2017年03月06日

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン7 #7 規律と罰則(Sing Me a Song)」一言で幸せになってみませんか?



わたしたちは結果を変えたい。

幸せを感じられる結果が欲しい。

そうですよね?

結果を作り出しているのは何か?

それは行動です。

でも、行動を変えるのが難しい。
それは「習慣」を変えるということだから。

じゃあ行動を作り出しているのは何か?

それは感情です。
感情を作り出しているのは?
思考です。
じゃあ思考を作り出しているのは?

それが精神です。

でも、精神を変えるとか成長させる
って言ったって、漠然としていて
具体的にどうやればいいのかわからない。

ここでキーポイントになるのが「習慣」なんですね。



アドラー心理学というか、
ドラマ「嫌われる勇気」7話目で取り上げられた
共同体感覚について書きたかったので
第8話を先に取り上げてしまいました。
順番前後しますが・・・

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン7」
第7話 「規律と罰則(Sing Me a Song)」


を観ました。

救世主のトラックに忍び込み、
ニーガンの元へ向かったカールとジーザス。

目的地が近づいたところでジーザスは、
「この先は歩いてタイヤ痕をたどろう」
とトラックから飛び降りようと誘います。

カールに手本を見せてと言われ
先に飛び降りるジーザス。

しかしカールはトラックに乗ったまま
手をふって行ってしまいました。

ロジータに弾丸を作るようにと
頼まれていたユージーンは葛藤していました。

また誰かが犠牲になるかもしれない・・・と。

リックとアーロン、スペンサーとゲイブリエルは
それぞれ二人ずつ組んで物資の調達へ出ていました。



リックがニーガンに屈してしまっている今、
仲間たちはリックの決定を尊重し
仲間たちに迷惑をかけずに
自分で行動をしようとしていました。

中でももっとも危険を感じたのが
リックの息子、カールです。

勝手に救世主のトラックに忍び込んで
ニーガンのところに言っちゃった・・・

カールがトラックの中でマシンガンを見つけ
トラックが目的地に到着し
外でニーガンの声が聞こえます。

スイッチオフ!

(笑)怖くてテレビ消しちゃいました。

続きを観る勇気がでるまで数週間かかりました。

はてさてカールの運命やいかに!?

というところは観ていただくとして、
このお話の中で調達に出かけた二組のうちの
スペンサーとゲイブリエル。

車を運転しながらスペンサーが
牧師であるゲイブリエルに胸の内を
打ち明けます。

このままリックが戻らないほうが
街のためになるんじゃないか・・・
そう考えてしまうのは罪だろうか?
と。

ゲイブリエルがこたえました。

『君の言葉は君を罪人にはしない
だがクソ野郎にはする
今はね
変わることはできる』

心の中で思ってしまうことで、
自分を責める必要はない。
でも、それを言葉にしてしまうことで
自分を本当に嫌なヤツにしてしまう。
でも大丈夫。今はそうだけど、変われるよ。

そういう意味なのかな?
わたしはそう受け取りました。

スペンサーがどんな道を選ぶのか?
それもまた、観ていただくとして、
ゲイブリエルのこの言葉は
とてもわかりやすく、かつ繊細に
相手の成長を促そうとしていますよね。

今はそうでも変われる。
といいながら、どうすれば変われるのか?
具体的には、一見、言っていない。

言っていないように見せて、
実はヒント・・・というよりもほぼ、答えを
前のセリフで表現しています。

『君の言葉は君を罪人にはしない
だがクソ野郎にはする』

つまり
「言葉を変えれば、君は変われる」
というメッセージが込められている

実際にゲイブリエルがそういうふうに
意図していたのかはわかりません。

でも受け取る方はそう受け取ってもいいですよね。

実際にそうです。

わたしたちはどんな言葉を使うかで、
周囲に対してだけではなく、
自分に対してもキャラクター付けを
してしまっているところがあります。

自分らしさを自分に見せつけている。

だから、普段使う言葉遣いをちょっとだけ
変えてみることを意識する。

とくに口グセを変えると
いつも使う言葉ですから、潜在意識から
自分への捉え方が変わっていきます。

たとえば、わたしは人に道を譲ってもらった時など、
「あ、すみません」
というのがクセでした。

それとは別に、もっと自信をもって堂々と
落ち着いた自分に成長したい
と考えていたわたしはふとその口グセに気づいて
「すみません」を「ありがとうございます」
という言葉に変えてみました。

習慣になるのにそんなに時間はかかりませんでした。
何せ、意識したのはたった一言ですから。

でも、これが習慣になると、
落ち着き具合は以前の比ではなくなりました。

恐縮する態度より、自然なお礼になる。
そして、落ち着きをもてるようになったわたしは
譲ってもらうのではなく、
自然と譲れることの方が多くなってきました。

ホンのちょっとしたことです。
でも、人を見ていて思いますが
そのホンのちょっとの違いでその人のたたずまいが
全く違って感じられます。

それは心もち、つまり精神が少しだけ
成長したということになるのではないでしょうか。

人に道を譲られて恐縮して「すみません」
とそそくさと身を屈めて通り過ぎるわたし。

一方、「どうぞ」と落ち着いて道を譲るわたし。

どちらも、わたし自身ですが、
人から見えるわたしのイメージは対照的でしょう。

そうなれば、人との関係も必然的に
違ってきますよね。

感情も行動も結果も変わっちゃう。

ホンの一言。

クセになっている言葉を変えてみる。

それだけで世界が一変するかもしれませんよ。



          全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする