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2016年11月16日

「アウトロー」その2 自由になれるわたしたち



高校生の頃、勉強も運動もイマイチで
まさにのび太くんみたいな
目立たない生徒だったわたしは

近所の街でどこかの女子生徒が
男子生徒たちに囲まれて
からかわれているのに気づいて
観てみぬふりをして素通りしました。

翌日、腕っ節の強い、男気のある友人に
その事を話して、自分を恥じたわたし。

カッコ悪いと言われるかと思いきや、
「わかるよ」を優しい笑顔で言ってくれました。

そういうときに、やっぱり強くなりたいなと
思ってしまうもんなんですよね。

だって、その友人こそ器が大きい
本当の強さと優しさを見せてくれたのですから。

強い男のお手本を見せてくれたのですから。

一年浪人している時に軽いぎっくり腰になり
自分の体を甘やかし過ぎたことに気づいたわたしは
大学で猛烈に運動をします。

中国武術です。

最初の二年間はアスリート並みに訓練しました。
その甲斐あって、街を歩くのも怖くなくなった。

体力や運動能力に自信がついたこともそうですが
一番は、メンタリティです。

周囲の大学生が海水浴だスキーだスノボだって
浮かれて浮かれてファッションで恋愛をしている
間に、わたしは毎日筋トレや柔軟や
武術の訓練をしていたのです。

人からどう思われようが知ったことではありませんでした。
そんな自分が誇らしくもありました。

体はもちろん、心も自分がどこを目指すかで
どんどん鍛えられる。どんどん強くなれる。

その自信をつけた最初の大転機だったかもしれません。
高校までののび太くんみたいなわたしは
まったく別人のような自信を身につけていました。

まさに、がんじがらめになっていた鎖を
自力で引きちぎったような快感。

自分で自由になれるんだと実感していた
最初の時期だったと思います。



本当は映画館に行きたかったんです。
「ジャック・リーチャー」を観たかった!
でも、今月は息子をアウトドア・ショーと
鳥獣戯画展に連れて行く約束がある。
映画代は出ません!!
だから、大好きな第一作目、

「アウトロー」

をもう一度観ました。

真昼のピッツバーグ郊外で
無差別殺人が行われます。

5名の犠牲者が出ました。

警察は事件発生後1時間という早さで、
元軍人で腕利きスナイパーだった
ジェームズ・バー(ジョセフ・シコラ)を
容疑者として拘束します。

しかしバーは完全黙秘。

そして彼が書いたメモには
「ジャック・リーチャーを呼べ」
の一言が…。

ジャック・リーチャーとは
かつて軍の内部で一目置かれていた
元軍警察の捜査官。

今はどこにいるのか皆目見当がつきません。

警察がどうやって連絡を取ればいいのかと
悩んだ途端にジャック(トム・クルーズ)が
署を訪ねてくるのでした…



王道のハードボイルドです。

孤高のヒーロー。

テイストがハードボイルドの渋さの王道なので
「ミッション・インポッシブル」シリーズの
後半の方など最近のトム・クルーズの
アクション大作をイメージしていた人には
期待外れだったのかもしれません。

評価は賛否両論です。

好きな人は好き。
そうでもない人にはイマイチ。
期待を間違えた人にはツマラナイ作品。

…という風にハッキリ別れている。

わたしは「好きな人」でした。

ちなみにこの作品の監督
クリストファー・マッカリーは
この後の大作
「ミッション・インポッシブル ローグ・ネイション」
でも監督を務めました。

その前作までどんどん派手になっていった
同作を少しトーンを落として
落ち着いた作品にしていましたね。

トム・クルーズ自身、はじめから
この作品をシリーズ化したいと言っていました。
その思いを叶えて第二作目
「ジャック・リーチャー」は「ラストサムライ」の
エドワード・ズウィック監督作品として
今、トムが来日までして大々的に公開されています。

トム・クルーズはわたしも大好きです。

彼も好きだったんでしょうねきっと、
子どものころに、こういうヒーローが。

「荒野の用心棒」みたいな
困っている人のところに独り流れ着き
とことん悪を懲らしめて去っていく。

正義、正しさ、それを行動で示すには
優しさと強さが必要です。

ところが、わたしもそうですが
いくら正しいと思っても、
“上”が決めたことなら従わなければならない。

守るべき家族があるならなおさら
そういうしがらみの中で生きて行かなければならない…
というサラリーマンや自営業の人たちは多いでしょう。

学生や十代の思春期の人たちも
そう感じている人は多いかもしれませんね。

また、いざをの正しさや優しさを
行動として行えるチャンスがふと目の前に現れても、
その瞬間は戸惑ったり怖気づいたりして、
結局は観てみぬふりをして、素通りしてしまう。

そして、その直後に自己嫌悪してしまう。

もっと強ければ、正しく優しく在れるのに…

映画の中で、ジャック・リーチャーが
弁護士事務所から弁護士に向かいのビルを
観るように言うシーンがあります。

自由なはずのこの国なのに、
彼らはどうだ?自由だと言えるのか?
みんな本当はオレのように生きたいと思っている。

そんなことを言います。

強さと正しさ・優しさを持っているから
自由の責任の重さを背負えている
ヒーローの言葉だと思うと、
そのセリフに重みを感じずにはいられません。

そう感じるのは、わたしが憧れているから
なのかもしれません。

ラストシーンも、どこまで行っても正義の味方である
ジャック・リーチャーを分かりやすく表現しています。

別に腕っ節が強くないといけないとか
格闘技の訓練をしろとかそんな話しではなくて
正しいことを当たり前に行える
心の強さは欲しい。

わたしは微々たることですが、
いつからか、落ちているゴミをさっと拾って
ゴミ箱に捨てたり、
倒れている他人の自転車を起こしたり、
ちょっとしたことを“マジメ”に当たり前に
行動しようと意識するようになりました。

でも、まだまだ無意識には出来ません。
無意識に出来るようになったときが
縛られなくなるとき。

一歩自由に近づいたときなんだと思っています。

でも、周囲にはそれを当たり前に出来る人が
増えてきたように思います。

みんな凄いな〜

わたしも少しずつレベルアップしなきゃ。


                 全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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