2017年09月01日

ドラマ「僕たちがやりました #8」自分をだましていることに気づいているか?



自分で自分をだます…

ということについて、最近深く考えさせられています。

わたし自身の日常もそうですが、
そういうことを勉強しているというのが
深く考えている一番の理由です。

自分に都合が悪いことが起きた時に
とっさに言い訳をしてしまう。

それを正当化させるために、
理屈を作り上げて自分を守る。

自分でもそれが正しいと思い込む。

これ、例えば失敗したとき、
怒られたときに出てくる言い訳…

として考えたら、子どもっぽいとか幼稚だとか
客観的に見ていたらわかりますよね。

でも、これを自分自身に対してやっている。

しかも、常々まったくの無意識で
それをやるのが当たり前みたいな感覚で
やっていたりする。

さらにそういうことが自分の中にいくつもあり
それが幾重にも重なっているんじゃないか?

と思うとちょっと途方に暮れたりもします。




夜と朝、少し涼しくなって来ましたね。
温暖化とは言いながらも、
冬にくらべると夏は短い気がします。
季節らしさの体感でいうと半分しかない。

ドラマ「僕たちがやりました」
第8話


を観ました。

爆破事件の真犯人は、
やはりトビオ(窪田正孝)たちだった・・・。

飯室(三浦翔平)に真相を突きつけられ、
再び罪の意識に苦しむトビオは、
校舎の屋上から衝動的に飛び降りました。

しかし、木の上に落ちたおかげで
骨折だけですみ命には別状はなし。

トビオが運ばれたのは、
市橋(新田真剣佑)が入院している病院でした。

一橋は堂々と明るく振る舞うトビオに
戸惑いを見せます。

実はトビオは飛び降りる時に
ある決意をしていました。

「死んだら、それで償おう。
でももし生きたら、新しい俺を始めよう」

事件後、どん底を味わった自分は
「そこそこ」では足りない
「幸せになってトントン」と
自分に言い聞かせるように、
今までとは違うトビオになっていきます。

トビオは市橋から、蓮子(永野芽郁)への
思いを聞いてしまいますが、
2人の恋を応援すると市橋の背中を押します。

その頃、伊佐美(間宮祥太朗)は
飯室が言い放った「一生苦しめ」
という言葉に罪悪感をあおられ、
事件の被害者たちの家を
一軒一軒訪ねていました。

マル(葉山奨之)は事件のことなど
忘れたかのように、のんきにカラオケ。

パイセン(今野浩喜)は、
飯室から「お前は父親に愛されていない」
と告げられたことから
父・輪島宗十郎(古田新太)に会って
愛情を確かめようと動き始めます。

そして一度も会った記憶のない
輪島のことを知りたいと、
菜摘(水川あさみ)のもとを訪ねますが・・・



このドラマのオープニングで少しだけ流れる主題歌。

ほんの数秒の短い部分だけが流れていますが
たったそれだけでもこのドラマのテーマに
ピッタリの歌詞ですよね。

♪僕らは逃げている 自分の弱さから♪

そして主役の4人が画面を駆け抜ける。

初めから、自分の弱さから逃げているトビオくんたち。

今回のお話はまたそこに輪をかけて
酷い“逃げ方”をしていましたね〜

図らずも、周囲の人たちの善意や
恋心までもてあそぶ結果になっています。

本人はただ自分をごまかしているだけなのに。

久しぶりに見苦しい主役たちに
見る方も忍耐が要りますね〜(笑)

中学生の息子も「…最低」とつぶやきながら
見ていました。

でも、わたしが見ながら「見苦しい」と言えるのは
ドラマというカタチで客観的にみせてくれているから
でもあるわけですよね。

つまり、多かれ少なかれわたしたちは
誰の中にもこういう部分は持っている。

だから、わたしのそういう部分を知っている人が
このドラマを観て揶揄しているわたしをみたら
「人のことを言えるのか!?」
と怒ってしまうかもしれない。

そして、その怒ってしまう人もまた完璧ではなく
少なからずそういう面は持っているはずなんですよね。


これは、どんな人でもある。
ただ、このことを深く認識して
自分のそういう部分と向き合おうとしているかどうか?

わたしが自分で問題視しているのは
自分では向き合おうとしているけれど
そうしているという風に自分に言い聞かせて
満足していないか?

ということです。

これを認めるのはとても難しいです。

今でも、あまりやり過ぎると
劣等感だけになりそうだし、
それがそもそも覚悟のなさではないのか?
という相反する視点とでせめぎ合っている。

基本的に楽観的なので
自分で自分をだますことの利点も知っている。

成りきる、フリをする。
そうしているうちにそういう自分になれる。

だから更に良い自分を目指して
また成りきる。

今まではそういうことを重視していましたが
時にはそれだけでは前に進めないこともある。

そういうときは、今までの自分の信念が
崩れ去って無になるくらい、
自分をまっさらにしてみても良いのかもしれないですね。


            全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする