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2018年02月27日

「劇場版 Infini-T Force/ガッチャマン さらば友よ」 引き寄せの精度を上げる方法



もしも、あのとき〜していたら。

未だにそういった瞬間を生み出しています。
つまり、後になって後悔することが
多々ある。

後悔のない選択をしたい
とはいつも思ってはいるのですが
怠けたい気持ちも強く持っているわたしは

「常に己を律して!」

とは行きません。

そんな自分を責めないように
という自分とイヤイヤそんなこと言っていたら
いつまでたっても
本当に為したいことなんて
いつまでも為せないだろう!
という自分。

この2人のわたしのせめぎ合いが
わたしの日常を作っている
といってもいいのかも・・・

もしも、あのとき〜していれば・・・

「打ち上げ花火下から見るか横から見るか」
や「素敵な選タクシー」など
そういった「ifモノ」は
エンターテイメントの世界でも
よく描かれますね。

人の選択の数だけ別な次元が
存在しているとしたら・・・

ただの夢想なら考えたって仕方のないこと
でしょうが、
わたしたちは今個の瞬間も
選び、決断をし続けている。

だったら、そういう思考も
決して無駄ではないですよね。



「アベンジャーズ」シリーズとは違った意味で
子どものころのワクワクが蘇る感覚を
劇場で味わいました。子どものころ
大好きだった「科学忍者隊ガッチャマン」。
ガッチャマンを筆頭にキャシャーンなど
タツノコプロのヒーローたちが蘇って
競演しているCGアニメーション

「劇場版 Infini-T Force/ガッチャマン さらば友よ」

を観てきました。

界堂笑の世界を救う戦いを終え、
それぞれの世界へ戻った
ガッチャマン、テッカマン、
ポリマー、キャシャーン。

しかし、全ての世界に影響を及ぼす力、
特異点の出現によって
彼らは再び集結していました。

彼らが突き止めた特異点が在る世界。
そこでは日本の渋谷の真ん中に
ドームが作られており渋谷は閉鎖、
ドームの中に特異点と思われる
波動を感知。

街の異様な様子に
違和感を感じる5人の前に現れたのは
科学忍者隊の創設者・南部博士でした。

しかし、ガッチャマンがもといた世界とは
違っているようで、
その世界の南部博士もそれを即座に感じ取り
「君たちは私の敵だ」と告げます。

新しいバードスーツに身を包んだ
戦士たちと戦うガッチャマンや
テッカマンたち4人。

彼らの助っ人として現れたのは
科学忍者隊2号、コンドルのジョーでした。

ジョーによると、
その世界の科学忍者隊は
すでに全員ギャラクターに倒されており
しかもその世界のガッチャマン1号は
南部博士に殺されたと言います。

そしてジョーは・・・



エンドロールが終わり席を立って
背伸びをした息子の顔を観ると、
参ったような笑顔で

「面白かった〜!!」

と感嘆の一言。

息子と映画を見に行き、この表情、
この一言を聞けるのは
わたしの宝物のような一瞬です。

辛口の弟もいろいろともったいないポイントを
指摘はしていましたが、
トータルでは期待以上のおもしろさだったと
感想を言っていました。

監督が代わっていることや
劇場版でジャスト90分という
尺の制限もあったのでしょうが、
ギュッと凝縮されている感じ。

それがいい方に作用しているところと
もう少ししっかりと
感情移入させて欲しいな・・・
というところがありましたが、

わたしも普通に力を込めて観ていました。

見応え充分。

モーションアクターと言って
コンピューターに人の動きを取り込んで
CGのキャラクターにその動きをさせる
ためのいわばアニメのスタントマン。

彼らの活躍のおかげで、
アクションシーンはCGのはずなのに
重量感があり迫力が出るんですね。

さて、科学忍者隊が全滅した世界。

しかも冒頭で描かれますが
ガッチャマンこと大鷲の健は
南部博士の暴走を止めようとして
南部博士によって殺されてしまう。

南部博士は彼なりに
ギャラクターの強大なちからから
人類を守るための最善の手段と信じての
選択をしているのでしょう。

しかし、観ていて思いました。

そんな選択をしてしまう南部博士。
そういう南部博士がいる世界だから
ガッチャマンが全滅したんじゃないか?
と・・・

その選択がどんなモノかは
完全なネタバレにもなるので
ここでは書きませんが
少なくとも健がその選択をする
南部博士を止めようとした。

そういう選択なわけです。

その局面でも健のように
諦めずに他の方法を考えようとする
選択もある。

でもその世界の南部博士は
そういう選択はしなかった。

もしあのとき〜していれば・・・

これは過去から学ぶ意識さえあれな
決して無駄な思考では在りませんよね。

そして、こういった思考は
今より未来、自分がどう選択していくのか?
それを考えるための材料となる。

起きてもいないことを
あ〜だ、こ〜だと不安がるのは無駄ですが
そうならない未来を選択するために
あるいはそうなってしまった後の
リカバリー策をこうじておくために、
シミュレーションしておくことは
決して無駄ではない。

そして、南部博士の在り方から学べるのは
恐怖や怒りにとらわれてしまうと
やはりもっとも在るべき姿を
見失ってしまうということ。

わたしたちが行動を考えるとき
そこに感情も考慮して
シミュレーションしておくと
より選択の精度が上がるのかもしれませんね。


       全ての物語のために












posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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