2017年04月17日

スペシャルドラマ「破獄」その1 束縛・拘束・理不尽からの絶対的な脱出願望



悪夢をたまに観ます。

高校で宿題を忘れたり教科書を忘れたり。
それはもう最終局面で
これ以上忘れたら退学・・・
という場面でうっかりちゃんのわたしは
やらかしてしまう。

その時は顔面蒼白な気分なのです。

どうしよう・・・

でもどうしようもなくて、
わたしはみんなが教室で授業をしているのを
横目で観ながら学校を出ていくことになります。

言いようもない孤独・・・

しかし、その状況は変わらないのに
その夢が悪夢なのはそこまでなのです。

状況だけではなく寂しさのどん底も
変わらないのにです。

どういうことか・・・

突如、新しい捉え方がわたしの中を支配する。
フェンス越しに学校の敷地の中にいる
元クラスメイトたちを孤独感の中で観ながら
ある感覚に支配されます。

それは・・・

圧倒的な自由!

オレが心底求めていたものじゃないか!!

その感覚の誕生と呼応するように
その夢がはじけるように終わりを告げて
目が覚める。

わたしは幸せに育ってきたはずなんです。
自由にのびのび育ててもらえていた。

それは自分の記憶でも妹や弟の言い分を
聞いていても疑いの余地はありません。

しかし、心の奥底に眠っている
強烈な恐怖をよく感じていた感覚というか
記憶が忘れられません。

本能からくる感覚なのでしょうか?



いい作品が沢山でてきますね〜
嬉しい限りですが、時間を確保するのが
大変ですね〜(喜)

スペシャルドラマ「破獄」

を観ました。

日本軍がハワイ真珠湾を攻撃した翌年、
昭和17年6月深夜。

秋田刑務所の独房の天窓から
佐久間清太郎(山田孝之)が脱獄します。

そのことは東京・小菅刑務所の看守部長、
浦田進(ビートたけし)の耳にも入りました。

佐久間は前年まで小菅にいた無期懲役囚で、
浦田が担当していたのです。

青森でも破獄逃走をした危険人物でしたが、
情に厚い浦田には心を開いていたのです。

秋田刑務所の脱獄から3か月後が過ぎたころ、
佐久間が浦田の家を訪れます。

人間扱いしない秋田の看守を訴えてもらうため、
浦田に会いに来たというのです。

しかし浦田は隙をつくらせて通報し、
佐久間は再び刑務所へ…。

戦争で苦戦に陥ったことを
日本中が思い知らされた昭和18年。

佐久間は網走刑務所へ送られます。

そして浦田もまた網走刑務所の看守長として
転任が命じられるのでした。

網走に赴く前、浦田は娘、
美代子(吉田羊)が働く図書館を訪れます。

浦田は美代子に遠くへの転任が決まったことを
告げるのですが、2人の間には溝がありました。

1カ月後、網走に着いた浦田は、
看守部長・泉五郎(勝村政信)の案内で、
独房を除きます。

そこには両手に錠をかけられた佐久間が、
素手でむさぼるように食事をしていました…。



わたしは一昨年の夏に断捨離を行いました。

大量の衣類とかなりの量の蔵書、DVDライブラリーを
処分したり売り払ったりしました。

蔵書のほとんどは読破していて、しかも
何度も何度も読んで自分のモノになっているか、
あるいは全く読まなくなって今後も
読もうと思うことが無さそうな本たちです。

それでも、未読であるにも関わらず
断捨離の時に処分しきれなかった本も
いくつもあります。
そのなかの一冊、吉村 昭著「破獄」(新潮文庫)。

昭和の脱獄王・白鳥由栄の話を知り
彼をモデルにした小説ということで以前
わざわざ探して買っていたのです。

以来なかなか読む機会がないまま
今回のドラマを観ることになってしまいました。

脱獄もの・・・。
極度に自由を奪われた人が
なんとかその監獄から抜け出し自由を得る。

「大脱走」「カウラ大脱走」「大脱出」
「ショーシャンクの空に」「ロックアップ」
「アルカトラズからの脱出」「勝利への脱出」

・・・名作はたくさんありますね。

そういうものが好きなのは、
やはりわたしの(わたしたちの)
潜在意識の中にある拘束への恐怖と
自由への羨望なのでしょう。

このドラマ「破獄」の前半は
とにかく佐久間の脱獄への執念が凄いです。

思春期、反抗期の十代、
中学校や高校で感じていた『ガマン』
特に団体行動的なことを強いられるときの
あの感覚は「自由になるまで耐え抜いてみせる」
という執念がなければ到底耐えられるものでは
ありませんでした。

「大学に行ったら好きなことが学べる」

その思いだけを胸に、耐え抜いた6年間。
大切な友人たちとの出会いや
感動的な学校行事ももちろんありましたが
わたし個人は根源的な部分で
その息苦しさを耐えていた。

そういう一面がとても強いんだと思います。
山田孝之さんが見せるあの脱獄への執念。

あの力強さ。

最近のわたしは弱くなっていました。

大学を出てからいいときもわるいときもありました。
でも、最近は部分的にですが
強烈に拘束・束縛・理不尽を感じています。

屈するつもりはない。
でも、十代の頃のように絶対に抜け出すという
怨念に近い熱が感じられなかった。

歳のせいか、あるいは高校生のように、
卒業時期が決まっているわけでもないからでしょうか?

だとしたら期限を
決めないといけないのかもしれません。

自分の気力がいつまで持つのか?
タイムリミットが近づいているのは
間違いないのですから・・・


         全ての物語のために













posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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