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2017年07月22日

ドラマ「ハロー張りネズミ #1」感じて考えを深める自分磨き



エンターテインメントらしいエンターテインメントと言えば
主人公が困難にぶつかってそれを乗り越え
成長していくという物語が王道です。

ヒューマンドラマであれコメディであれ
サスペンスであれアクションドラマであれ
基本的にはそんな構造になっているはずです。

文芸作品と言えば、
人の恋人に背徳の恋心を抱いて
ラブラブチュッチュしながら自分たちを責めて
悦にいっている・・・失礼。

そんな作品ばかりではないですが、
そういうものを文芸というくくりにすること自体が
嫌いなものですから・・・

わたしが文芸として素晴らしいと思うモノは
例えば「タッチ」

・・・はい??

って思うでしょうから、文芸『的』と言い直しましょうね。

上杉達也と上杉和也は双子の兄弟。
そしてお隣の同い年の幼馴染で
学校ではマドンナ的存在の浅倉南。

彼らの青春物語ですが、
感情表現が繊細で静かですよね。

和也が死んだときに、彼の遺体にすがりついて
わかりやすく泣き叫んでくれるなんて
ありがちな演出はありませんでした。

あだち充さんの人と人の間に流れる
空気感・・・その多くが思いやりだった印象が強いですが、
それらはセリフや分かりやすい表情よりも
無表情で無言のやりとりで描かれる。

アニメもそこをよく演出できていました。

こういうのを文芸『的』だとわたしは思っています。

エンターテインメントの弊害はとても良いことが
表現されていても「ああ〜面白かった!」
で完全に忘れ去られてしまうことが多いこと。

その事自体は良いことでもあるので
非難はしていないのですがやっぱりもったいない。

でも文芸『的』は感じさせて自然と考えてしまう。
自然と考えを深め感受性を深めるという良さがある。

でも反面、感受性の鋭い人にしか響かない・・・
という弊害もありますよね。

背徳の恋に溺れてわたしたちって悲しい人生ね・・・
と自己憐憫ごっこの映画はここでは論外ですよ。

それこそわたしの感受性が鈍いと言われれば
それまでですが(笑)

テレビドラマは特に、
映画以上の分かりやすさが求められる。
でも、「鈴木先生」のように文学『的』要素と
エンターテインメントを上手くミックスさせることも
出来るわけですよね。

でも、そういうのともまたちょっと違う
絶妙なバランスなんじゃないかという
期待を抱いてしまう作品があります。



今シーズンのドラマ、初回試し観、2本目はコレです。

ドラマ「ハロー張りネズミ」
第1話


を観ました。

東京都板橋区、下赤塚にひっそりと佇む
「あかつか探偵事務所」。

五郎(瑛太)とグレ(森田剛)は、
事務所の下の階にある
スナック「輝(キララ)」で、
バイトの萌美にちょっかいを出していました。

その時、天井がドンドンと音が響きます。
さらに三回ドンドンドン。

それは所長の風かほる(山口智子)からの
依頼の合図でした。

事務所で昼間から酎ハイをあおるかほるが、
五郎とグレに紹介したのは今回の依頼主、
川田(伊藤淳史)でした。

川田の依頼は、なんと、
1ヶ月前に亡くした娘にソックリな
女の子を見つけて欲しいというものでした。



人情とおせっかいが売りの探偵・・・
なんだそうです。

タイトルは昔から知っていました。

弘兼憲史さんのマンガですよね。
「課長 島耕作」が代表作、かな?

わたしが小学生の頃には
大人のマンガとして認識していたので
かなり古いはずだと思って調べると

1980年〜1989年に講談社の
「週刊ヤングマガジン」で連載。

とのこと。
80年代、10年連載ですから
人気はかなりあったようですね〜

なんだか古臭いな…
失礼ながら、番組告知のタイトルを観たときに
そんな感想を抱きました。

それはもちろん、80年代にわたしが
マンガ大好き少年で、自転車で休みのたびに
古本屋巡りをしていたころの記憶によるもの。

極めて個人的な感想です。

でも、それだけに、なぜ今コレなんだ?

と、疑問もわき、番組ホームページを観ました。

タイトルが個人的に懐かしい響きなだけで
その他は全てオシャレ。

内容的に普遍的なものなのだろうと期待して
観てみることにしました。

観てみて正解でした。

内容はシンプルですが、テーマは王道よりも
すこしズラされてあるんですね。

でも、そのシンプルさで言葉にできないことを
ちゃんと伝えようとしているんですね。

凄いのは言葉に出来ないことを
『言葉に出来ないまんま』でも
表現使用としていること。

映画ではテーマを持っていて
しかも言葉にできるにもかかわらず
映像屋魂みたいなもので
それをあえて映像で伝えようとする・・・

みたいな作家もいます。
ある意味、志が高いといえますが
わたしはシルヴェスター・スタローンのように
映像、演技、そして言葉全てを
全力で使おうとするほうが好きです。

一方、テレビドラマの世界は
『ながら観』をしている人にも
伝わるようにセリフで伝えていくモノ
というのが基本的な考え方です。

でもこのドラマは映像であるが故の良さを
また違うカタチで使ってきました。
原作マンガもそうなのであれば
マンガというキャラクターの演技を見せる媒体
であるからこそとも言える。

五郎が少女に人の存在について
死んじゃいたかったなんて言えるような
そんなもんじゃないんだ!

というのを、何とか言葉にしようとするけど
結局言葉にできないというシーンがある。

主役は探偵、人情とおせっかいが売り・・・
一見王道なエンターテインメント。
でも、依頼は微妙にズラされているから
その依頼内容や結末からも
見た人それぞれが自分の中で考えを
育んでいかなければならない。

そして、表現方法も、実は絶妙に
王道よりも少し文学的で
文学よりは圧倒的にエンターテインメント。

こういう作品に触れて
分かりやすさで答えだけ与えられるのではなく
自分の頭で価値観を洗い直してみるのも
悪くないんじゃないかと思いました。


             全ての物語のために












posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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