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2017年03月26日

ドラマ「下剋上受験 #10(最終話)」その2 パラダイムシフト(価値観の転換)の起こし方



日本人は勤勉。

そう言われていました。

実際にそうだった時代もあるし
それは素晴らしい文化であり習慣でもある。

日本人の細胞に培っている気質、
財産だと思いたい。

だからこそ「お勉強」する
というのがどういうことなのか?

暗記してテストで良い点をとることではない。
インプットしたままアウトプットするのではない。
猿真似の訓練ではない。

さらに良い未来に今をつなげるための
創造のための準備、
材料や道具、技術を集めている。

それが勉強。

ということを前回
ドラマ「下剋上受験 #10(最終話)」勉強ってなに?を捉えなおしてみる。
の記事で書きました。

だから、
学歴が足りなかったから勉強する
知識を詰め込む為に勉強をする
資格をとるために勉強をする

という発想からもう一歩先へ
勉強というものを捉えなおしてみよう。

という意図で書いたものです。

世界が変わる。とは、
自分のものの見方が変わるということです。

世界が違って見えるということです。

世界はわたしたちが捉えるようにできている。
だから世界を変えたければ、
自分が世界の捉え方を変える。

それがパラダイムシフトということですよね。



新しい靴をおろしました。
普段、履き慣れた靴は、底が割れて
雨の日は水を吸い上げてしまいます。
でもまだまだ靴としては十分に履けます。
だから晴れの日用と雨の日用に
分けてみることにしました。

ドラマ「下剋上受験」
第10話


佳織が桜葉学園に落ちて
祝賀会の予定がお疲れ会に変わってしまった夜、
信一が「ウサギとカメ」の
タイトルについて話します。

もともとは「油断大敵」というタイトルだったのが、
エリートたちによって「ウサギとカメ」に
書き換えられたのだというのです。

要するに、エリートとそうでない人たちの差は
エリートがちょっとやそっとさぼったり
怠けたりしたからって簡単に縮まるような
ものではないってことだろう・・・と。

一夫や信一はそんなふうに解釈している様でした。

その後、香夏子が違う中学の受験票を出し
佳織は新たな受験に挑みます・・・



おうよう桜葉学園しか見えていなかった信一が
佳織や周囲の視線の中で、
自分の価値観、捉え方を変える瞬間が
描かれていました。

さて、「ウサギとカメ」の真相はともかくとして、
「油断大敵」というのは、確かに
ウサギとカメの話を子どもの頃に聞かされて
最初に考える教訓ですよね。

ちょっとできるからって油断していると
こつこつ頑張っている人に追い抜かれるよ。

とか、人が遊んでいる間に努力した人が勝つんだ。

とか・・・

そういうことを教えられる物語。

でも、それだって一つの解釈にすぎません。

本当にこの作者はそういう教訓を得て欲しくて
この物語を書いたのでしょうか?

解釈はほかにもいくらでもできそうではありませんか?

だいたいなぜカメがウサギの得意分野で
勝負しているんですか?
海で泳ぐ勝負だったらどうなるのでしょう?

それとも他人のフィールドで頑張れという
メッセージですか?

ほかにも陸の勝負だとしても、
ぴょんぴょん飛び跳ねずにいかに
ゆっくりじっくり進めるか?
という勝負なら?

もっといえば、勝ち負けにこだわらないという
心の勝負だったら?

「油断大敵」というタイトルをエリートが
「ウサギとカメ」に変えたといいながら
エリートをあっち側の人、
凡人をこっち側の人、
みたいに捉えたままわが子を勉強させて
いい学校に行かせたのなら
わが子にはあっち側のエリートになって欲しい
という考え方になってしまいます。

でも、佳織が言った「世界が変わる」

はそういうこととはぜんぜん違うはずですよね。
勉強をして、それまであっち側だと思っていた
世界に言ってみたら、
思っていたのとは全く違っていた。

あっち側とかこっち側なんてことではなくて
もっとすてきな世界が広がっていた・・・

ということでしょう。

だから、あんな風に幸せでいられる。

信一も本を書いてベストセラーになるほど
ですから世界が大きく変わったはずです。

生活が変わったという意味ではありません。

世界の見え方が変わったはず。

もちろん、勉強してもあっちからこっちへ
移っただけで世界の見え方を変えられない
人たちもいるわけですよね?

学歴で人を判断するような人たちは
少なくともそういう部分をまだ残している
と感じるのはわたしだけではないでしょう。

でも、そういう人たちを憎んだり
見下したりもしていられない。

そこにはやはり努力があった訳です。

エリートになって、
そうじゃない人をバカにする人も、
バカにされて学歴コンプレックスを持っている人も、

どちらもまだ同じ世界の見方をしている。

まだ心の傷を癒せないでいる。

世界を捉え直すには、自分の傷、
相手の傷の痛みをわかろうとして、
視線を全く違う方向へ向けることです。

生きることは、本来全ての瞬間が学び。
だとするとなにも学んでいない人なんていないし、
全ては他の人にはない独自のもの。

だったらその人にしかできないものの見方がある。

このドラマの何話目だったかで
信一たち中卒組の前で、
エリートの徳川がどんな思いで頑張ってきたか
打ち明けるシーンがありました。

信一たちはあの時に
パラダイムシフトが起きたでしょうし
徳川も信一との交流で大分変わりました。

わたしたちは自分にしかできなかった学びを
他の人たちと分かち合うだけで
自分も相手も、世界の見え方、捉え方を
変えていける。

世界を変えていけるのではないでしょうか?


          全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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