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2016年07月23日

ドラマ「仰げば尊し #1」大人の視点よりもさらに大人の視点へ



わたしの息子も反抗期が始まっています。

気に入らないことがあるとスネます。

決まり文句は「もういい」です。

正直に言いますと、
息子にこういう態度を取られた時は
胸がきりきり痛みます。

でも、この痛みは、親が引き受けるものなのでしょう。

そういうときの息子は、
大人から見ていればスネているだけなのですが、
息子からすれば、息子なりに正当な理由があって
『怒って』いることになるのでしょう。

そんな怒りは本当はスネているだけなんだよと
分かって欲しい。教えてあげたいとも思いますが、
そんなのは親から言われればますます反抗するでしょう。

結局は、自分で自分と向き合って
気づいていくしかありません。

親は、そういう息子がモヤモヤしながらの十代を
無事に乗り越えてくれることを
信じて、見守ってやることくらいしか出来ないのでしょうか?



さてひとまず今シーズンのドラマが出そろったみたいですね。
本当は日曜夜フジテレビの「HOPE」も観たかったのですが
こちらを選ぶことにしました。TBS日曜劇場、

ドラマ「仰げば尊し」 第1話
を観ました。

ある日の公園で、初老の男・樋熊(寺尾聰)の指揮により、
少年少女らによるブラスバンドの音が鳴り響きます。

「やさしく、丁寧に…」と声をかけながら、
それでいて情熱的に指導する樋熊を
興味深く見つめる美崎高校・校長の小田桐(石坂浩二)。

小田桐は定年までの最後の1年、
問題の多い美崎高校の生徒たちの高校生活を
なんとかいいものにしてあげたいと
切に願っていたのでした。

そんなときに子供たちに接する樋熊の様子を見て
美崎高校へ来て欲しいと樋熊へ頼み始めます。

その話を聞いた樋熊の娘、奈津紀(多部未華子)は
反対しますが、小田桐の熱意に押された樋熊は、
ちょっと覗くような気持ちで美崎高校を訪ねることに。

そこで煙草の投げ捨てを注意した生徒たち
不良グループの青島裕人(村上虹郎)と木藤良蓮(真剣佑)、
安保圭太(北村匠海)、高杢金也(太賀)、
桑田勇治(佐野岳)たちとの出会いがありました。

彼らの態度を諭そうとする樋熊ですが、
「ここじゃ、俺たちが法律だ」と
大人をなめ切った態度の青島たち。

そんな彼らに触れた樋熊は、「やりがいがある」と
美崎高校で生徒たちと向き合うことを決心します。

全校生徒の前で元プロのサックス奏者だったと紹介される樋熊。
「もっと今という時間を大切にして夢中で生きてみませんか?」
と全生徒にと呼びかけます。

そんな樋熊に「救世主だ」と熱いまなざしを向けていたのは
吹奏楽部の部長、有馬渚(石井杏奈)。

有馬は樋熊に吹奏楽部の顧問になってほしいと頭を下げるのでした…。



青島たちは、反抗期のクライマックスを迎えた年齢です。

自分たちのモヤモヤとどう向き合っていいのか
分からないでいる。

まっすぐに接しようとする樋熊に
「俺はアンタを認めねえ」と反発します。

気に入らないのでしょう。
でも、大人目線で観ているとわかります。

樋熊は何も悪いことをしていません。
完全に青島たちの八つ当たり。

でも、
わたしは不良ではありませんでしたが、
あの頃の自分の気分は良く覚えています。

不良ではないので、不良たちが青島のような態度を
とっているのを、はたからみていたら「子供だな〜」なんて
思うくせに、実は、自分も気に入らないことがあると
「大人はなんにもわかっていない!」
とモヤモヤイライラしていました。

理不尽だったり、大人の都合だったり、
ずるかったり、弱かったり、
大人のそんな面を見ては、
鼻で笑ってバカにしている自分。

そして、自分がそんな大人から注意されると
内心では「アンタらなんかに何がわかる!」と
ふて腐れている。

結局はわたしも、そんな十代を過ごしてきたんだな…
と思います。
思いますと言うか、大人になってみてわかる。

当時、わたしは思っていました。
大人になっても、今の気持ちを忘れない大人になろう…と。

正直言うと、非常に難しいです。

すでに、11歳の息子の在り方を見ていて
イライラしてしまう自分を感じる。

なんだ?なんて器の小さいことをやっているんだ?
なあ、オレよ。

と、あとになって反省をしてしまいます。

大人は、もっと余裕を持っていればいいと思っている。

それこそ、物語シリーズに出てくる忍野メメのように、
若い子たちが感情的になったら

「元気いいねぇ、何かいいことでもあったのかい?」

とニヤけながら、受け止められたらいい。

それが、なかなか実践では「何だと!こら!」
という態勢で迎えてしまう。

もっと大らかに見守って、
もっと上手にコミュニケーションを図っていきたい。

でも、やはり、反抗期の子供たちに
あのナイフのような目を向けられて、
寂しいと胸が痛むのが一番の問題なのでしょう。

その感じ方から目をそらしたりせず、
それを軽〜くぜ〜んぶ受け止めて、
大らかにしていたい。

それにはやはり、父親としての、一人の男としての
成長が求められます。

いや、そんなに気負うモノでもないのかもしれません。
ようは、単に、徹底的に信じること。

それしかないんでしょうね。


                 全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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