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2016年06月18日

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン6 #9 決死の一夜(No Way Out)」生きる力の根源



息子が生まれて11年と少し…。

わたしの人生の3/4は、
息子の存在を知らない人生だったはず。

それなのに、息子が生まれた瞬間からです。

息子が存在しない世界なんて
想像もつかなくなった。

この子がいないのに、
自分は一体どうやって生きてきたんだろう…?

この子がいない世界に価値があるのか?

それくらい、親にとってわが子というのは
大きくて大切な大切な存在です。

子どもをつくらない主義…

そういう選択もあります。

子どもが欲しくても授からない人もいる。
…自分より先にわが子を失った人もいる。

子どもをつくらない主義だと言う人たちに
考えた欲しいのは、
わたしたちが生きている力の源について…です。



日本のドラマが最終回シーズンを迎え
少しだけ気持ちに余裕が出てきました。
休日の朝、再生して、半分で止めようと思ったのですが、
結局一日で最終話まで一気見してしまいました。

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン6」
第9話「決死の一夜(No Way Out)」


ニーガンの仲間だという男たちに行く手を阻まれが
ダリル、エイブラハム、サシャは
武器を取り上げられ死を宣告されます。

町ではリックたちがウォーカーの内臓を身にまとい
武器庫へと向かっていましたが、
あまりのウォーカーの多さに作戦を変更します。

一旦採石場に向かうことにし、
安全のためジュディスとサムを置いていこうとしますが、
一緒に行くと言って聞かないサム。

グレンとイーニッドはそんな町に入り、
監視台に取り残されたマギーの救出を試みます。



第8話、シーズン6の前半のクライマックスで
未曾有の危機的状況を迎えた
アレクサンドリアの面々。
そのさなかに話が中断されていたので
のっけからクライマックス頂点でシーズン後半スタートです。

そして…これまた…

いきなりとんでもない展開を見せます。


シーズン1でこの物語がスタートした時
リックは病院のベッドで目覚めます。

そして、当たり前に機能しなくなった病院を抜け出し
死体やウォーカーだらけになった街をさまよう。

モーガンに出会い、街を出て家族を探す旅に出る。

それから家族や友人たちに出会い、
新たな出会いがあり、仲間の死もあり…

それでもとにかく生き延びてきました。

こんないの話でリックは言います。

長い間忘れていたけどやっと思い出した…
病院を抜け出した時からどんな気持ちで
生きてきたのか?
息子に、(こんな世界じゃなくて)新しい世界を
見せてやりたいと思っていたんだ。

「ゆとりですがなにか」や「機動戦士ガンダムユニコーン」
などの物語に今触れながら、
わたしも息子に今よりもいい世界を残すことについて
考えることが多いです。

息子が生まれて、
わたしは彼のいない世界での生き方が
分からなくなりました。

今では、この子のためどんな世界を残せるか?
という思考で日々を生きています。

どちらかというと、今よりも少しはましな世界を…
という思い。
わたしたちの代では為し得ないことが多くて
その負の遺産をそのまま引き継ぐ部分が
とても大きいだろうけど、
可能な限りその負の遺産を減らしたい…

みたいな、少し卑屈というか、
そんな雰囲気も漂う“思い”になっていました。

でも、そのもっともっと大本をたどれば

彼ら(こどもたち)の目に映る世界は
もっともっと素晴らしい世界であって欲しい!

という、もっともっと希望に満ちた“思い”なんじゃないか?

と、このリックを見ていて思いました。

そして、さらにその根源を探れば、
自分も含めた命の連鎖のなかで
人間として新しい世界を見ていきたい。

人間全体を一つの存在として、
もっともっと素晴らしい世界を目指したい。

そんな本能がある。
だから、新しい命を生み、育てるということは
自分たちの幸せのためだけ、
わが子の幸せのためだけではなくて
これまでの命を引き継いだこと、
ひとりの人間としてこの世に生を受け、生きたこと、
この世界を少しでも素晴らしい世界にして
命のバトンとともに、次の世代へつなげること…

そういう大宇宙の連なりの中の大きな使命…

なんだと思うんです。

自分の生き方。自分たちのライフスタイル。
主義主張、そういうものを超えたもの。

それが子を生み育てるということ、
その根源が、そういう魂の連鎖にあると思うんですよね。

わたしたちが死んだ後もわたしたちが生き続けるため。
それは先祖たち、子孫たちへ果たすべき大事な責任、
ということなんだろうなと。


                 全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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