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2016年08月18日

ドラマ「しんがり 山一證券 最後の聖戦 #1」日本総ぶら下がリーマンにならないように



自分が勤めている会社が不正をしていて
それを隠している…と知った場合、
一体どれだけの人が
ことの真相究明に乗り出したり
その不正を正そうと動き出すのか?

実際に従業員として働いていると、
いざ自分がそういう状況に陥ったときに
正しく在れるのか?

というのは非常に曖昧なラインの上にいるな
と自覚することがあります。

というのも、どんなサービスも、
『何なりとお客様の言いなりに』
とはいかないわけですから、
どうしても会社の都合というものが出てくるからです。

そんなことは当たり前で、多くの場合は
客の期待が過剰で、
人対人ならずうずうしいとさえ言えるようなことなのですが
「お金をはらっているんだから」という意識が
お客さんの期待を、個人的な基準で上乗せされる。

その個々の期待全てに、もちろん企業側は応えられない。

そして、企業も組織となれば働く人も複数いるわけです。
会社の方針と従業員の考え方が合わない場合もある。

どちらが正しい間違っているではなく、
そういう場合は会社側も経営視線で決定せざるをえません。

そうなると従業員は個人的に納得しているかどうかに関わらず
会社の決定には従うしかない。

これが“当たり前”なのが組織です。
その“当たり前”が当たり前になり過ぎている
日々の業務の流れの中で、
日常の延長線上にふと、不正が現れたとき…

習慣として、会社の意向に従ってしまう。
人には…とくに従業員という生き方を
当たり前に受け入れすぎている人には
そういう人が多いのではないかと思ってしまう。

そして、自分についても、
そうなりかねないという危機感はいつも感じていたいと思っています。



さすがWOWOW。スポンサーは視聴料を払っている視聴者。
広告やCMを出す企業に左右されないので
これまでも民放が踏み込めないようなドラマを作ってきました。
牛肉の偽装問題やらグリコ森永事件にヒントを得た小説のドラマ化やら
自動車メーカーのリコール隠しなどなど…
なんかコレ、あの事件っぽいね。。。と実際の事件を想起させるものが
少なくなくて、しかも真摯に向き合おうとするドラマが多かったですね。
そんなWOWOWがコレをやると知って、とても期待していました。

WOWOW連続ドラマW
「しんがり 山一證券 最後の聖戦」
第一話


を観ました。

1997年4月。
当時金融業界は、総会屋への利益供与問題で揺れていました。

山一證券の常務・梶井(江口洋介)が、
業務監理本部(ギョウカン)本部長に就任します。

ギョウカンは、社内監査を行なう部署。

しかし実際には左遷先として問題のある社員が送られることも多く
場末的な扱いも受けていました。

梶井着任当日、まだ梶井が職場につく前に
突然、大蔵省SESCの調査が入ります。

会長の有原(岸部一徳)は調査に対し
なぜか余裕の態度ですが、
副社長の片瀬(光石研)は内心では…



1997年に起きた山一證券の自主廃業を取材した
ノンフィクションルポ

「しんがり 山一證券最後の12人 (講談社+α文庫)」
清武英利 著

を、江口洋介さん主演で映像化した
本格社会派ドラマです。


監督はドラマ『振り返れば奴がいる』『真夜中の雨』や
映画『ホワイトアウト』『沈まぬ太陽』などの若松節朗さん。

脚本はドラマ『お金がない!』『相棒シリーズ』などの
戸田山 雅司さん。

で、WOWOWのドラマですから、
まあ、見応えはあるだろうなと思いますよね。
はい。裏切りませんよ。
ちゃんと観れます。

これまでわたしが観てきたWOWOWのドラマと違うのは
フィクションとして架空の企業で現実にあった事件を
想起させるような内容の小説を原作にしているのではなく

現実の事件を紹介したノンフィクションを
物語仕立てに脚色し、ドラマとして完成させているところです。

過去にもそういう作品があったのかもしれませんが
わたしが観てきた作品の中では初めてでした。

山一證券

実際、コマーシャルでも普通に流れていましたから
なじみの深い企業です。

それが、そのままドラマの舞台になっている。

見応えないはずもないですよね。

梶井がギョウカンでまだ他のスタッフとも
ほぼ初対面の頃、梶井が接触をすると
「心配しなくても余計なことはいいませんよ」
大蔵省の監査に対して会社の不利になるような
証言はしませんと宣言する社員がいました。

梶井はそんなつもりで話しかけたのではありませんが
部下としては当然の反応だったのでしょう。

部下にとって“会社”を相手取ったとき
それはつまり“上司たち”という有象無象集団になります。

上司は部下にとって会社の顔なわけです。
無意識に。

だから、普通にサラリとこういう
“当たり前”の社内のやり取りがされる。

それが実はとんでもない不正を隠すような秘密であったとしても。

これはサラリーマンが多い社会においては
無視できないことだと思うんですよね。

どこの会社でも。

あなたが従業員ではなく社長でも
組織を束ねていたり、あるいはあるコミュニティーに属していたり…

何かしら人と人とのつながりの中で生きているなら
それはサラリーマンだからとかそんなことは
関係なくなるかもしれません。

その瞬間が来たときに、“当たり前”に流されてしまわない、
習慣的に無意識に流されてしまわない…
それくらいの自立性は意識してコミュニティの中にいたいものです。


                     全ての物語のために













posted by ストーリーセラピスト at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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