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2017年06月19日

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 #11(最終話)」自分の生きる熱を感じよう



どんな仕事でも必要とされている仕事、
誰かのためにある仕事。

なら、どんな仕事でも本気でやれば
楽しめるはず・・・

という考え方は嫌いではありません。

実際にそうだとも思っているし、
わたし自身も常にそうあろうと努力はしています。

しかし、だからといって自分の現状に
満足していない人たちに
「不平不満を言うな!そんなんじゃ
どんな仕事だってちゃんとできないよ」
なんて言うつもりはないし、
思ってもいません。

わたしは不平不満を言う時間や感じる時間が
もったいないから、極力素早く
気持ちを切り替えるようにしていますが
実際には満足していないことだらけです。

人間には
「これをやるために生まれてきたんだ!」
って思える生き方や仕事がある。

本当にそう思っているから、
そこにこそ“本物の熱”があると思っているから、
どんな仕事だってやりがいは見いだせても
“本物の熱”とはもう別次元のものだと
思っています。

だから、今目の前にある仕事は
その“本物の熱”を感じる仕事に
たどり着くため、そして
たどり着いたときに、役に立てるための
材料集め、経験集め・・・

そう思うことで、自分の中から
本気を引き出しているわけです。



やっとSeason1のラストです。9話、10話で
終わるドラマが多い中、好きな作品が
11話、12話あるとやはりうれしいですね。

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」
第11話(最終話)


を観ました。

高速道路のトンネル内で多重衝突事故が発生。

多数の死傷者が出ていました。

ヘリで現場に急行した藍沢(山下智久)は、
その凄まじさを目の当たりにします。

報告を受けた黒田(柳葉敏郎)は、
タッチアンドゴーで白石(新垣結衣)と
緋山(戸田恵梨香)もヘリで現場へ
向かわせ森本(勝村政信)と藤川(浅利陽介)
には患者の受け入れ準備を指示。

安全を確認した三井(りょう)は、
トンネル内に残されたケガ人を
重傷度や緊急度で分別しタッグをつけるよう
藍沢に指示を出しました。

冴島(比嘉愛未)とともに
トンネル内に入った藍沢。

そこに女性・小西(肘井美佳)が
助けを求めてきます。

小西の恋人・谷口(大橋智和)が、
バイクで横倒しになった状態で、
トラックの下に潜りこむようにして
挟まれていたのです。

白石と緋山は、トンネルの外で
澤野良江(山下容莉枝)という女性の治療に
あたります。

良江は、夫と息子がまだトンネル内にいる、
と叫んでいました。
良江の息子・秀明(高木涼生)は
警察官に付き添われて良江のもとへと
やってきます。

しかし、夫の明夫の安否は不明のまま。

良江が腹腔内出血を起こしていることがわかり
緋山はヘリで病院まで搬送します。

トンネル内では、レスキュー隊による
谷口の救出作業が始まっていました。

しかし、救出までには
まだ時間がかかりそうで・・・



迷いの中にいた藍沢や白石たちも
騒然とした現場では迷っているヒマは
ありませんでした。

シリーズ最高のクライマックス。

緊迫の状態が続きます。
助けられる命と助けられなかった命。

マンガのようなスーパードクターではなく
等身大の人間としての医者が
現場の困難な状況の中で最善を尽くす。

いや〜、不謹慎ながらも
これは本当に見応えのある良いドラマでした。

次はSeason2との間にあるスペシャル版
が控えています。
本当に新番組スタートまでに間に合うかな・・・

若者向けのアイドル俳優を集めた
人気取りドラマだと勝手に
マイナスイメージをもってみていなかった
というストーリーセラピストとしても
恥ずかしい限りのことをしていたのですが
その若者の成長もエグいくらいの過酷な
現実の中で魅せてくれます。

ラストシーン直前で藍沢と白石が
エレベーターの中で言葉を交わします。

「澤野さんの処置をしているとき
なにかかんじたか?」
「感じたよ」

白石は、『熱』を感じたと言います。
生きているという鼓動、その熱。

みながら熱くなっている視聴者にとっても
ずっと感じていた熱ですから
「うんっ!」と納得のいくラスト。

視聴者、観客、読者の生きる力を
呼び起こす物語。

エンターテインメントとしての役割を
充分に担ってくれた作品でした。

藍沢にしろ、黒田から
「おまえをヘリに乗せることはない」
と言われてしまった藤川にしろ、
自分にはこれしかない!

という強い思いがあります。

自分にはそういうものがないという人もいます。

わたしもまだ「これだ!」と
明確な形をつかめているわけではありません。

手探りです。

でも、エンターテインメント作品を見て、
ストーリーにふるわせる心がある
ということは、その熱に共鳴する
同じ種類の熱がわたしたちの中にも
存在しているということです。

わたしがまだ明確な自分の「これ!」
を形づくれていないのに確信だけは
持っていられるのは、
わたしが物語に感動できる自分を
確認できているからです。

物語というのは映画やドラマや小説、
そういった創作物に限りません。

日常の中にある一瞬のエピソードでもいい。

感じるものを持っているかどうか?
いいや、本来持っていない人は
いないのですから、
感じる自分を確認できているか?

という部分が大事なのでしょう。

ありかがどこかのかは分からなくても
“本物の熱”を感じることはできる。

感じることができるということは
在るということ。

だったら必ずたぐり寄せることはできます。

自分が生きる熱。

それを感じるために、確認するために、
自分の中に探知するために
その熱を感じることは忘れずにいましょう。


       全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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