2016年10月31日

「グラスホッパー」壮大なタイムカプセルプロジェクト



2016年、今年の夏は息子と二人で
わたしの実家がある鹿児島へ帰りました。

ちょうどその頃、わたしの祖母が入院していたので
わたしの両親と息子と4人でお見まいに行きました。

もう、わたしのことも初孫であることをすぐには
思い出せない様子でしたが、
それでも会いに行くと笑顔で迎えてくれる
いつもの「おばあちゃん」でした。

その祖母が、「かわいいねぇ」と
わたしの息子の手を笑顔で握っていました。

祖母が触れているのは、
未来の希望。

祖母や先祖たちから受け継いだわたしの命は
息子の命につながりました。

そこには大きな責任もありますが、
やっぱり壮大なロマンを感じます。



久しぶりにTSUTAYAで時間をかけて
自分の琴線に触れた作品を借りてみました。

「グラスホッパー」

を観ました。

ハロウィーンでにぎわう夜の渋谷の街。
人ごみの中に、違法薬物でおかしくなった男が
車で突っ込んで行きます。

何人もの人間を突き飛ばしていく4WDの車…

その事件で恋人を亡くした鈴木(生田斗真)は
それが仕組まれた事件だと知り復讐を誓います。

教職を辞め、裏社会の組織に潜入し
その機会をうかがおうとする鈴木。

絶好の機会が訪れた矢先、
押し屋と呼ばれる殺し屋の仕業で
犯人の一人が目の前であっけなく死んでしまいます。

正体を探るため鈴木が押し屋の後を追う一方、
催眠術で標的を自殺に追い込む殺し屋・鯨(浅野忠信)は、
ある依頼を片づけたとき、殺人現場を目撃します。

そして、なぜか押し屋の依頼人は鈴木だという情報が流れ
鈴木は組織からも追われることに…。

「グラスホッパー」公式予告編

なぜこの作品を手に取ったのかわかりません。

伊坂幸太郎さんのベストセラーの映画化。
「ゴールデンスランバー」のように
ハラハラドキドキしたかったのかな…。

ハラハラドキドキさせてもらいました。

いつも、少しだけ不思議な感じを入れてくる
伊坂幸太郎さん作品。
今回も鯨という催眠術のような特殊能力を持つ
殺し屋が登場しました。

さて、普通に“いい人”な鈴木。

ゴキブリが出ても恋人の背中に隠れてしまうような男。

しかし愛した恋人を失ったときに、
とんでもなく大胆な行動に出る。

それが組織に潜入するという行為。

恋人と鈴木の間で「タイムカプセル」という
キーワードが使われます。

ある日、恋人が作ってくれたシチューか何かを
「冷凍しておくね」と冷蔵庫の冷凍室に入れてくれる。
それを見ながら彼女が「タイムカプセルみたいだ」
という言います。

食べて欲しいと思う人への思いも一緒に
とっておいて、後でその思いも解凍して
蘇らせることができるから…


息子が4-5歳の頃、家族で鹿児島の実家に
帰ったとき、わたしの祖母が、
息子のために最新の仮面ライダーの人形を
買ってくれていました。

グズる息子にその人形を見せ大人しくさせる祖母。
祖母が息子にその人形を渡したとき、
祖母と息子が触れ合ったときに思いました。

ああ、100年後の未来は、
こうして触れることができるものなんだ…

祖母にとってはわたしの息子がひ孫です。

昭和元年生まれの祖母。
孫であるわたしがあと10年ほど生きていられたら
それだけでも彼女の子孫が100年後にまで
生き続けたということになる。

それがさらにその子にまで続いていて、
健康でい続けられるなら、自分が生誕してから
100年以上先を生き続けるひ孫に触れた。

それは100年以上先の未来を触れたことと
同じじゃないか?と…

わたしが息子を触れているということも
未来に触れているようなもの。

そこに、神秘を感じずにはいられなくなりました。

可能性という神秘であって欲しいし、
それは息子にとっても、
そこから続いていって欲しい子孫たちにとっても
幸せな希望のある可能性であって欲しい。

そう考えると、わたしたちは毎日毎日、
壮大なタイムカプセルプロジェクトを
みんなで創りあげているような気さえします。

あなたの思いも、未来で…

その未来が明日なのか、100年後なのかは
わかりませんが、
誰かの幸せにつながっていますように。



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2016年10月30日

ドラマ「ラストコップ(2016) #3」わたしの鬱憤の晴らし方



クレーマーという言葉があります。

仕事柄、そういう人とお話しする機会も
多くあります。

自ら進んでそういう仕事をしているので
普通の人よりもずっと多くあります。

どこまでを、普通の人のお叱りと捉え、
どこからをクレーマーと呼ぶのか?

それはそれぞれの会社や人によって
線引きというのはあるかもしれませんが
わたしが目をつけるのは“怒り”という
感情を抱いている本人が、
その感情とどう向き合っているか?

というところです。

なぜそういう見方をするかというと、
怒っている人はいつも怒っているし、
クレーマーはクレームを言いたくなるようなことを
引き寄せているのがよ〜く見えるからです。

怒りの感情を基準に人を責めると
結局はその怒りは一時的にしか
解消されません。

暫くすると、同じ怒りを抱くことになる。
だから、本当の意味で解消していかないといけない。

そうしないと鬱憤・ストレスはたまるばかりで、
どんどん鬱屈していってしまいますよね。



チープで王道で、寒いギャグの連発なのに
それを承知で笑いながら観てしまう。
そんな力がある

ドラマ「ラストコップ(2016)」 第3話

を観ました。

京極(唐沢寿明)宛に加奈子(和久井映見)から、
亮太(窪田正孝)にも結衣(佐々木希)から、
荷物が届きます。

中身はおそろいのブレスレット。
二人がブレスレットを装着すると
強力な磁力でくっついてしまい、
二人は離れられなくなります。

翌日、何とか切り離そうと悪戦苦闘する二人に、
加奈子と結衣の名前を騙ってブレスレットを送ってきた
犯人からの連絡が入ります。

「ブレスレットには爆弾が仕掛けてある」と告げられ、
鍵が欲しければ自分を探せと命じられます。

そして、ブレスレットには時限爆弾の
カウントダウン表示が…



昨年の第1シリーズの黒幕だった
遠藤(佐野史郎)が再登場しました。

遠藤が松浦(藤木直人)に
「いつか君にも私の言っていることが
わかるだろう」みたいなことを言い、
松浦が複雑な表情をする…

そんなシーンが描かれました。

松浦は正義感が強いのですが
融通が利かないところがあり、
コンプレックスとも相まって
鬱屈したものを溜め込んでいるような
可能性もあります。

今後、松浦の葛藤も
描かれるのかもしれませんね。

しかし、鬱屈したものがあるのは
ほとんどの人がそうです。

だからと言って、遠藤のように
テロ行為に走っていいものではない。

どうしても、組織や体制を変えたいなら
「踊る大捜査線」の室井さんがしたように
偉くなって変えるとか、
政治家になって別の方向から
制度や体制を変えるとか、
ジャーナリストになって世間に訴えて
世の中の流れを変えるとか・・・
正当な努力というものがあります。

実際にそうやって努力している人たちは
いっぱいいます。

鬱屈したものが溜まるというのは
怒りにしがみついていることになります。

じゃあ、その怒りをどう扱うのか?

ようは怒りが消えればいいわけですよね?

テロとまではいかなくても、
怒りが外に向かう人はたくさんいます。

怒りが外に向かう…というふうにとらえると
そういう人がいるというより、
わたしもあなたも身に覚えありますよね〜
ありまくりですよね〜

でも、人を責めて解決することなんて
ほとんどないのが実情です。

一旦人を責めることで相手が受け止めてくれても
結局、同じことが起きて
「前も言ったよね!」となるか、
あるいは同じことが繰り返されなくても
相手からは嫌われていたり、
「言われるの面倒だから言われないようにしておこう」
と思われているだけだったり…

そうでなかったとしても、そう思われているかもしれない
と考えてしまうという余計なストレスを抱えたり。

そう。怒りを基準に決断・行動してしまうと
物事が意味不明な方向に進んだり
本末転倒なことになってしまったりするんですよね。

だから、怒りという感情を
自分で認識して、できるだけ速やかに手放してから
物事に対処した方が
最終的にはスムーズに行くし望む結果も得られやすくなる。

だから、わたしのストレス解消法、
鬱憤の晴らし方というのは、
どう早く怒りを手放すか?

という見方に立っているものが多いです。

手放すと言うのは一時的にではなく
同じことではもう怒りを抱かないようにするとか、
段階的にそうしていくとか…

そういう部分を目指して、手放していく。

そのためにはまず
怒りを感じている自分を認識する。

そして、いったん落ち着く。
この時点では解消はされていません。

出来るだけ一人になったり、
余計なことを考えないで済む環境を作ります。

職場なら、席を立ちトイレに行くとか…

それから、ゆっくりと自分が何に対して怒り
なぜ怒るのか?どう在るべきだと思っているのか?
を整理して、本当に誰しもがそう在るべきなのか?
自分が間違っている可能性はないのか?
両方が正しい可能性はないのか?

立場や経験や性別や育った環境などなどの
違いからくるモノの見方による考え方の違いを
想像してみたり、相手の感情の元になっているものを
想像してみたりする。

そういう心の作業は怒りの直後でなくてもいいです。
帰宅途中歩きながら、電車に揺られながら、
イヤホンで音楽を聞きながらとか、
ドラマや映画を見て、面白かった〜と思った後でもいい。

そういうことをしていて、
あのとき自分はこういう受け取り方もできたなとか
こういう態度を取ることもできたんじゃないかな
など、怒りではなく、より良い心意気で
そのことと向き合える自分がイメージ出来たら、
しめたものだと思っています。

少し成長したと言うこと。
実際そのときがきたらイメージ通りには
行かないかもしれませんが、
反省スピードが上がっていたり、
少しでも前回とは違う自分がいれば、
そういうことの繰り返しで確実に成長していける。

ストレス発散が必要なのも、
そういう風に、自分の内面と向き合うための
心の余裕を持つためなんだろうなと理解するようにしています。

怒りと向き合い、怒りのもとの感情とも向き合い、
相手のそれらのことも想像してみる余裕を持つ。

それができれば、怒りを元に意思決定して
行動を起こして、自分もみんなも不幸に陥れる
なんてテロみたいな感情の発露にはいたらない。

そういう自分でいたいと思っています。



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2016年10月29日

ドラマ「Chef〜三ツ星の給食〜 #3」人のための自分で、自分のための人



わたしは自分にしか興味がないのか?

昔からそんな風に悩んでいました。
正直にいいますと、今でもそこは気にしています。

基本的には自分のことしか興味がない。
…というのは人間の大部分がそう。

そうなんですが、善良な大人は、
人のことをちゃんと気遣えるし
本気で興味を持って、
その人のために何ができるか?

と考え行動することができる。

社会人になるとそのことの大切さを
様々な面で思い知らされます。

わたしも思い知ってきたつもりですが、
わたしの場合はまだまだ足りていない。
と思っています。

それは、自己研鑚のための厳しさで
だからと言って自分がダメ人間だとか
そういう能力が全くないとか、
自己否定をしているわけではありません。

もし、その能力が皆無だと思ったら、
わたしは今の仕事をしていないし、
親をやってもいないでしょうし、
自分に人と関わることを許さないでしょう。

ただ、小説を書いたり脚本を書いてきた経験から
まだまだ人のことを思う量と質が足りないと
感じたので、暫くわたしはそういう意味で
創作をしていません。

目の前にいる人たちと自分。
そのバランスを保つことだけで精一杯だから。

相手が喜んでくれれば自分も嬉しい。

そんな当たり前のことを、どう実現させるか?
それに毎日精一杯です。

自尊心を保ちながら、人を幸せにする。
当たり前のことなのにいつでも簡単にはできない。
それがもどかしいですね。

でも、それができている人もいます。
そういう人の考え方は、実は
もっとシンプルなんじゃないか…と思います。



やっぱり、見ていてワクワクしますね。

ドラマ「Chef〜三ツ星の給食〜」 第3話

を観ました。

自分が作った給食は「おいしい」
コンビニの唐揚げ「ウマチキ」は「最高においしい」

子どもたちの感想の違いに
ショックを受けた光子(天海祐希)は、
子どもたちに自分が作った給食を
「最高においしい」と言わせるまで
学校に残ることを宣言しました。

フランスのファッションブランド
「ミッシェル・ブランショ」の金沢(西村和彦)は
光子以上のシェフはいないと熱望する社長が
3ヶ月間待つと言っている光子に伝えます。

苦戦が続く給食作り。
番組プロデューサーの早紀(友近)は、
視聴者は光子の悪戦苦闘ぶりが見たいのだ、
とほくそ笑んでいました。

そんな折、親子給食会が開かれることになり、
メインの料理がナポリタンになるとのこと。

荒木(遠藤憲一)たちは当然のように
子ども用と大人用のナポリタンの
味付けを変えようとするのですが、
光子には納得がいきません。

同じ料理、同じ味付けで、親子ともに
「最高に美味しい」と言わせる。

意気込みだけは誰にも負けない光子。
果たして、大人も子供も納得できる味の
ナポリタンを創り出せるのか?



面白いですね。ワクワクして観ていました。
しかし、凄いのは、1話目を観たときに
予想された展開は3話目で終わったことです。

第一幕終了。

ここからがメインというところでしょうか?

さて、大人の味覚と子どもの味覚。
その両方を同時に満たすことに挑戦する光子。

しかし、光子が自分の料理の味に執着するのは
プロとしてのプライドであって、
子どもたちのことを考えてのことではありませんでした。

光子に言わせれば、それを考えるのは
自分の仕事ではない…とのこと。

とにかく味を追求する。
そうすれば結果的に子どもだろうが大人だろうが
喜んでくれる。
だから自分の仕事は最高においしいものを作ること。

ということなのかもしれませんね。
もしかしたら晴子の鬱屈と絡まって
何かしら光子の方にも変化が起こるのかもしれません。

しかし、どちらかというと光子の思いというのが
みんなに変化を与えて行くのかもしれません。

自分のプライドのためなのか?
お客さんのためなのか?

自分の名誉や成功のためだけなら…
もしも光子の言う「自分のプライド」が
そういう程度のものならば、
「プライドを捨てて」「自分を捨てて」
他者のためだけの自分になってみる。

ということが必要になるのでしょう。

実際に、社会に出て仕事を学んでいく過程では
多かれ少なかれそういう経験は誰にでも
あるのではないでしょうか?

そこから考えると、光子くらいの
ベテランのプライドがそんな程度のものだとは
思えません。

やはり、味を極めることの先にお客さんを見ている。

「大人の味覚」と「子どもの味覚」
の両方を満足させたように、

「自分のプライド」と「お客さんの喜び」
の両方を満足させるのでしょう。

自己実現、自分を使い切る。
というのはそういうことなのでしょう。

どんな仕事でもそのバランス感覚を忘れずに
進めることができれば
やりたくてやっているわけではない仕事の中に
やりがいを見いだすこともできるし、
そういう仕事から、本当にやりたい仕事につなげていける。

そういうものだと信じています。

鍵は自分も人も大切に思うこと。



                  全ての物語のために










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2016年10月28日

「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」大人だって何度でもやり直したい



一度決めたことは貫く!
有言実行だ!!

そういう姿勢はわかりやすく立派に見えます。

でも、親として息子を育てながら
自分の人生や仕事のことも考えてみると
つくづく思います。

発言に責任があるのは当たり前だし
責任を持って発言できることもカッコイイ。

それは勇気のいることです。

しかし、言ったことは必ず貫かねばならない
ということだけを子供に押し付けるのは
やはり違うし、あまりにも厳格に
それを子供に強要している親御さんをみると
「虐待」まがいのことをされているようにも
思えて仕方がありません。

自分の言ったことの責任を教える
というのは大切ですが、

間違いに気づくことも、それを認めることも、
引き返すことも、リカバリーすることも、
とてもとても大事なことだし、
それこそ多大なる勇気がいることですよね。

これができるかできないかで、
人生が苦しいものになるか?
きつくても乗り越え続けられるか?
まったく違うものになっていきますよね。



秋晴れというのは大好きなのですが
梅雨同様、雨がよく降る季節でもあります。
今年はどれほど秋晴れの心地よさを
体感できるかな…と思いつつ、
しとしと小雨が降っているリビングで、

「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」
(1978年作品)


を、たぶん30年ぶりくらいで見返しました。

ガミラスの侵略を退けてから1年、西暦2201年。

白色彗星帝国が宇宙の各惑星を
侵略しつつありました。

地球は復興を完全に復興していて、
都市は活気づき平和に満ちています。

古代進も護衛艦艦長として
輸送補給船団に同行していましたが、
偶然、発信源不明のメッセージを受信します。

救いを求めるような女性の声…

しかし、地球政府は宇宙のリーダーを
高らかにうたいながらも堕落していました。

かつてのヤマト乗組員たちは、
廃艦を言い渡されたヤマトに乗り込み、
危機の正体を突き止めるために
政府の退艦命令を振り切って
ヤマトを発進させます。

テレザート星に到着した古代たちは、
メッセージの発信者であったテレサを救出。

テレサは、白色彗星帝国が次々と侵略の手を広げ、
次の標的が地球であることを告げました。

白色彗星帝国はが目前に迫った地球政府は、
最新鋭戦艦アンドロメダを旗艦とした
地球艦隊で交戦しますが、圧倒的な帝国の力に
全滅させられてしまいまうのでした。

残る地球の希望はヤマト一隻のみ。

地球は再び、ヤマトに人類の未来を託します…。



幼少のころから大好きだった「宇宙戦艦ヤマト」
そのシリーズの中でも、
実は避けてきたのがこの作品です。

見ていたのは幼少のころでも
高校・大学とある程度いろいろなことを
わかる年頃になると、
作品が作られる背景やら“大人の事情”やらを
理解できるようになりますよね。

わたしはこの作品以降のシリーズが
大好きだったものですから、
そういう事情がわかるとなおさら
この作品は避けていました。

なぜならこの作品は、シリーズ第2作目にして
完結編なのです。

主要キャラクターがどんどん命を落とし、
最後に主役の古代進も、
すでに息絶えた恋人、森雪を傍らに座らせ
二人でヤマトに残り敵戦艦に特攻していく…

実は、避けてきたといいつつ、
ひおあきら氏がコミカライズしたマンガ版では
何度も読んでいました。

ひおあきらさんの「宇宙戦艦ヤマト」シリーズは
マンガ化作品としては非常によくできていて、
読む人を作品の世界に引きずり込む力がある。

はじめ古本屋で手にした、ひおあきらさんの
「ヤマト」作品がこの「愛の戦士たち」だったので
そういう意味ではとても思い入れが強い作品でもある。

でも、マンガで読むパラレルワールドとして
わたしは位置づけていました。

むしろ素直に「なんでこんな話作っちゃったんだろう」
と子供ながらに思っていました。

だから、わたしが最も多く見た
白色彗星帝国との戦いは、「宇宙戦艦ヤマト2」
というテレビシリーズの総集編版です。

こちらは「さらば」公開後に作り直された
テレビシリーズの総集編で、
最後にテレサの力を借りますが、
ヤマトの主要キャラクターたちが
バンバン死んでいったりしない。

マンガ版を何度も読んでいただけに、
映像作品は「ヤマト2総集編」を見ることで
安心していたんですね。

でも、それでも20数年前までの
少年のころのことです。
そんな自分のことすらすっかり忘れていました。

数年前に木村拓哉さん主演で実写化された
「SPACE BATTLE SHIP YAMATO」
で、主要キャラがバンバン死んでいくのを見て
不愉快になったのは、こういうことだったのか…

と今回アニメ版の「さらば」を見返してみて
少年のころの記憶が蘇り、
やっと、合点がいった次第です。

来年2017年2月からスタートする
「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち」
は、わたしの大好きな作家、福井晴敏さんが
脚本を書かれていて、
今から非常に楽しみなのですが、
当時のヤマトのパラレルワールドを
どのように舵取りをしていくのか…

楽しみにしながらも怖い。
というのが正直なところです。

「宇宙戦艦ヤマト」に関しては
西崎義展さんと松本零士さんが
意見を衝突させながら作られていて
ほかにもお二人の意見、見解がが
衝突している部分は無数にあるようです。

だからパラレルワールドが本当は
いくつか存在する。

でも、わたしは大人のそれぞれの我や
主張があって、また、商業的な成功が見込める
という意味での“大人の事情”もあって、
違う結末で作り直され、パラレルワールドが
派生してしまうのも今は歓迎しています。

「宇宙戦艦ヤマト」で言えば、
「宇宙戦艦ヤマト2199」という素晴らしい
リメイク作品ができたのは
そのおかげとも言えるでしょう。

「機動戦士Zガンダム」は富野由悠季さん自ら
劇場版でラストを180度変えました。

松本零士さんも、「銀河鉄道999」や
「キャプテンハーロック」の設定を微妙に修正しながら
今も書き続けています。

ハリウッドのヒーローアクション映画が
何度も作りなおされるのだって
やはり嬉しいです。

創る人たちも真剣に作るから
意見の食い違いが出たり
やっぱりここはもっとこうしておけばよかった…
なんて後悔もあるでしょう。

だったら、思いっきり創りなおして欲しい。
ファンはどっちだって楽しめる。
自分の好きな方を選べばいいんですから。

商業主義などと言われたりもしますが
それでお金が集まるところで
モノづくりをされているのだからこそ
どんどん創りなおして欲しいと思います。

わたしたちだって、やりつくしていないと
感じているのなら、何度だって気が済むまで
やり直してみればいいんじゃないでしょうか?

みっともないと言う人もいるかもしれませんが
その精神を認めてくれる人だっているはずです。

何より、自分がやるだけやったと
心の底から思えることがまずは大切ですよね。



                 全ての物語のために




















ラベル:さらば 宇宙戦艦 ヤマト 愛の戦士たち 大人だって 何度でもやり直したい 一度決めたことは貫く! 有言実行だ!! わかりやすく立派 息子を育てながら 発言に責任があるのは当たり前 責任を持って発言できることもカッコイイ 勇気のいること 言ったことは必ず貫かねばならない ということだけを子供に押し付けるのは 子供に強要している親御さんをみると 「虐待」まがいのことをされている 自分の言ったことの責任を教える 間違いに気づくこと 認めること 引き返すこと リカバリーすること とてもとても大事なこと 多大なる勇気がいること これができるかできないかで 白色彗星帝国 幼少のころから大好きだった 宇宙戦艦ヤマト 避けてきたのがこの作品 “大人の事情” シリーズ第2作目にして 完結編 ひおあきら パラレルワールド 最も多く見た 白色彗星帝国との戦い 宇宙戦艦ヤマト2 テレビシリーズ 総集編 を見ることで 安心していた 木村拓哉 実写 SPACE BATTLE SHIP YAMATO 2017年2月 2202 福井晴敏 楽しみにしながらも怖い 西崎義展 松本零士 意見を衝突させながら 大人のそれぞれの我や 主張があって 違う結末で作り直され 歓迎しています 素晴らしい リメイク作品 機動戦士Zガンダム 富野由悠季 銀河鉄道999 キャプテンハーロック ハリウッド 何度も作りなおされる やっぱりここはもっとこうしておけばよかった… 後悔もある だったら、思いっきり創りなおして欲しい 商業主義 それでお金が集まるところで モノづくりをされている やりつくしていないと 感じているのなら 何度だって気が済むまで やり直してみればいい みっともないと言う人もいる
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2016年10月27日

ドラマ「勇者ヨシヒコと魔王の城 #3 キラナの村」頭がかたい人が感受性を広げる方法



基本的にマジメなわたしは
“新しい笑い”を理解するのが非常に遅い。
頭がかたいんだな〜と自分で思うことが多いです。

これは昔からです。

ヤマト、ガンダム、ガッチャマン、
ハーロック…

テレビで「ガンダム」と「ルパン三世」が
違うチャンネルで同時間に被っていたら
「ガンダム」を観ていました。

ところが「ガンダム」のコマーシャル中に
ちょっと「ルパン三世」に変えたとき…
確か「カリオストロの城」で、
ルパンがお城の屋根の上をかけ下りる
コミカルなシーンだったと思います。

山田康雄さんの声で
「あらららららら、わ〜」と駆けだして
飛び移るルパンを観ていて、
一緒にいた友達がケタケタ笑っていました。

わたしはそこでそんなに笑うんだって
知らなかったんですね。
コミカルなシーンなんだってそのときに気づいた。

ルパンに対して明るい兄ちゃんで人懐っこい…
みたいなイメージは持っていたのですが
当時のわたしはそういうシーンも
コミカルというよりスリリングなシーンとして
受け止めていたんですね。

だから、あの友達の反応は
カルチャーショックでした。

ジャッキー・チェンが好きだったのもそうです。
明るくて人懐っこい、志村けんみたいに
悪ふざけもするお兄ちゃんが
強くてかっこいい…みたいな感じ。

「あぶない刑事」が出たときも
「西部警察」が好きだったわたしは
もっとマジメにやって欲しいな…
って思っていました。

どう楽しんでいいのか分からなかった。

「踊る大捜査線」が始まったときもそうです。
こんなの刑事ドラマじゃない!!

って思って、チャンネルを変えました。
なんだ、トレンディドラマのノリで
刑事モノやるなよ!って(笑)

結局、ぜ〜んぶ大好きになって
ハマりにハマるんですけどね。

楽しみ方さえ分かってしまえば。



わたしが尊敬するお義兄さんが
泊まりに来ると言うことで、
部屋の掃除をしました。
机周りは昨年の夏に断捨離をして以来なので
1年以上ぶり。かなり気持ちいい!!

ドラマ「勇者ヨシヒコと魔王の城」
第3話「キラナの村」


を観ました。

キラナの村にたどり着いた夜、
ヨシヒコ達は村人の悲鳴を耳にします。

この村では、夜になると西の洞窟に住む化け物が
農作物や村人を襲ってくるというのです。

ヨシヒコは、その化け物を
自分が退治すると請け負いますが、
化け物はとてつもなく強い…。

しかし、唯一その化物を倒せる剣を打てるという
刀職人が東の山奥に住んでいると聞かされ
仲間たちとおとずれるのですが…。



まさか、自分がこのドラマを観るようになるとは
思ってもいませんでした。

今、第3シリーズが始まっていますが、
それはあえて録画していません。

第3シリーズスタートに合わせて
再放送がスタートした第1シリーズを
初めから毎週録画して観ています。

なぜ今まで見なかったのか?

単純。興味を持てなかったからです。
今風のノリのコント観たいなドラマ。

ハラハラドキドキしたいのに
こんなぬるいのじゃ楽しめない…

子どもの頃と変わっていません。
楽しみ方がわからなかった。

第2シリーズは弟に頼まれて
毎週録画していました。
弟と妹はセンスが開いているので
固定観念にとらわれずに
新しいものをスッと取り入れる。

彼らから影響を受けて
好きになったものも沢山あります。

そういうことが多いので、
わたしは自分の感性の狭さで
息子を閉じ込めたくなくて、
出来るだけ息子の感受性を優先する
「ふりまわされ教育学」という
自分なりの育児コンセプトを
創り出しました。

全部が全部、
息子にふりまわされるわけでは
もちろんありませんが、
息子の影響を受けようとしている部分も
かなり大きいです。

「おかあさんといっしょ」やNHKの
教育番組もよく一緒に観ていたし、
魚釣りがしたいと言えば、
わたしが詳しくないものですから
わたしも一緒に学ぶつもりでやりました。

勇気や優しさを学ぶ物語として
息子が4歳になったら
アニメ「ニルスの不思議な旅」を
見せるつもりだったのですが、
4歳の頃、彼が気に入った
佐藤健主演の「仮面ライダー電王」
は見事にその代わりになりました。

最近では「物語シリーズ」
息子が興味を持ったことで
わたしもライトノベルへの偏見を払しょくできたし
今後の息子の活字慣れも期待できそうです。
そして、自分と向き合いながら成長する
十代の反抗期のいいサポートになるでしょうし、
わたしも、本来ここまで青春期に成長しておくべきだったな
と、自分を振り返ることもできました。

これらも全て、最初は
「楽しみ方がわからない」
状態から、逆にハマった作品です。

今年は、弟に薦められていた
「ポンコツクエスト〜魔王と派遣の魔物たち〜」
を息子が気に入ったことから、わたしもハマりました。
妻も一緒に笑ってみています。

この「ポンコツクエスト」があったからこそ
わたしも「勇者ヨシヒコ」を見れるかな…
と、新しい自分に出会える期待をして
挑んだわけです(笑)

大げさですが、実は本気で
そんな風に自分の感性を広げています。

弟がいいという作品、息子が気に入る作品、
友人が、同僚が、先輩が、いいという作品。

自分の感性では選ばなかっただろう
というようなそういうモノに触れて
それにハマると、もう自分の感性になります。

そこから新しいものを自分が開拓したり
自分でなにかを生みだすキッカケになったりする。

自分が頭が固いと思っているなら
楽しみ方を知らないだけかもしれません。
そういう人は真面目な人が多いです。

人が楽しんでいるものを、
「どう楽しむのだろう?」という持ち前の
探究心で“研究”してみるのも
面白いと思いますよ。


              全ての物語のために




















ラベル:ドラマ 勇者ヨシヒコ と魔王の城 #3 キラナの村 頭がかたい人が感受性を広げる方法 基本的にマジメなわたし “新しい笑い”を理解するのが非常に遅い 頭がかたい 「ガンダム」と「ルパン三世」 カリオストロの城 山田康雄 一緒にいた友達がケタケタ笑って そこでそんなに笑うんだ コミカルなシーンなんだってそのときに気づいた コミカルというよりスリリングなシーンとして 受け止めていた 友達の反応は カルチャーショックでした あぶない刑事 西部警察 もっとマジメにやって欲しい どう楽しんでいいのか分からなかった 踊る大捜査線 楽しみ方さえ分かってしまえば まさか、自分がこのドラマを観るようになるとは 第3シリーズ 第1シリーズ 興味を持てなかった 子どもの頃と変わっていません 楽しみ方 第2シリーズ 自分の感性の狭さで 息子を閉じ込めたくなくて 息子の感受性を優先する ふりまわされ教育学 育児コンセプトを 創り出し 息子の影響を受けようとしている おかあさんといっしょ 勇気や優しさを学ぶ物語 息子が4歳になったら ニルスの不思議な旅 佐藤健 主演 仮面ライダー電王 仮面ライダー 電王 物語シリーズ ライトノベルへの偏見を払しょく 息子の活字慣れも期待 反抗期のいいサポート 自分を振り返ることも 最初は 「楽しみ方がわからない」 逆にハマった ポンコツクエスト 魔王と派遣の魔物たち 新しい自分に出会える期待をして 挑んだ 自分の感性では選ばなかっただろう ハマると、もう自分の感性に 楽しみ方を知らないだけ
posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする