2017年08月08日

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン #3」命よりも大切なもの?



コレを為すために生まれたんだ!
このために生きているんだ!

それをやれないなら生きている意味がない。

そう思えることって在りますよね?

わたしにもあります。

在りますがそれが何かは
一言では言えません。

だって、まだおぼろげだから・・・
もう42歳ですがそれでも
なりたい自分がハッキリくっきりバッチリは
見えていないし、掴めてもいません。

考えれば考えるほど
感じれば感じるほど
その答えは
日に日に変わっていくようにも感じる。

息子の成長、妻の成長、わたしの成長、
周囲の人たちの変化。

全てが動いていて
どう動くか不確定なのに
こうありたいという自分だけを
確定させることなんて
本当は出来ない気もしてきます。

それでもやりたい事はあるし
為したい事もある。

だからやっぱり目指すなと言われれば
それは「生きるな」「死ね」
と言われているのと同じ事。

でも、そんな風に追い求めることを
知っていること自体、
幸せなことだと思うんですよね。



6連休の間、ドラマを観る時間も一切とらず
遊んんだり、ただ休んだりしていました。
だから、家に帰るとHDDに録画が
たまりまくっています♪

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン」
第3話


を観ました。

”命と、
その人が命よりも大事だと思っているもの。
どちらかを選ばなければならないとき
どうすべきなのか?“。

藍沢(山下智久)は
そんな問題と向き合っていました。

藍沢が脳外科医で出会った患者、
天野奏(田鍋梨々花)は将来を期待される
14歳の天才ピアニストです。

しかし彼女の脳は腫瘍におかされている。

手術をすれば奏の命は助けられますが
ピアノを弾けなくなるというリスクが大きい。

もちろん主要は拡大し続けていますから
手術が遅れれば命が助かる確率も減っていく。

両親は早期の手術を望みますが、
拒否し続ける奏に担当医である
新海広紀(安藤政信)は悩まされていました。

一方、救命には
渓流で足を滑らせて転落した男性、
緒方博嗣(丸山智己)が運び込まれます。

こだわりの料理人として
注目を集めている緒方。

彼は頸椎に脱臼骨折という
ダメージを受けていました。

そんな状況でも自分が仕留めた
イワナのことを心配する緒方に
緋山(戸田恵梨香)は興味を持ちます。

さらに、森林公園で倒れていた男性救出のため
ドクターヘリ要請が入ります。

白石(新垣結衣)や冴島(比嘉愛未)たちが
ヘリで出動。

しかし、患者をヘリに乗せた直後
冴島が意識を失い白石も研修医も
頭痛や吐き気を催し慌ててヘリの空気を
入れ換えるため窓を開けます。

藍沢たちが病院で待機していると、
白石からドクターヘリの機内に
原因不明の汚染が発生したとの報告。

藤川(浅利陽介)は身重の恋人、
冴島のことが心配で・・・



ピアノが弾けなくなる14歳の天才ピアニスト、
包丁が逃げれなくなるこだわりの料理職人、
全てを賭けて打ち込んだ研究が他に
先を越されてしまい自殺を繰り返す大学教授。

3人とも命よりも大切なものを
失われた人、失いそうな人たちです。

藍沢が命と命より大切なもの、
そのどちらかを選ばなければならないとき
どうすべきなのか?

という問いと向き合うのには
それだけの具体的な症例が目の前に
現実としてあるからでした。

この問題はデリケート・・・でしょうか?

たしかにデリケートな部分の問題
ではあるけれど、
答え自体はデリケートでもなんでもなく
はじめからでていると思います。

その人が命よりも大切だと思っていること
を失うかもしれない。
というときに、命と天秤に掛けたら
やっぱり命をとるべきだと思います。

単なる綺麗事に聞こえるかもしれませんが
よくよく考えるととっても
現実的なものの見方であることが
わかってもらえるはずです。

ピアノが弾けなくなる、
包丁が握れなくなる、
長年の研究がご破算になった・・・

だから生きていても仕方がない?

あなたの中にも「ふざけるな」
という思いがわき上がりませんか?

そもそも、そんなに人生を賭けられるほど
大切なものを見つけている人なんて
どれくらいいると思いますか?

それが見つかっている人って
もうそれだけでとてつもなく幸せなこと
なんですよね。

多くの人は、やりたいことがわからない。
あるいはそんなものは無いという
答えを出してしまってでも、
日々を淡々と生きています。

しかも、それでも笑顔で生きている。

そういう人たちに対して
とても失礼じゃないですかね?

「これは凡人にはわからない苦しみなんだ」

とでも言うのでしょうか?
きっと「ふざけるな」と言いたくなるのは
そこなんじゃないでしょうか?

現に3.11では
その人が命よりも大切だと思っていたものを
失った人なんてゴロゴロいるはずです。

ピアノが弾けなくなった人も
包丁を握れなくなった人も
研究がご破算担った人も
ボールを蹴れなくなった人も
声を失った人も
視界を失った人も・・・

そんなものは失っても
愛する人だけは失いたくないと
思いながら全て失った人も・・・

その人たちに言うべき事が
「だったら生きていても仕方ないね」
だと思いますか?

そんなバカな話はない。

ドラマの中では、緒方がしっかりと
答えを出してくれています。

生きている、生かされているということは
まだ出来ることがある、やれることがある、
ということです。

確かに、決断は難しい。
でもそれは覚悟するのが難しいというだけで
どちらを選ぶべきか答えを出すのが
難しいと言うことでは無いはずです。

命あるものの責任として、
幸せを見いだす責任が
あるんじゃないでしょうか?

勇気を与える責任があるんじゃないでしょうか?


      全ての物語のために


















posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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