2017年01月31日

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン7 #1 惨き鉄槌(The Day Will Come When You Won't Be)」どん底でも微かな希望を感じる力



エンターテインメント作品を楽しめる。

もうそれだけで幸せな世界、
幸せな時代をわたしたちは生きている。

しかも、エアコンがあって
快適なリビングで…。

こんな生活をしているのに
不平不満で一瞬一瞬を
不機嫌に塗り固めるのは
本当にばかげていると思います。

とは言っても、嫌なこと、辛いこと、
悲しい出来事、乗り越えないといけない壁、
などなどは、次から次へと押し寄せてくる。

どんなに快適な生活を手に入れても
生きている限り、
辛いことが全く起こらないなんてときは
来ないんですよね。きっと一生。

時には、それは、これでもかというほど
きて欲しくないタイミングに同時にやってきたりする。

「それでも」わたしたちは生きて行く。
なぜ、そんなことができるのでしょうか?



インフルエンザで自宅療養中、一日ひとりになったとき
弟にもらっていた念願のこのディスクを再生できました。
一話目からまた「もう耐えられないかも…」という
激しく辛い展開…

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン7
第1話 「惨き鉄槌(The Day Will Come When You Won't Be)」


を観ました。

不調を訴える妊娠中のマギーを
ヒルトップへ搬送する途中、
ニーガンの一団に捕らわれてしまったリックたち。

部下を大勢殺されたニーガンは、
その代償にリックの仲間の中から
1人を選んで殺すと宣言しました。

“どれにしようかな…”と順番に
有刺鉄線が巻き付けられたバットで
メンバーを指していくニーガン。

バットがたどり着いた1人に、
容赦なくバットは振りおろされ…

仲間を殺されてもなお
歯向かおうとするリックを、
キャンピングカーに引きずり込むニーガン。

リックは…



本当に心臓が弱いかたは観ないでください。
と言いたくなるほど胸が締め付けられます。

とにかく、徹底的に
ニーガンの酷さを見せつけます。

絶望の淵にこれでもかというほど
たたき落とされるリックたち…

観ているほうが爆発して
ニーガンに襲いかかりたくなる。

とてつもない緊張感です。

ギリギリなんて本来なら何度も超えている
リックたちの、それでもギリギリのギリギリで
なんとか選びとる“生きる”という選択。

いつもとんでもない状況からスタートする
このシリーズ。

観ている人たち、視聴者に、
どんな苦境に襲われても、
人間らしく生きること、
強く生きることを、
これでもかというほど力強く伝えてきますが、
さすがに、エンターテインメントとして
楽しんでいるわたしでさえ、
次を期待しながらも、彼らの幸せな運命を
願ってしまいます。

「もう、いいよ。幸せになろうよ」って…

しかし、世が世だけにそうはいかない。

そしてまた、わたしたちの人生も
そうなのでしょうね。

苦しいこと、悲しいこと、辛いこと…
そういうことから逃れるために
安定や安息を求めて日々頑張っているのに
一体いつになれば何の心配もなく
暮らせるようになるのか?

と先の見えない途方も無さ加減に
げんなりもしてきます。

そんな中で、追い打ちに追い打ちをかけて
まだくるか!?って程に絶望が押し寄せる。

それでもやっぱり生きて行こうねって
ことなんでしょうね。

今、手元にはシーズン7の前半8話分があります。
まあ、間違いなく前半でリックたちが
“安息”することはないんだろうな…
このシーズン中に、報われることが在るのでしょうか?

しかし、何とか生きることを選択した
彼らを観て安堵する自分もいる。
そして、本当にギリギリだけども
希望の欠けら、突破口になりそうな光も
ほのかに感じとることができる。

そこを感じとる力があるから
生きていけるのでしょう。

体調を崩しているせいか、
わたし自身が非常に弱気になっているようです。

「それでも」生きるという彼らの選択に
わたしも力をもらってさっさと復帰せねば。



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2017年01月30日

アニメ「鬼平 #3 暗剣白梅香」過去も良く噛んで味わって食べましょう



おもちゃに飽きたら見向きもしないくせに
いざ捨てられるとなると思い出がよみがえる…

みたいなことが、息子にもあるようです。

まだまだ11歳ですが、それでも
数年前から「懐かしさ」みたいなものは
感じているようで、幼年の頃のことを
なつかしんでいたりするいっちょまえな息子。

ノスタルジックな感覚もすでに
しっかりと持っている様子。

わたしが小学6年生の頃のことを
考えてみると、確かにそうでした。

中学生でBSで「西部警察」を数話放送した時に
とてつもなく懐かしんだ記憶がありますが、
今にして思えば、最終回して3年ほどしか
経っていなかったはず。

ノスタルジックな感傷に浸る自分に浸る…
みたいな部分も実は在ったのかもしれません。

そういう気分て、女性よりも男性のほうが
強いのかもしれませんね。



結構長い間苦しみましたインフルエンザ。
そろそろ本当に症状も軽減されてきたようです。
おかげでゆっくり休めましたが、休み中も
ただベッドの中で「痛い」「寒い」と言っているか
寝ていたかのどちらか…
休むにしても健康でないと楽しいモノでも何でもないです。

アニメ「鬼平」
第3話「暗剣白梅香」


を観ました。

ある晩、平蔵が曲者に突如襲われます。

手掛かりは妖しげな残り香だけ。

平蔵を襲ったのは、金で人斬りを請け負う
金子半四郎という男。

半四郎は父の仇を討つために森為之介という
元・大洲藩士を探しながらある屋敷で間借りをして
暮らしていました。

その屋敷で下働きをしている
おさきという女と知り合ったことから
人斬りから足を洗い知らない土地で平和に暮らしたいと
願うようになった半四郎。

まとまった金になる平蔵殺しを最後にしようと決め、
船宿に入った平蔵に斬りかかるのですが…



半四郎が狙っていた仇も出てきて、
とても切ないお話でした。

正確ではないですが、平蔵が言いました。
「昔に捕らわれ続けた男が
昔を捨てようとした途端に
昔に殺される…皮肉なもんだな」
たしかこんな感じのことを言いました。

前回の話が、過去も未来もなく、ただ今の自分あるのみ…
みたいな女の性みたいなものを切なく描き
今回は、男が縛られる過去と夢を切なく描いた作品。

「弱虫ペダル」の前に放送する作品としては
とても情緒という意味で大人向け過ぎるアニメですが、
こういうのももう、小学校高学年ともなれば
理解できるものなのでしょうね。

さて、一概に言えることではもちろんありませんが
男と女、特徴として
こういう違いは挙げられるのかもしれませんね。

わたしは、湿っぽいものに浸るのが決して
嫌いではありませんでした。

しかし、思春期にそういう自分であることから
いくつもの失敗を重ねて、そういう湿っぽさが
嫌いになって行きました。

思い返せば、中高生でみんながBOØWYなんかを
聞いている頃に、来生たかおなんかを聞いてたり
するガキだったわけですから、キモイという女子がいても
おかしくない…

まあ、言われたかどうかは別として、
自己陶酔みたいなのが嫌いじゃなかったので
長渕剛や尾崎豊なども聞いていて、
ヤンキーくんやヤンキー女子ともCDの貸し借りなんかして
結構たのしくしてはいたのですが、
それでもやっぱり高校の最後に「ノルウェイの森」
を読んで、その湿っぽいのがピークに達した気がします。

浪人時代に、かなり自分と向き合い。

大学生活からはガラリと変わろうとした。

買われていない部分も沢山ありましたけどね。

そして、今こうやって過去を振り返っている。

結局、これまでの自分を総ざらいして
自分のストーリーと向き合って、
自分にとって大切なものを再確認し
夢や目標の達成に役立てて行く…

そういうことを繰り返してきています。

過去を何度も何度も振り返ってきている。

捕らわれているというと語弊が確実にあるけれど
過去に一切捕らわれていないと言ってしまうのもまた
語弊が生じる。

女性は確かにこういう過去をスパッと!
もうビックリするくらいスパスパスパっと!!
切り捨てるところがあったりして、
本当にびっくりしますよね。

どっちがいい悪いじゃなくて。

でも、過去を捨てる女性も、
自分という人間を観る時に意識的にも無意識的にも
過去と無関係ではいられないでしょうから、

まあ、これは男女問わず。

溺れず足を救われないようにしながら、
自分を形成してくれた過去とも
仲良く付き合っていきたいですよね。



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2017年01月29日

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION #3 手嶋、魂の走り」心に主柱を…



わたしの心の主柱は何だろう?

今、一番大きいのは、
多くのお父さんお母さんたちがそうであるように
家族の存在です。

まぎれもなく。

家族がどう思ってくれているかには
全く関係なく、わたしが
家族を大切に思っているということが
何よりも大きい。

今のわたしから家族が奪われたら
文字通り廃人になるんじゃないか…

それくらい、大きな存在です。
当たり前…ですかね。

でも、その当たり前のものが
当たり前にそこに在ってくれない…

そんな思いをしている人も、
実は大勢いる。

だからこそわたしは自分の身を
精一杯謳歌したいと思うわけですが、
一方で、自分がそういう立場になったとき
それでも強く生きていかなけらばならないとなったとき

心に何を据えれば、
強く前を向いて生きていけるのだろうか?

と、考えてしまうことがあります。



お医者さんの意に反して、インフル
5日目の本日も熱が下がらず通院。
あと2〜3日様子見て…と。
まあ、さすがにそれだけあれば回復する…よね?

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION」
第3話「手嶋、魂の走り」


秋の「峰ヶ山ヒルクライム」に
出場することになったのは
総北高校の坂道くんと、
同じ一年でオールラウンダーの今泉。
そして2年生新キャプテンの手嶋です。

インターハイの優勝者として
周囲から注目を集める坂道くん。

しかし未だ不調から抜け出せず、
不安で萎縮たままでした。

そんなレースに珍しく参戦した箱根学園。

中学で手嶋と同じチームで走っていた
2年生の葦木場拓斗を送り込んでいました。

202cmという長身を活かした
通称"メトロノームダンシング"で
周囲を圧倒する葦木場に対して、
かつて共に走った手嶋が魂の走りで
迎え撃ちます…!



インターハイ直後の熊本やまなみレースを描いた
「劇場版 弱虫ペダル」では、巻島がいなくなって
力が出せなくなった坂道くんの前に、
急きょ巻島が戻ってくることで元気を取り戻しました。

そんな劇場版はあまりテレビシリーズには
影響を与えないようですね…

ちょっと寂しい。

劇場版では坂道くんが
巻島にあげたクモのぬいぐるみを
巻島が空港で持っていたのですが、
同じ場面を描いていたはずのシーンで
そのぬいぐるみは出て来ませんでした。

というこで、巻島がいないと坂道くんは
ダメなのでしょうか?

というのがこの第3シリーズスタートの
坂道くんの精神的な最初の葛藤のようですね。

手嶋が坂道くんにとっての巻島を
“精神的な主柱”と表現していました。

なるほど、確かに。

そして、そんな坂道くん前を行き
自分の走りを見せることで坂道くんの
心を揺さぶろうする手嶋。

巻島とは違うやり方で、
坂道くんに寄り添い。
同じ魂で彼の心を揺さぶる。

坂道くんにとっては新しい精神の主柱に
なれたのかもしれません。

よくよく考えれば、
坂道くんは自転車競技部に入るとき
今泉や鳴子と一緒に走りたい!

という精神的主柱がちゃんと在りました。

その後、自分の特異な登坂という分野での
圧倒的なスターとして巻島が登場したから
坂道くんの中での巻島の存在が
大きくなってしまいましたが、
坂道くんはみんなに支えられている。

ちゃんと思い出すことができれば
坂道くんは周囲の誰のことを思っても
きっと精神的な主柱にできる子なんだと思います。

これは、わたしたちも同じではないでしょうか?

いや、わたしは家族を失いたくないし、
わたしが家族にとって
失われる家族になりたくもありません。

だから、演技でもないことを
簡単に言いたいわけではありません。

それだけに、真剣に思うのは、
例え家族は家族のままでも、
例えば息子がこれから思春期に入り
いろいろなことで迷いながら生きて行くことでしょうが
そのときに、精神的な主柱を自分の中に見いだして
見いだし続けて、どんどん強く生きて行って欲しいと
望んでしまいます。

そう願うということは、わたしもまた
そうあらねばならないのでしょう。

息子がどんなに迷っても
最後の最後は家族が在るから大丈夫と
思えるような家族で在りたい。

もちろん、妻にとっても…


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2017年01月28日

ドラマ「A LIFE〜愛しき人〜 #2」生活のための仕事だって生きている実感は得られる



命があってこそ。

全てのことは、命が在るから得られるものです。

まずは生きていることに感謝する。

当たり前のようでいて、当たり前にできていないこと、
かもしれません。

でも、じゃあ、いま命が在るのだから
それ以上を求めるな…

ということなのか?

例えば、生きがいを求めるなんて贅沢なのか?

というと、それはまた別の問題です。

いいや、本当は別の問題ではないか…
本筋かもしれませんね。

命があるのだから、それを全うする。
使いきる。生き切る。
生きがいとはそういうことでしょう。

生きているのだから、それをとことん味わいたい。
それが生きがいを求めるということ。

生きているだけでまる儲けの精神を
それこそしっかりと実践している生き方でしょう。

生きるとはどういうことか?
生活するとは?

そして仕事をする…仕事のやりがいとはどういうことか?

自分にとっての仕事のやりがいを見つけられずに
人にサービスを提供できるでしょうか?

自分にとっての生きがいを感じられずに
人の暮らしを支えているはずの仕事を
満足に行えているのでしょうか?

生活のためにイヤイヤ仕事をしている人でも
それを分かっている人と分かっていない人では
仕事のクオリティも人生の幸せ度も
別世界と言っていいほど開きがありますよね。



どれだけ親身になって看てくれるか?
お医者さんや、看護師さんの在り方で
自分が患者になったときの気持ちも全く違いますよね。
自分が見てもらうときもそうですが、
息子が病院にかかるときはもっと気になります。

ストセラ:ドラマ「A LIFE〜愛しき人〜」
第2話


を観ました。

壮大(浅野忠信)に頼まれ、
深冬(竹内結子)の手術をするため
壇上記念病院に残ることになった沖田(木村拓哉)。

深冬の病状は放っておけば半年の命。
かと言って手術の難易度は相当高いようです。

色々な資料に目を通しながら考え込む沖田。

ある日井川(松山ケンイチ)は、
森本(平泉成)という和菓子職人の患者を
担当することになりました。

院長(柄本明)が頼んだ患者だと知った井川は、
張り切って大動脈瘤の手術の
イメージトレーニングを繰り返します。

森本に手術の説明をしていると
後遺症の可能性について詰め寄られる井川。

彼は「大丈夫」と断言するのですが…。



相変わらず、病院内のごたごたやら
壮大の嫉妬やら、わたしの嫌いなテイストは
ぬぐえません。

でも、それらでイライラさせるのも
脚本家さんの狙い何でしょう。

そのイライラも充分に効力を発揮して
クライマックスの熱さはわたしの好みの
ストレートど真ん中でした。

原田翔太さんという起業のプロが
「不純な動機で始めよう」という本の中で
「ライスワーク」「ライフラーク」「ライブワーク」
という言葉を使います。

「ライスワーク」
つまり、食べて行くために、生活するために
お金を稼がなきゃならない。
仕事=生活のため。

その、感覚から抜けきれない限り
仕事が「作業」レベルから「仕事」になることはない。

これは、社会人として日々苦労されている
わたしたちの多くが身を持って実感していることでしょう。

生活のための仕事とは言え、
どれだけ真剣にその仕事に取り組めるか?
誇りを持ってやっていけるか…

そこに仕事のクオリティが反映されるのは
当然のことですよね。

わたしたちはそこに生きがいを見いだそうとしている。

だからNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」
なんて番組も好評なのでしょう。

今回の井川は沖田に叱られまくります。

命を救っただけで、“救った”気になっている井川に
沖田は「医者失格だ」とまで言います。

それでも、「なんでだ!?」「どうしてダメなんだ!?」
と自分が納得するまで食らいついていこうとする井川も
なかなか良い根性です。

そして、和菓子職人にとって、
手を繊細につかえるということが命以上に大事なコトだと
身を持って知り、成長していく。

和菓子職人も医者も同じはずですよね。

誰にとっても、そうです。

生きているだけでまる儲け…素晴らしい言葉ですが、
息をして食べて寝て。
生活さえできていれば、それで生きていると言えるのか?

と言えばそうではない。

だから生活のためだと言いながらも
その仕事にやりがいを求めたがる。

生きてるんだ!

という実感を求めているのでしょうか。

いま、多くの職場では効率化が叫ばれて
人としての大事な部分が削ぎ落されてきています。

でも、より効率的に儲けを出すのも
人としての大切な部分、非効率的な部分が感じる
「生きている感じ」があってこそです。

そこがわからずにやる仕事に魂は入らない。

仕事は、するほうも受ける方も生きているということが
大前提ですよね。


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2017年01月27日

ドラマ「下剋上受験 #2」わたしたちの幸せ力は科学的に証明されている



わたしたちが頑張ろうとするときに
どうしてもそれを妨害する力が働きます。

物理で言うところの抵抗
とでも思えば良いんだろうな…

なんて思っています。

高校生の頃、いつも赤点ギリギリで
ほとんどよく分かっていませんでしたが、
宇宙の法則を考える時、
やっぱり物理学の基礎知識は
自分を納得させてくれるための大きな柱です。

作用反作用、そういう言葉を覚えている人もいるはず。

物理学なんて言うとこ難しいですが、
理科の勉強といえば少しハードルが下がりますかね。

力が発動すると、必ずその反対側への
力も同じだけかかる。

自然の摂理…なんですね。



インフルエンザA型、なんだそうです。
正直、本当にキツイですね。寒気や体の痛み…
久しぶりの発熱…。健康でいられることの奇蹟を
こういうときに本当に実感します。

ドラマ「下剋上受験」
第2話


を観ました。

小学5年生の娘・佳織(山田美紅羽)を
塾に通わせず、一緒に勉強して
中学受験に挑むことを決めた桜井信一(阿部サダヲ)。

佳織と行った書店で参考書や学習ドリルを
大量に購入してしまいます。

ギリギリで家計をやり繰りする
妻の香夏子(深田恭子)は当然ご立腹です。

香夏子から自分で教えるというからには
それなりに出来るんだろうなと
佳織との計算テスト対決に挑みますが、
まったく解けずに撃沈。

そんなある日、佳織のクラスに
トクガワ開発社長・徳川直康(要潤)の
一人娘・麻里亜(篠川桃音)が転校してきます。

佳織は中学受験のために
わざわざお嬢様学校から転校してきたという
麻里亜に興味を持ち、
麻里亜のそのハイレベルな成績に驚きます。

そして、思わず自分の成績に見えを張ってしまうのでした。

数日後、香夏子が参考書の山を
返品すると言い始めます。

なんとか思いとどまらせますが危機感を抱いた信一は
職場の後輩の楢崎(風間俊介)が中学受験の経験者と知り、
仕事中にも関わらず勉強に巻き込みます。

そんな楢崎は信一に、学習塾の無料体験授業を勧めます。

一方、信一の父・一夫(小林薫)は
骨折した足は治ったから自宅に戻ると言います。

そしてリハビリだと言いながら何かを
つくり始めるのでした。

信一は佳織を連れて学習塾の体験授業を受けに行きます。
するとそこに徳川父娘の姿が…。



佳織のクラスメイトが、佳織の中学受験のことを知って
「バカが勉強したってしかたがないよ」
みたいなことを言います。

それは、佳織をバカにしているというのとは違って
バカ同士でつるんでいるいつもの仲間として、
つまり自分たちのことを含めて言っている言葉でした。

しかし、その後
「もう、バカなわたしたちは相手に出来ないってこと?」
などという展開になってきます。

非常に子どもっぽいなと思いました。

子供だから良いんですが、
5年生にもなると、そういうことが子どもっぽい
ということに気づく子たちもいます。

佳織のような子は特にそうではないでしょうか?

残念なのは、これが子どもっぽいことなのに
大人の世界でもしょっちゅう起きているということです。

まずはこういう子どもっぽい感情を
客観視して、恥ずかしいことだと気づいて欲しいですね。

劣等感からの足の引っ張り合い…

でも、こういうものならまだ、
対処の仕様も難しくはありません。

ところが、足を引っ張るのはひがみや劣等感などの
マイナスの感情からばかりではありませんよね。

わたしたちを思ってくれる愛情…
プラスの感情から発せられる言葉や態度が
足を引っ張ってしまうことだってある。

「無理するなよ」「あまり根を詰めるなよ」

優しい言葉をかけてくれる人たち。

これも、わたしたちが前進しようとする力に
ブレーキをかける反作用になりえる。

わたしたちが頑張ろうとすると、
まわりはいろいろと言ってきます。

悪意のものであれ、善意のものであれ、
わたしたちの推進力を弱める力には
代わりありません。

それらの声は、時にとても説得力を持って
浴びせられるので、自分が間違っていて
彼らのほうが正しいことを言っているように思える。

でも、やっぱり自分の中にある思いが
本物だと思うのであれば進むべきです。

それらの言葉を浴びせる人、
特に善意の言葉をくれる人には
寂しい思いをさせるかも知れません。

でも、本当にわたしたちの幸せを願ってくれている人なら
やりきったわたしたちを観て一緒に喜んでくれるはずです。

物理学だって、作用反作用があるから
動けない…

なんてバカな結論には至っていません。
ロケットが宇宙を目指して飛んでいくのが
何よりの証拠です。

重たい物も滑車で運べば運べるのと一緒です。

抵抗があっても、それを突破する力もまた
自然の摂理です。

大きな羽を広げて抵抗を浮力に変える知恵だって
人間は持っている。

わたしたちは幸せになるために生きているんだと
科学的に証明されているようなものです。

自然の摂理がそう教えてくれているようなものですよね。


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