2017年08月05日

ドラマ「僕たちがやりました #2」親にも言えないこと、言いたくないこと



中学1年生の息子は
いろいろなことを話してくれます。

でも、なんでもかんでも
すべてを打ち明けてくれる
とういうわけでも無いようです。

親として、何かを隠しているとわかれば
追求もしたくなります。

しかし、わたしは興味があること、
知りたいという気持ちだけは伝えますが、
無理に追求はしません。

時と場合にもよるでしょうが
それが親としての基本姿勢です。

かく言うわたしも、
親にでさえ言えないこととはあります。

言いたくないこと、というのが
正しいのかな?
もっと正確に言うと、
いつかはいいたいけれど、
言えるような状況になって欲しいけれど
今は言わないという判断が正しいだろう
と考えた末に結論づけている。

そんなことも持っています。
胸の内に。

そしてこれは「親にも」というのは
本来、開けっぴろげな性格のわたしが
言わないという決断をしている
ことの大きさの表現であって
実際には親だろうが誰であろうが・・・
ということです?

だから・・・息子にも
そういうことがあってもいいと思えています。

こういう時に口をつぐむ者の
祈りを知っているから。



マンガですね。
マンガが原作のエンターテインメントで良かった。
自分が、こんな立場に立たされたら
最悪だろうな〜 悪夢だな〜
と観ていてたまに夢で悪夢を見るときの
感覚を思い出して苦しくなりながら観ています。

ドラマ「僕たちがやりました」
第2話


を観ました。

トビオ(窪田正孝)、伊佐美(間宮祥太朗)、
マル(葉山奨之)、パイセン(今野浩喜)は
イタズラ半分で矢波(やば)高に仕掛けた
爆弾が思わぬ大爆発を起こしたと思い込みます。

事故は10名をの死者が出る大惨事に・・・

不良たちのリーダー・市橋(新田真剣佑)も
死亡したと、蓮子(永野芽郁)から聞かされ、
トビオはさらに動揺します。

このままでは警察に逮捕されてしまう・・・

おびえる4人。

そんな中、矢波高の教師、
熊野直矢(森田甘路)が犯人を見たと
警察に名乗り出ます。

翌日、矢波高生とマルのトラブルを知った
刑事の飯室(三浦翔平)らが
凡下(ぼけ)高に現れ、
トビオたちの担任、菜摘(水川あさみ)に
事情を聞きます。

菜摘は凡下高生の関与を否定しますが、
事件の前夜に矢波高から出てくる
トビオらを見ていただけに心配を隠せません。

一方、パイセンは、トビオ、伊佐美、マルに
集合をかけ、それぞれに300万円を渡し、
事件について一切口をつぐむよう言います。

真相を知るのは4人だけで、
何も無かったことにすれば
これまでの日常が取り戻せる・・・はずだと。

パイセンの提案をのんで金を受け取り、
「何も無かったぁ!!!」と変なテンションになる
トビオたちですが、そのとき、
ニュース画面に映ったのは
目撃証言から得られた情報による
パイセンそっくりの容疑者の似顔絵でした・・・。



実は一話目だけで観るのをやめようかと
思っていたのですが、

6日間の休みに入る直前に息子に、
「やっぱりこのドラマ観た方がいいよ」
と薦められた嬉しくて観ることにしました。

連休明け、すでに第3話も
ハードディスクに録画されています。
第4話放送までに観れるのか!?

さすがにここまで観ると、
先が気になりますね。

それにしても、トビオの決断は
少し残念でした。

トビオは幸せな家庭で育っています。
いや、現時点ではそのように見えます。

それでもトビオは300万円を持って
海外に逃げようとします。

家族には黙って。

わたしが高校生のときに
同じ立場に立たされていたら、
間違いなく、全てを
両親に打ち明けるでしょう。

絶対に助けてくれると信じているから。

今でもこんな理不尽な状況なら
助けようがない可能性も覚悟の上で
もちろん打ち明けると思います。

でも、日常生活の中でのことの方が
実は言えない事、言いたくない事
というのは出てきてしまう。

それは、知る必要が無いこと、
余計な心配をかけてしまうこと、
あるいは、伝えたいけれど
今は上手く伝えられる自身が無いこと・・・

などなど。

だから、息子が何かを言わないでいる
というそぶりが見えても
わたしは無理に追求はしません。

言いたがっていて言えないでいる
ということもあるので
その時の息子の様子は観るようにしていますが
なんでもかんでも打ち明けろとは
思っていない。

実際、言わないこと、言えない事を
もっているときにその内に秘めている願いは
わたし自身もよく知っているから。

それは「信じていて欲しい」という願い。
だから、息子が何かを聞いても
教えてくれない時は
本当に自分を大切にしてくれればいい
という事だけをしっかり確認として伝えて
追求をやめる。

それで、信じてくれているんだと
伝わっているようです。

大切な人に秘密をつくっておいて
「信じてくれ」なんて身勝手な・・・

なんて意見もあると思いますが、
それは、秘密は知りたくなる
という本能的な欲求によるものなので
大人になれば本来、
その感情はコントロールできるものです。

わたしの場合は逆に親としての
信頼を示すいい機会だと思っています。


           全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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