2017年04月08日

アニメ「進撃の巨人Season2 #26 獣の巨人」理不尽なことにあらがう本能は誰にでもある



息子は優しい作品、穏やかな作品が好きです。

小学生のころは、「火垂るの墓」を
教室で観ていて、独りだけ涙を流していたそうです。

ガンダムやヤマトもわたしが勧めても
拒否します。

けたたましさ、猛々しさみたいなものより、
楽しい、平和なものが好きなのでしょう。

「勇者ヨシヒコ」や「ポンコツクエスト」
は大好きでも
「グラディエーター」などはきっと好まない。

それはそれで、彼の優しさや感受性を
表しているものですから
大事にしてあげたいと思っています。

でも、人生では年を重ねるごとに
自分の中から猛々しさも引っ張り出して
こなければならないこともあります。

ひょうひょうとしているように見えても
心の中では屈してしまいそうな自分を
奮い立たせないといけないときもある。

そういうことが、今の時代に育つと
少ないのかな・・・なんていらん心配も
してしまったりもしますが、
それは早計。

親など考えもしないところで
子どもは子どもなりに葛藤しながら
お調子者で素直に育っているのだろうなと
そのたくましさがまぶしくもあります。




新シーズン第1話ですが、この作品は
通算で数えるようですね。

アニメ「進撃の巨人Season2」
第26話 「獣の巨人」


女型の巨人との戦闘の後、はがれた内壁。
そこには壁に埋め込まれた巨人の顔が・・・。

「アイツに日光を当てるな〜!」

ハンジは何かを知っているニック司祭を
激しく問い詰めます。
しかしニックは脅しに屈することなく
黙秘を貫くのでした。

遡ること12時間前。

ウォール・ローゼ南区で待機する
コニーやサシャたち104期生のもとに
巨人が多数襲来したと知らせが入ります。

巨人の群れが進むのは
コニーの故郷がある方角。

コニーたちは住民たちに
避難を呼びかけるため、
装備をする間もなく馬で駆けます。

そして、分隊長のミケは・・・。



「Season1」が放送されている頃、
息子はまだ小学4年生くらいだったと思います。

中学生になろうとしている彼は
例によりHDDのなかに録画されていた
新番組をわたしより先に観たようです。

「チチ、あんなグロいのが趣味なん?
趣味悪いね〜」
冗談でそんなことを言ってきました。

後で観てみると確かに、
終わり方が強烈なシーンとです。

正直に言いますとこのアニメの演出には
もの申したい部分もあります。

でもそれは普段のシーンの心情描写などが
浅く感じるというもので、
戦闘シーンに関しては
かなり感じ入るモノがあります。

今回のラストもかなりの実力者であるはずの
分隊長でさえ、
『こんな風に、格好よくはいられなくなる・・・』
というのを表現したかったのかな?
と、疑問を感じながらも
その演技のさせかた、激しさは
最近のアニメにはなかなか観られない
力強さがあります。

Season1を劇場用に再編集された
前後編の総集編は非常によくできていて
特に後編は終始手に汗を握って
観ていました。

立体機動で縦横無尽に駆け回るシーンと
巨人に向かっていくときの激しさ。

そういうものわたしは心地よさ感じている。
このSeason2の初回を観て、
自分がこの作品の何が好きなのか
よく理解できました。

息子には冗談混じりで
趣味が悪いと言われましたが
わたしがこういった作品を好きなのは
理不尽なものに立ち向かう荒々しさ。

多勢に無勢で勝ち目がなくても・・・とか
相手が巨大な権力でも・・・とか
困難な状況にあらがおうとする姿。

それはどのエンターテインメントにも
共通しているし、みんな好きなのでしょうが
この作品はそこが特に力強く描かれているから
好きで観てしまうのでしょう。

簡単に言えば興奮する。
力をもらえる。

とっても単純。

きっとこのお話は、わたしにとっては
アニメーションであのように描いてくれるから
観ているのだと思います。

もし今後息子が、
理不尽や思い通りにならなくて
悔しい思いをしたりという経験を
増やしていけば、そういう感覚も
理解する日がくるのかもしれません。

自然という命の恵みと大いなる驚異の中で
人間が生きている以上、
誰しも持っていないといけない
本能でしょうから。


          全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 10:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする