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2016年10月07日

アニメ「ガンダム Gのレコンギスタ #14 宇宙、モビルスーツ戦」自分の能力に気づき夢を叶える方法



昨日は、その中でも自分の能力(=才能)に
気づかないことが周囲にとっては暴力にもなる…

という話をしましたが、能力がある人は
それを自覚して発揮する責任がある…と、
周りで見ていると思います。

「そんな才能を持っているのに、
なんでもっといい方向に役立てないの!?」

でも、それを言うと、

「いやいやそりゃあ、アナタもです!」

と言われちゃいます…。

え?と思って、じゃあ、わたしにどんな才能があると
思ってくれているの??
と聞き直すと…

え〜!そんな才能あるかな〜とか、
そんな才能あっても仕方ないよな〜とか、
かつてのわたしは
そんな風に感じてしまっていました。



新番組が始まりだしましたね。わたしの本命は
まだ始まっていませんが、「ポンコツクエスト」好きの
息子は「勇者ヨシヒコ」に惹かれたようです。

アニメ「ガンダム Gのレコンギスタ」
第14話「宇宙、モビルスーツ戦」


を観ました。

ザンクト・ポルトで地球側とドレット艦隊と交渉が始まります。

ずっと記憶を失っていたラライヤは
ノウトゥ・ドレットのほか司令官の名前を思い出します。

交渉の場を抜け出すベルリ達。
そしてマニィはマスクの下へ帰ると別れます。

その交渉の裏ではザンクト・ポルトの方向から
ミノフスキー粒子が撒かれ、
クンパが煽っているらしいと気づいたマスクは、
マックナイフで出撃してドレット艦隊に肉薄。
旗艦ギニアビザウにメッセージチューブを張り付かせると、
スペース・ガランデンを月へ向けました。

その間にベルリ達はメガファウナに収容され、
クリムもドレット艦隊の追撃部隊を撃破すると、
サラマンドラを月に向かわせました。

スペース・ガランデン、サラマンドラの2艦に
後れを取る形となったメガファウナ。

しかし、ベルリはG-セルフを駆使して
追っ手のモラン隊のパイロットを殺さずに無力化し、
そのうちの一人を捕虜にすることに成功します。

トワサンガの船乗りたちを味方に取り込むつもりのマスク。
彼が敵旗艦に張り付かせたチューブには
「降参すれば地球に住まわせてやる」という趣旨の
誘いのメッセージが入っていました。

メガファウナでは、記憶が回復したラライヤが
本名のラライヤ・アクパールと名乗り、
改めてベルリ達に挨拶をしていました。

ベルリに連れてこられた捕虜・リンゴは
トワサンガでは地球人が来るなんて想定外で
対応できる人間はいないとうそぶきますが、
アイーダは、相手が無防備だとは考えられず、
ベルリの活躍を期待しておだてるのでした。



いいようにおだてられていることを自覚しながらも
照れを隠せないベルリに、
能力がある者には責任があるんだと、
アイーダは言いました。

わたしは、傍から身近な人たちを見ていると
そのことをつくづく思います。

もどかしいんですね〜これ。

「俺にそんな才能があれば、
もっとこうするのに!!」

でも、わたしたちはないものねだり。

自分のことを見てくれている人には
同じようなもどかしさを与えているものなんですよね。

だって、みんな何かしらの才能は持っているから。
アイーダにだってアイーダの才能はある。

でも、周囲が教えてくれる自分の才能というものは
自分ではいまいちピンと来なかったりする。

自分がやりたかったこととは
全く無縁のもののように思えたり、
そもそも指摘されても
自分ではそれが才能だとは思えなかったりしますよね。

普段、当たり前にやっていたりすることだから。

でも、その普段当たり前にやっていること、
自分では才能だなんて思ったこともないようなことを
自分が本来やりたいことと
つなげることができたらどうでしょうか?

そこには様々な努力や工夫が必要なのでしょう。
発想の転換もきっと必要なのでしょう。

いうほど簡単なことではないかもしれない。
でも、それこそ本当の意味で、
自分を開花させるということへの努力なのかなと
考えてみると、とても腑に落ちます。

出版社の創業者が、実は小説家や作家志望だったとか
映画の敏腕プロデューサーが映画監督志望だったとか
わたしは野球には詳しくありませんが
野球少年がプロ野球に入りはしたけれど、
なかなかパッと花開くことがないまま選手を引退し、
監督として花開いた…なんてこともあるのではないでしょうか?

野球が好き、だから野球をしたい。
野球をする才能では他のもっと凄い人たちがいて
その能力を持っていたのは残念ながら自分じゃなかった。
でも、実は教える能力や、人の才能を引き出す能力、
あるいは安心感を与える能力や、存在感によってやる気を与える能力・・・
野球をプレーすることだけを考えていた時には
必要とも思えなかった能力が、野球と結びついたときに
野球の世界で開花する。

それでこそ、能力がある人が自分の能力への責任を
全うしていく姿なんじゃないかな・・・


                 全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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