お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2017年08月16日

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第2期 #30 決着」みんな持ってるカリスマ性



カリスマ性があるよね…

「…はい?」

わたしに向かって「カリスマ性がある」なんて
仰られました???

昨年でしたか、ある先輩に言われた言葉が
あまりにも突拍子もなく
別人と間違っていやしないかと
耳を疑ったことがありました。

でも、その言葉は間違いなく
わたしに向けられた言葉でした。

正直悪い気もしませんでしたが
自分でもカリスマ性をなんて
持ってなんているはずがないことくらいは
わかります。

よくよく聞いてみると、
カリスマ性の種くらいは持っているのだと、
そういう話でした。

話を聴いているうちに
なるほど…と思うと同時にそれなら
みんな本当は持っているものだな…

と思えるようになってきました。

それを元に、カリスマ性を発揮するかどうかは
ともかくとして、
その「誰でも持っているカリスマ性の種」は
自分の中に認めることができるだけでも
かなり自分に自信をもたらしてくれるものだと
思います。


アニメ「終物語」の完結編が放送されましたね。
2夜連続スペシャル。満を持してのアニメ化作品。
息子もわたしも放送時間までに勉強と仕事、
家事や食事や風呂…全てを終わらせて観ました。
録画して観るのが当たり前の今、放送時間に合わせて
メリハリのある生活を送るのもいいものです。
で、もうひとつこちらのアニメは録画して
隙間時間に観ています。

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第2期」
第30話「決着」


を観ました。

動けない飯田たちを守るため、
身を挺してステインに立ち向かう出久と轟。

飯田は2人の姿から私怨で何も見えなくなった
自分の心の未熟さを痛感しながらも、
力を振り絞って立ち上がります。

そして出久のフルカウル、
飯田のレシプロバースト、
轟の炎熱の連携により
ついにステインの動きを封じます。

気絶したステインを縛り上げ安心したのもつかの間、
“空を飛ぶ脳無”が現れ、出久を連れ去ろうとします。

それを助けたのは、なんとステイン。

「贋物のヒーローと、
いたずらに力を振りまく犯罪者も殺す。
正しき社会のために」

強烈な信念を貫こうとするステインの
激しい気迫にその場の全員が身動きできず…。



「お、お、おもしれ〜〜〜〜!!!」

と、大興奮したのはわたしです(笑)
息子のほうがそんなわたしを見て
「チチの興奮のしかたがおかしい」
と笑っていました。

本当に“男の子”の生理を知ってる
展開や演出や何よりもテンポですかね。

実はコミックス第1巻もBOOK OFFで
買っちゃいました。

一コマごとの濃度が濃くて
必然、一話ごとの濃度が濃い。

限られたページの中でギュギュっと
詰め込まれているので、
コミックスの方が頭を使います。
(そういう意味では子どもにもいいかも)

アニメはそれを忠実に映像に引き伸ばした
と言う感じですが、
観ている人の生理に合わせたちょうどいいテンポ。

気持ちよさをよく分かっている人が書いた話を
気持ちよさをよく分かっているアニメスタッフが
映像化していったという感じです。

さて、今回の話の主役はある意味
“ヒーロー殺し”ことステインでした。

テロリスト特有の偏った見方や手段ではあるけれど
純粋だからこその思想と、底知れない気迫。

まさにカリスマ。

現在のわたしは、人に陶酔するというこを好みません。
そんな自分が気持ち悪い。

でも、正直以前は有りました。

尾崎豊、長渕剛、ブルース・リー…

一番のファンは小学生のころから変わらず
ジャッキー・チェンですが、
上の3名には一時期傾倒したことがあります。

まさにカリスマですよね。

このカリスマ性の正体ってなんなんだろう?
と考えたことがあります。

カリスマとは?…ではなくて
カリスマ性がある人が持っている
あの雰囲気(それがカリスマ性なんだけど)
を醸し出す要因というか
何がもとであんな雰囲気が出るのか?
ということを…

カリスマ性を感じる人たちは
みなさん強烈な自分軸を持っていますよね?

有名な人たちだとその自分軸を
インパクトを持って世に打ち出している。

この“自分軸”というのがまず肝なんだと思います。

わたしが“カリスマの種めいたもの”がある
なんて言われたのはまさにここでした。

別に世に打ち出してもいなければ
強烈なインパクトをもったそれでもありませんが
どこか、侵し難い領域を感じさせるのだと。

しかもそれを自分の正しさとして
わたしが自信と確信を持っているのもわかると。

なるほど納得です。

でも、それが“カリスマの種めいたもの”
だとすると、誰でも持っているものですよね。

例え、今は確固としたものがなかったとしても
これから自分軸が形成されていけば
おのずと生まれてくるものです。

わたしの“それ”などはまだまだ
自分自身を守るための理論武装的な
部分が多いものですから

先輩から言われたときは恥ずかしくなりました。

ただし、その奥の奥を突き詰めていけば
本当に「侵させないぞ」という聖域があります。

わたしがカリスマ性のあるスターたちに
傾倒するのを辞めたのは
“それ”はその人の軸であってわたしのモノではない
と気づいたからです。

そして、自分軸を持たないまま
ただかっこいい人に傾倒して陶酔するのは
あまりにもカッコ悪いと思えたからです。

でも、自分の前を行く目標みたいなものは
まだまだ欲しい気持ちもある。

なので象徴としてキャプテンハーロックという
架空のキャラクターをわたしが憧れる
カリスマ性の対象据えました。

架空のキャラクターなので自分を投影できる。
理想の自分を思い描けるわけです。

そういう意味で、危険ですが
ステインはかっこよかったです。
観ていてアツくなりました。
でも、ヒーロー好きのわたしの軸から観ても
偏っている。

「ガンダム」のシャアもそうですよね。

自分軸を持てばカリスマ性は誰でも持てる。
魂の底からのものであればあるほど。

誰かに傾倒してしまっているなら
自分が自分のカリスマになることを考えても
良いのではないでしょうか?


          全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。