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2016年10月13日

アニメ「ガンダム Gのレコンギスタ #22 地球圏再会」酷い親でも素敵な親でも・・・



親子関係が上手く行っていない家庭が多いのは事実ですが、
親を尊敬している若い人たちが多いのも事実。

一年ほど前だったか、テレビの街頭インタビューで
尊敬している人を聞かれた若者たちの「両親」
という答えの多さに感心した覚えがあります。

わたしも両親をとても尊敬している。
祖父母たちもです。

親子の関係は、子どもの人間形成に大きく影響します。

当然のことですよね。
もちろん、その子の性格やその他の周囲の状況など
さまざまな要素がからんで成長していくわけですが、
それでも、親子の関係はやはり根深い影響がある。

良い関係であれ、好ましくない関係であれ、
そこにはやはり、自分や自分たちを取り巻く環境を
客観的に観ることができる視点が必要です。

成長の過程でその客観性を持つことができるかどうか?

それが大人になったときの幸せ力に
大きく影響してきます。



新ドラマが続々とスタートしている中、何とか
最終話まで見終えておきたかったアニメ。
目標達成しました。

アニメ「ガンダム Gのレコンギスタ」
第22話「地球圏再会


を観ました。

ジット団はロザリオ・テン・ポリスの制止を振り切って
地球へ向けフルムーン・シップで出港しました。

海の穴を塞ぐために犠牲になったキアを満艦飾で追悼しながら。

アイーダはビーナス・グロゥブを統べるラ・グーから、
クンパが宇宙で変化していく人間を見た結果、
地球上で弱肉強食の戦いをさせて人の強化が必要だと宣言し
地球へ下りたと言う話を聞きます。

その現実をムタチオン(突然変異)した
自分の姿を見せて明かすラ・グー。

アイーダは大きな衝撃を受けました。

メガファウナは、フルムーン・シップを追って
クレッセント・シップと共に地球圏への帰還の途につきます。

そして地球圏で待っていたのは、
キャピタル・アーミィ、アメリア軍、ドレット軍の
三つ巴の戦闘でした。

新たなバックパックでベッカー部隊を撃退した
G-セルフのベルリとアイーダたちは、
キャピタル・タワーの第3ナット、ワンジラに入ります。

ワンジラで母ウィルミットと再会したベルリたち。

キャピタル・タワーにキャピタル・アーミィが
乗り込んでいる現状を知ったベルリたちは、アイーダの父、
グシオンのアメリア艦隊の旗艦ラトルパイソンに向かいます。

一方、メガファウナからジーラッハを持ち出したマニィは、
スペース・ガランデンへ戻り、マスクことルイン・リーと再会します。



原作・脚本・総監督の富野由悠季さん自身が
この作品は状況説明だけの作品になっていると
仰る通り、この展開の早さは非常にめまぐるしいです。

あらすじを書きながら思いますが、
毎話30分のアニメのお話の量ではないですよね。

2クールで見せる話しではないですよ。
1年くらいかけて、じっくり見せて欲しかった…

さて、地球圏へ戻り、母ウィルミットと再会するベルリ。

キャピタル・タワーに入ってきたわが子を観たウィルミットは
無事に戻ってきてくれたベルリを「よく無事で…」
と抱きしめます。

しかし、そこはキャピタル・タワー運行長官でもある
ウィルミットの職場。

めまぐるしい状況の中、ウィルミットはすぐに
仕事に追われ始めます。

大人たちの喧騒を遠い目で見るベルリやアイーダたち。
彼らは静かにその場を離れました。

エレベーターの中でベルリがみんなにぼやいてしまいます。

どこに行ってたの?どこに行くの?とか聞いて欲しかった…
それでも、プライドにはなるから、いい母だけど…

愛が薄いわけではない。観ていると分かりますが
ウィルミットはベルリが大切で大切で仕方がない。

でも、ベルリはもっとかまって欲しかったのでしょう。
そんなベルリをアイーダも他のみんなも
優しく見守っています。

ベルリも周囲も何かを感じ、一つ成長する…
そんな瞬間だったのかもしれません。

ちょっと切ないけれど好きなシーンでした。

ベルリは自分が愛されていることを分かっています。
そして、自分の感情とも向き合った。
その上で、やっぱり尊敬できるいい親であることを
再認識するわけです。

ベルリが寂しそうにぼやいたときに
エレベーター内ではアイーダ達が見守っている。
その第三者の面々に見守られている視線に気づいて、
ベルリ自身が客観的な視点を取り戻す。

そんな作用もあったのではないでしょうか?

こういう瞬間はわたしたちの日常でも起こりますよね。

人(他者)から見ると自分はどう見えるか?
人は自分を取り巻く環境をどう解釈しているのか?
そこから、自分自身の客観性を取り戻し、
状況を捉え直していく。

客観性に欠ける人に、客観性を持てと言っても
そもそも自分が客観性に欠けることに気づいていない。
という現実があります。

もしかすると、わたし自身がその一人なのかもしれない。
だから、わたしは自分も含めて全ての人に
客観性を自己点検して欲しいといつも願っています。

わたしの心理学の先生は、受講生たちにご自身の経験を
よく話されていました。
先生のお父さんは、聞いていると何人も恋人を変えたり
子どもたちに暴力をふるったり、ひどい話ばかりが出てきます。

しかし、先生はそんなお父さんを今は父として認め
その存在に感謝し、とてもおおきなわだかまりを
どのようにご自身の中で受け止めて今も父親として
関係を保てているのかも話してくださいました。

そこには、広大な客観性と自分がすでに父親であること、
受講生一人ひとりが自分自身を知り、幸せになる力を育む
ために自分が活動をしているのだと言う強い誇り、
そういうものを感じました。

幸せな家庭で育ったとか、育てなかったとか、
そういうことは、今、幸せになれるかどうかとは
究極的には関係がありません。

どんな環境に育っていても、客観性を持って
幸せになる決意をすれば、
今からでも必ず幸せになれます。



                  全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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