2017年04月04日

「ビリギャル」その3 プレッシャーを感じているならおめでとう



ある大きな大会で優勝したことがあります。

様々な企業が集まり、
電話での接客応対を競う大会。

県で数百人が競い合い優勝者は
県代表として全国大会へ出場する。

翌年もチャレンジしました。

前年までは1位しか全国へはいけなかったのが
その年から2位まで行けることに。

会社の期待がかかっていました。

何より自分がプレッシャーを感じていました。

なんと結果は3位。

でも多分、悔しがる周囲をよそに
満足している部分もありました。

それは、前年度優勝者という
貴重な立場でしか味わえない経験を
できたことに対する満足感でした。



映画館で観た時は感動していましたが
始めてみる時の感動が大きくて
自分が拾ったものを覚えておけませんでした。
何度も観れるというのは嬉しいことです。

「ビリギャル」

金髪、ミニスカートで
入塾面接に来たさやかちゃん。

高校では・・・中学入学から一度も
勉強なんてしたことがないそうで、
偏差値は30。

学力のみならず、常識から不足しています。

それでも、楽しいことばかりやってきた彼女は
楽しいことへの集中力は半端じゃない。

塾の坪田先生が勉強の楽しさを
体験させてくれるのと、
なにがあっても味方でいてくれる
母の思いに応えたい思いで、
どんどん学力を伸ばしていきます。

日本史は映画を見ている限り、
全部、「まんが日本の歴史」で覚えたのか!?

しかし、志望校は普通の大学ではなく
私学の最高峰、慶応大学。

もちろん簡単な道のりではありません・・・。



試験直前にさやかがプレッシャーが凄いと
坪田先生にもらします。

そのときの坪田先生のあっさりとした
返答がとてもわたしの心に刺さりました。

『プレッシャーがあるってことは
受かる自身があるってことだ』

そう、簡単じゃないのはわかっていながらも
いけるかもしれないという手応えは
自分自身に感じている。

つまり、ある程度の自信があるってこと。

もしも、まったく自信がなければ、
1ミリも自分に可能性を感じていなければ
緊張なんて使用がありません。

どうせ無理。

と思っていたら、リラックスしまくりでしょう。

子どものころに、空手を始めて間もない頃、
白帯のまま大会に出て、型の演舞をしました。

緊張はしたけれど、プレッシャーはなかった。

黒や茶色の色付きの帯が当たり前の場所で
白帯というのは目立ちます。

だから、人目が集まる。

だから恥ずかしさはありました。
でもそれはプレッシャーとはぜんぜん違います。
だって、下手でもいいんだもん。

そこにいる誰よりも下手でも、
何とも思われない。

しかし、社会人になって、電話の大会のときは
前年度優勝者という立場がありました。

今年も全国に行ってくれ!
会社の期待も高まります。

「できて当然」というところからのスタート。
それは周囲からの期待が重圧になるという
”他人のせい”プレッシャーではなく
自分の中でのプレッシャーとして育っていきました。

もともと、周囲にどう思われるか?
ということに対しては、わりと抗体がある。

しかし、自分で自分にかけてしまう
あのプレッシャーは本当に初めての経験でした。

でも、それは「ある程度のところまではできる」
という自信があってこそ初めて生まれるもの。

自分には縁がないと思っていたような経験。

わたしは3位、後ひとり抜けば全国には
行けていたという微妙な順位でしたが、
初めての感覚を経験したという
学びへの満足感はあった。

それ以来、人前で話す機会があったり、
何かしらプレッシャーがかかる機会があると、
自分で自分の実力をある程度認めているんだなと、
自分と向き合って、それを相手の為に
全力で出し切れ!
と、自分に言い聞かせるようにしています。

ようするにスイッチを切り替える。
焦点を人のためのサポートにしぼると、
自分の感じ方なんて二の次になって
いつのまにかプレッシャーなんて忘れちゃう。

プレッシャーを感じたら、
自分にはやれるだけの実力があるんだと
自分の心の奥がちゃんとわかっている証拠。

そう確認して、目的に集中する。

だから、坪田先生はあっさりとプレッシャーの話を
次の話題に切り替えたのかもしれませんね。

あなたがいまプレッシャーを感じているなら
自分の実力に自信がついてきた証拠です。

おめでとうございます!


          全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする