毅さんがまたイヤな役で
終わってしまうけど、
まだこの先があるはずです。

親としてどう変わってくれるのか?
そのギャップは升毅さんだからこそ
生み出せるものになるのでは?

と先の展開を楽しみにしているところです。


        全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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