2017年05月17日

アニメ「終物語 そだちロスト #2」エラそうなことを言う資格



人にエラそうなことを言うなら
まずは本を2000冊読んでからにしなさい。

10年ほど前でしょうか、
社内報に乗っていた本社のお偉いさんの
言葉を読んで、その本を2000冊というのは
どこからきた基準なんだ?

と首をかしげた記憶があります。

それでもまあ、わたしのような人間にとっては
有り難い一つの基準でもありました。

どこまでも「自分はまだまだだ」と思って
謙虚になりすぎるところがある。

自信をもてないというのは、
裏返せば責任をとろうとしない逃げの
感情でもある気がしていたので、
どこかで自分を鼓舞できるきっかけを
探していたのでしょう。

そのころすでに、わたしは2000冊どころか
10000冊は読んでいたことに思い至り、
そろそろ覚悟をしなければならないんだ
と思ったのを覚えています。

かといって、未だに
「エラそうなことを言う資格」なんて
持っているつもりに心底なったことなんて
本当はありません。

むしろ、それを本気で持った時は
危ないんじゃないか?
とも思っています。



朝、少しだけ早起きをして朝食をとりながら
録画しておいた番組をみることがあります。
30分のアニメってちょうどいいんですね。

アニメ「終物語」
「そだちロスト」第2話


阿良々木くんが小学生のころに
老倉育と会っていたことを思い出せたのは
羽川翼に指摘されたからでした。

忍野扇と出向いた廃家で阿良々木くんは
中学1年生の時に老倉と会っていた事を
思い出しました。

そして今になってやっと、
あれが老倉からのSOSで、自分が
そのことに気づいてあげられなかったんだ
ということに思い至ったわけです。

そしてその扇ちゃんとの探偵ごっこの
顛末を聴いた“本物”の天才であるところの
羽川翼委員長が突っ込んだわけです。

阿良々木くんは、両親が警察官であることを
ほとんどひた隠しにしています。
しかし、その話だと、老倉は初めから
そのことを知っていたということになる。

でも、その理由についてはさっぱり
わからない阿良々木くん。

だから羽川が指摘したのでした。

だったらご両親に聞いてみればいいんだよ。

かくしていともあっさりと、
阿良々木くんと老倉育は
幼なじみであることが判明したのです。

とは言っても、言われても、
そうだったんだとは思えても、
実は阿良々木くん自身には記憶はなく、
正確に言うと「思い出した」とは
言えない状態でした。

そして、老倉の部屋で対峙する
阿良々木・羽川と、老倉。

やっと思だしたんだという老倉は、
当時の自分の失敗をこれでもかと
自虐したあと、自分の家族がどんなだったか
明かし始めるのでした・・・。



老倉育は「終物語」で出てくる新キャラ、
新しい登場人物です。
忍野扇は物語シリーズのセカンドシーズンで
突如登場した得体の知れない存在です。

忍野扇が何者であり、阿良々木くんの
高校生活をどう終わらせるか?

その問いに答えるための準備をすべく
前提条件として用意されたのが
老倉育との物語だったのかもしれません。

老倉育の存在はどこか、物語シリーズの
第1話、つまり原点である「ひたぎクラブ」
のヒロイン、戦場ヶ原ひたぎが抱えていた
問題を思い起こさせるものがあります。

それを思うと、本当に人それぞれ
家庭には問題を抱えていて、
誰の問題が一番大きいとか小さいとか、
そんなことは比べようがないんだなと
改めて思わされます。

物語シリーズで阿良々木くんが出会ってきた
ヒロインたちはみんなそうでした。

中でも阿良々木くんは恵まれているほうです。
警察官で精神的にもとても大人である様子の
両親と、天真爛漫ながらそれぞれに
自立した精神を持っている2人の妹。
そんな家族に囲まれた平和な家庭。

老倉育はあることがきっかけで
そんな阿良々木の幸せな光景を
幼少期に見せつけられていたのです。

父の母への暴力、そしてその暴力に
耐えられなくなったときに「たまに」
自分に向けられる母からの暴力。

そんな自分の家庭が当たり前ではないんだと
気づかされ、そんな家庭をなんとかしようと
両親に口出しすると、反抗的だと
よけいに風当たりはひどくなり、
中学での再会をきっかけに阿良々木家に
助けを求められないかととった
中学1年生のときの行動。

そして阿良々木くんの無関心によって
見事に期待を裏切られた数年後、
三度彼女の前に姿を現し、自分のことなんて
全く覚えていないふうの彼。

阿良々木くんを嫌うには充分でした。
充分な負のエネルギーが彼女の中にはありました。

でも老倉はいいます。
それも逆恨みで筋違いなことは
分かっているのです。
でも、もう両親を嫌うだけじゃ気持ちが
追いつかないのだそうです。

だから、嫌わせてくれ、アタシの
悪者でいてくれ・・・と。

わたしも阿良々木くん同様、
幸せ家庭で育ってきた人間です。

両親が警察官でこそありませんでしたが、
母は生粋の薩摩おこじょ、父は薩摩隼人。
そして、父は禅や茶道、武道を通じて
自分と常に向き合い続ける求道者でもあります。
そして、天真爛漫な妹がいて
誰より自由な魂を持った天才的な弟がいる。

老倉が自分の不幸話をしながらも
こんな経験をしているのは自分だけじゃないし
こんな経験も前向きにとらえなきゃいけない
ってわかっている、でもなんで自分は
こんなに上手く行かないんだ!
と悲痛の言葉を浴びせているとき
阿良々木くんと一緒に動揺して聞いていました。

あんなふうに自分とは違いすぎる
家庭の事情を話されて取り乱されて
どう言葉をかけていいのかわかりません。

幸せ家庭で育った自分には
エラそうなことを言う資格なんて
ないんじゃないかとたじろいでしまいます。

しかし、今回は最初に言葉をかけたのは
羽川翼でした。

「猫物語 黒」

羽川翼の壮絶な家庭環境が描かれ
そのストレスから彼女自身が怪異を
生み出してしまう決着の付かない物語。
結論を先延ばしにする物語。

そんな老倉に負けず劣らずな家庭環境の
羽川がまっすぐに言いました。

あなたが幸せじゃないのは、
幸せになろうとしていないからだ。

と、まっすぐに。

なるほど、羽川になら
それを言う資格があるのか・・・

そう思いながらも、わたしも葛藤します。
そんなことでいいのか?
本当にわたしにはエラそうなことを
言う資格がないということか?

そのときに、阿良々木がせきを切ったように
熱い思いを伝えます。

そうだ、それでいいんだ。
わたしたちは確かに幸せだけど
こんな幸せは誰だって持っていて良いもの。
だれにとっても丁度いいもので
まぶしすぎる幸せなんて本当はない。

わたしが救われました。

本当はエラそうなことを言う資格が
ある人とない人がいるわけではないのでしょう。

かといって、
エラそうなことを言っちゃいけない人もいる。

そしてエラそうなことを言っちゃいけない
時もある。

エラそうなことを言えるのは
自分が同じような経験をしてきたかどうか?
ではないのだと思います。

その理論だとやはり、老倉には
羽川や戦場ヶ原くらいしかエラそうなことは
言ってあげられません。

でも、阿良々木くんはあそこで言うべきでした。
羽川もそんあ阿良々木くんを
「やるじゃん」と讃えます。

その資格があるのは、「幸せになる覚悟」を
しているかどうか?
その覚悟を持ち続けているかどうか?
ということにつきるのだと思います。

そして、本当はその資格は誰にでもあって
そのことをわきまえているということも
大切な要素なのかもしれません。

だからわたしは、自分が何様だ?
と問われれば・・・俺様だ!なんて
冗談では言ったりもしながら、
本当は何様でもないけれども、
やっぱり物語を通して、わたしたちは
幸せになる心の術を学んでいける。

自分の中から引き出していけるんだと
エラそうにしているつもりもなくエラそうに
このブログを続けていられるんだなと
思っています。

みんなエラそうではなくて、
いろいろ問題は抱えながらも
一生懸命生きているんですから
等身大で、やっぱりそれはエラい
ってことなんじゃないんですかね?


        全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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