2016年02月29日

ドラマ「家族ノカタチ #6」もっと許していいんじゃないですかね?自分のこと。



優しさと強さのバランスは
わたしにはまだまだ使いこなせない。

これは、人間的な器の問題でしょう。

まだまだ若輩者。

言い換えれば成長の余地が
まだまだ、まだまだ、まだまだある。

でも、一本調子で、
誠実さだ、まじめさだ、と、
誰が見てもわかりやすい“良き在り方”
ばかりにとらわれて、
変にストイックぽく生きるのは、
本当はストイックでもなんでもなく
それはそれで自分を守る壁だよね〜
とも思います。

「キレイごとじゃ生きられないよ!」
と自分を正当化して
ヨゴレの自分を演じて
人生を達観したような顔で生きている人を
わたしは好きにはなれませんが、

だからと言って、潔癖的な“正しさ”一辺倒を
貫こうとするのも嘘くさいし、“おびえ”を感じるんですね。

人間は常に成長するもの

今の自分がダメだからって
ダメな人間だと結論付ける必要もないし
嫌う必要もない。

今の自分がどうあるかは
自分と向き合えばいいけど、
責めるんじゃなくて、もっとフラットに
「ああそうなんだ。いま自分はここなんだ」
と、成長過程の現時点をしる。

それだけで良い気がするんですよね。

責めているなら、むしろ「許す」ほうが良い。

そのほうが、変に正当化せず、
自然とよりよく成長できちゃう気がしますよ。



今回のTBS日曜劇場は、エンターテインメントや
物語の存在意義とちゃんと向き合っている気がします。
すごく微妙で難しいところを、ちゃんとドラマとして描いている。

ドラマ「家族ノカタチ」

第6話を観ました。

前回、葉菜子(上野樹里)から和弥(田中圭)との
離婚の理由を聞かされた大介(香取慎吾)。

突然の衝撃的な告白に動揺を隠せません。

葉菜子をどう接すれば良いのかもわからず、
つい葉菜子を避けるような態度をとってしまいます。

そんな大介を見ていた葉菜子は、
ジムの帰りに大介に
「後でちょっと顔かして」と呼び出します。

そんな二人をよそに、莉奈(水原希子)は
大介への積極的なアプローチを繰り返していました。

一方、とあるお見合いパーティーへ参加した
佐々木(荒川良々)は、見事カップル成立。

そのお相手・久美(小松彩夏)と
どんなデートをすればよいか大介へ相談するが、
大介はいつものようにつれない態度。

しかし、その数日後、
陽三(西田敏行)のアドバイスもあって、
デートも無事に上手くいき、
オフィスでプリクラを見せびらかしていた佐々木。

そんな佐々木の姿を見た入江(千葉雄大)は、
相手が美人で若すぎるし
話がうますぎると心配をし始めるのでした…



佐々木ちゃん…
同情してしまいます…

が、男女関係なく、色恋仕掛けで
お金をだまし取られるとか、
いいように『使われた』という人は
結構いるのかもしれません。

でも、このお話では、
入江が最初に気づき、
同僚みんなで“おせっかい”をします。

「それは絶対におかしい」

と出会って間もない佐々木に
お金を要求してきた彼女に対して
意見を言うんですね。

そして、大介も実にスマートに
佐々木に、佐々木自身と向き合わせる。

“おせっかい”をドーン!と後押ししちゃう。
とどめを刺しちゃう。

とてもスマート…

でも、この方向性は非常に興味深く感じました。

“おせっかい”を嫌うのが大介です。
現に、この時も大介はみんなに言います。
「余計なおせっかいはやめろ」と。

でも、その直後に“おせっかい”のとどめを刺す。
“おせっかい”を完成させたのが大介。

ここに、中途半端な同情や
中途半端な“おせっかい”と、
本気の投げかけの違いが見えた気がしました。

大介が言うように、惚れた女に金を渡すも渡さないも
佐々木自身の問題です。
佐々木本人が自分の責任において
意思決定して、その結果を自分で受け止めればいい。

それだけのこと。

数年前によく報道でも使われた言葉
“自己責任”の問題です。

でも、この自己責任を人に問うとき、
問う側が、自分が関わりたくなくて
自分が面倒を背負い込まないために
このと言葉を使う人と、

本気で相手のことを考えてこの言葉をつかえる人

に分かれます。

わたしが自分以外の人に対して
“それはあなたの問題です”
という一線を引いた態度をとるときに、
いつも自分自身を観察するのはここです。

「これはどっちだ?
ただの責任回避か?
それとも今、この態度が相手のためになるか?」

ここって実はとても難しい。

人生の達人なら「考える必要などない!」

とかおっしゃるのかもしれませんが、
なかなかわたしは難しい。

ここには、やはり、
強さ、厳しさ、優しさのバランスが
求められる局面だからだと思います。

大介は、本当は優しい人間です。
でも人とのわずらわしい面倒事はノーサンキュー。
傷つくのも傷つけられるのも嫌。
というスタンスで壁を作っていました。

だから、そこからくる冷たさもある。

ただ、その冷たさからくるものなのか、
あるいは仕事で見せるこだわりのような強さなのか、
ある種の厳しさはもっている。

面倒を避けたいという思いからの
「自己責任」の押しつけであっても
単純に力学として考えると、
その力は必要なのかもしれません。

間違ってほしくないのは、本気で相手を思うからこその
厳しさであることは大前提なのですが、
優しい人にそれを言っても
なかなか厳しくできないという現実もある。

大介は根が優しい人間です。

その優しさを持った大介がいったん
自分を守って優しくない人間になった。

ただ優しいだけのベクトルではなく
そっちのベクトル「も」手にしてみたことで
とらえることが“本当の優しさと厳しさ”
みたいなものがあったんじゃないか?

と思うわけです。

わたしたちは、自分の嫌な部分を見て
「自分だ嫌な人間だ」「弱い人間だ」
「優しくないヤツだ」「ズルい奴だ」
…「だってそんなに強くなれないもん」
「キレイごとじゃ生きていけないんだよ」…

と、自分を嫌いながら正当化しがちです。

そこで、思うわけです。

下手に正当化しなくていいんじゃないか?
下手に自分を責めなくてもいいんじゃないか?

今の自分が弱いなら、
しっかりとその今の自分を受け入れる。

受け入れるというのは責めるということではなくて
『許す』ということだと思うんです。

責めちゃうから正当化しちゃう。

正当化しちゃうと、成長しませんよね。
だって正しいと思い込もうとしているわけですから。

でも正当化しなければ、
正しく“あろうとする自分に向かって行こう”とできる。

だから、正当化しないために
今はまだ弱い自分を『許す』。

今はまだ弱い…それを「自分は弱いんだ」
と決めつけない。結論付けない。

結論付けるからまたそこでも成長が止まる。

今は弱くても、今はダメでも成長はする。
そういうことを、「頑張らなきゃいけない!」と気負わずに、
もっとフラットに受け入れられれば、
大介のように冷たい方向へ一度走ったからこそ持てる
優しさと厳しさのバランスが手に入って
新しい自分へと成長できるんじゃないでしょうか?



              全ての物語のために

TBS日曜劇場傑作選









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2016年02月28日

ドラマスペシャル「最上の命医2016」一番魅力的な人の感情表現




わたしは、怒りという感情を否定していません。

…というのは、どうも
自分自身に言い聞かせようとしているフシを
自分に感じています。

怒りをあらわに人を見ると
明らかに嫌悪感を抱く自分がいます。

残念すぎると感じる。
とても残念な気持ちでいっぱいになるんです。

悲しくなる。

なんでそんなに怒るの?

…と、怒りや、怒りを外にぶちまける人や
怒りを正義だと思っている人、
自分を正当化するため怒りだとも気づかずに
怒りに溺れている人、怒りにしがみついている人
怒りが強さだと思っている人…

そういう人が残念でならない。

そして…そういう姿にわたしは怒りを感じる。

でも、怒りもまた自己防衛本能という本能です。

怒りがなければ今日のわたしたちはない。
無くてはならない感情でもあるのは事実。

だから、怒りを抑え込んだり、無視したりするのは
それはそれでまた、素直じゃない。

人間でもっとも魅力的な人…

それは、赤ちゃんではないでしょうか?

ストレートな感情表現。
ストレートというよりも素っ裸の感情というのでしょうか?
あんなに魅力を爆発させている時期って
本当に人生の中ではなかなかない。

でも、素の人、素直な人というのは
大人でも魅力的ですよね。

かと言って怒りを周囲にぶちまけて
不満ばかりの人は魅力的とは言えない。

素っ裸の感情、無防備な感情でいられる魅力。

感情表現はストレートがいい、
生まれたまんまの素っ裸の感情で、
でも、怒りを露わにせずに
人と接することができる人。

怒りを否定していないけど、
怒りを容認できていない。

そんなわたしが、成長するには
もう少し違う角度からも自分の怒りと
向き合っていかなければならないようです。



2011年んにテレビ東京系列で放送されていたドラマ
「最上の命医」が、5年ぶりのスペシャルドラマとして
2/10に放送されました。

ドラマスペシャル「最上の命医2016」

を観ました。

末期ガンだった小児外科医の西條命(斎藤工)は、
アメリカで最先端治療を受けて5年ぶりに帰国します。

ある交通事故の現場に遭遇し
その時に居合わせた
小児科医・三好政安(上地雄輔)が在籍する
慶良総合病院で働き始めることになります。

小児科の医師たちは
激務なうえに訴訟も多い仕事に疲弊していました。

命は中でも極端にリスクを嫌う医師、
織田玲子(斉藤由貴)の様子を気にかけます。

ある日、ぜんそくと診断された女児の様子に不信を抱き、
診察の結果、腫瘍を発見する命。

しかもそれは、ただの腫瘍ではなく…。

一方、政安の甥・久輔が、ある感染症にかかり、
政安は命に助けを求めます。

なんとか打開策を発案した命は
世界でも前例がない治療法の許可を
院長の北条千影(船越英一郎)に許可を求めるのですが、
危険な手術になかなか許可を降ろさない北条。

子供のいのちを救うことは、たくさんの未来を救うこと…。
“無限の樹形図”への想いを胸に、
命は小さな生命に次々と“奇跡”を起こしていきます。



じつは、2011年の連ドラは観ていません。

「鈴木先生」のDVD版をレンタルした時に
予告編が入っていて、いつか見てみようとは思いながら
実現していませんでした。

テレビの番組表を観ていて、
すぐにDVD化されるか分からない単発の
スペシャル版ということもあり、
慌てて録画予約をしました。

放送時間が2時間超えていたので
なかなか時間を取れなかったのですが、
今回やっと視聴!!

テレビ東京はやはり、他の局と比べて
独自路線を走ってくれる。

そういうところが好きなので、注目してしまいます。

主人公、西條命は人当たりがとても穏やかな医者です。

いつも落ち着いていて、
取りみだすということがほとんどない。

いつもクールな先生なのかな…と思いつつ
でも笑顔にも温かみがある。

その西條命が、院内で走って逃げだす子どもを
慌てて追いかけるシーンがありました。

すこし、西條命の第一印象が最初に崩れる瞬間でした。

そこから徐々に、印象が変わっていきます。

熱いものを胸に秘めていることは
ドラマの前半部分でわかりますが
それでも感情的にはかなり安定している西條命。

クライマックスまで観て、
合点がいきました。

西條命は自然体にとても近いんじゃないか…

感情表現がストレート。
とても素直。

素が優しいくて、人間的な器が大きい、
本当の強さをもっているから
乱れることがほとんどない。

でも、“等身大”の人間でもある。

子どもが逃げだせば慌てて追うし
子どもの命を救うためなら必死で院長に訴える。

彼が挑戦しようとする手術や治療法は
前例がなかったりする非常に危険なモノが多い。

それは彼自身の医者生命にとっても
危険な行為だったりするわけです。

当然、周囲は止めようとする。
そのときの自分の貫き方は尋常じゃなく協力です。

自分の感情に素直なのですが
怒りに我を忘れて取り乱したりはしない。

でも、怒りは秘めている。
そして、その怒りはすでに情熱に100%に限りなく近く
浄化できているのではないか…

そんな風に思わせる人物像でした。

だから、全体的に温かみがある。

でも、感情表現はストレートがいい、
生まれたまんまの素っ裸の感情で、
でも、怒りを露わにせずに
人と接することができる人。

怒りを否定していないけど、
怒りを容認できていない。

そんなわたしが、もう少し怒りを認めて
進化するには、西條命の在り方が
とても参考になりそうです。


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2016年02月27日

アニメ「TIGER & BUNNY(タイガー&バニー) #9 Spare the rod and spoil the child.かわいい子には旅をさせよ」子は親が知らないところで心の旅をしている



10歳の息子は、親が思っている以上に
本当にいろいろなことを感じ取っているんだな
と思わせてくれることがあります。

親の心子知らず。

と言いますが、

子どもは親が思っている以上に
成長しているものでもある。

「これはハハに言ったら傷つくだろう」
「チチに言ったら可哀そうだ」

なんて、きっと彼の中でも
考えているのでしょう。

あまり子供に気を使わせない親でありたい。
家ではのびのびと気兼ねなく育ってほしい。

そういう親でありたいと思っていますが
それでも、子供なりに相手のことを気づかう。

そういう面がふと見えると、
こちらもいろいろ考えながらも
想像以上に大人になってきている息子に
感動を覚える。

感動というか、自分たちの力の及ばない
大きな力…

神という人もいれば、宇宙の法則という人もいますが
そういうものへの大きな感謝が湧き上がります。



わたしはオタク気質を持っていますが
アニメオタクではないはずです。
ただ、アニメ・漫画・小説・映画・ドラマ・演劇・絵本などなど
物語やエンターテインメントの種類による偏見は
できるだけ持たないように、純粋に作品ごとに評価したい。
評価ってただ、一お客として好きか嫌いかっていうだけのことですけどね。
そういう意味で、やっぱりこの作品はジャンルの壁を越えて
たくさんの人に薦めたい作品です。

アニメ「TIGER & BUNNY(タイガー&バニー)」

第9話「Spare the rod and spoil the child.かわいい子には旅をさせよ」
を観ました。

シュテルンビルトの街を守るヒーローの独り
ドラゴンキッドことホァン・パオリンは、
自分のことを「ボク」と呼び、
ボーイッシュな少女です。

逆に、女の子らしい可愛い格好をするのは苦手。

HEROに採用され母国を経つときに
親からプレゼントされた花の髪飾りも、
身に着けることは断固拒否していました。

会社の上司からも
「もっと華があれば・・・」などと言われ、
言葉遣いも注意されてしまいます。

そんな折、「HERO TV」のプロデューサー・アニエスに
緊急事態だと呼び出された虎徹。

なぜか、アニエスの言いつけで
まだ赤ん坊である市長の息子サムを
預かることになります。

ところがその赤ん坊サムが虎徹にまったく懐かない…
どころか、バーナビーにも、
オカマのファイヤーエンブレムにも、
アイドルヒーローのブルーローズにもなつきません。

しかし、パオリンだけがサムに気に入られ、
虎徹とバーナビーと共にパオリンにも
子守を手伝ってもらうことになります。

ところが、NEXTの力を持つ
自称、高額報酬のベビーシッターである
誘拐犯の3姉妹に狙われて…。



ブルーローズもそうでしたが、パオリンもまた、
両親に愛されて育った少女のようです。

それが空港での旅立ちシーンにもよく出ています。

虎徹が赤ちゃんの帽子を見て
親に大事にされているんだな…ということを言います。
その帽子の花にはそれを表す花言葉もありました。

パオリンは、そこで何かを感じたようです。

子守を頼まれたのは虎徹ですが、
ちらかった虎徹の家は
赤ん坊を預かるには適していないと思ったようで
虎徹、バーナビー、パオリンは
バーナビーの家に行きました。

そこで、赤ちゃんがバーナビーが大切にしている
おもちゃを欲しがります。

バーナビーが唯一、亡くなった両親に
プレゼントされたおもちゃでした。

翌日に、事件が起きるのですが、
事件の顛末は見ていただくとして、

娘を思う虎徹の言葉やバーナビーの
親からのプレゼントへの思いに触れたパオリン。

彼女の気持ちにも変化が起きます。

親の心子知らず…

と言いますが、実は子供なりに
考えているんですよね。

息子の反応を見ているとよくわかります。
ちゃんと親の顔色を見ている。

自分が愛されているというのも
ありがたいことに、今のところは
きちんと伝わっているようです。

(良くも悪くも一人っ子の特徴は出てきているようですが…)

もちろん自分が親になったとき、
ああ、自分もこんな風に愛されていたのか…

と初めて本当の意味で
親の気持ちがわかるものですが、
それはそれとして、
いつか、息子がそういう感覚を味わってくれることを祈りつつ、
今、親の愛を受けながら彼なりに
精一杯、感じて考えている姿には
感動しながら過ごしていきたいです。

反抗期で、親に対して
さびしい態度をとることも今後増えてくるのでしょうが
それすらも感動・感謝できる自分でいたいですね。



                全ての物語のために










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2016年02月26日

アニメ「TIGER & BUNNY(タイガー&バニー) #8 There is always a next time.必ず機会が来る」自分の力をどう使えば、人の役に立つのか?



わたしもまだ模索中です。

これは、一度答えが出ても
その次、その次と新たな次元へと
成長していくものなのかもしれません。

自分の力をどう使えば、人の役に立つのか?

でもまだ、正直に言うと、

「これだ!!」

という使い方はできていない。
というのが正直な実感です。

もう、何年も前に、後輩に言われたことが
今でもずっと心の中に残っています。

「お兄さんの才能があれば、
俺ならとっくに換金してますよ!」

(笑)“換金”というとナマナマしいですが、
ようは、さっさと人様のお役に立ててくださいよ!

と発破をかけてくれたわけですね。

当時、わたしがこのブログを始めたばかりで、
そのことを知らなかった彼は、
「例えば…」
といってアイディアを話してくれました。

それが、わたしの大好きな映画と
物語の知識、心理学の知識を融合して、
ブログから始めてみては??とのこと。
その具体案を聞いたときに、
「実はこういうの始めているんだよね…」
とこのブログの存在を明かしたら、
とても喜んでくれました。

そして、記事のテーマを書いてから作品タイトルを書くより
作品タイトルを冒頭に持ってきた方がわかり易い
という意見をもらって、「なるほどな…」と
その通りにしました。

このブログを直接“換金”とは思っていませんが
少なくとも誰か一人が「あ、そういう考え方もあるのか」
と参考にしてくれれば、という思いは
どうやら間違っていないようです。

そして、このブログのコンセプトを根っこにして
生やしていった枝葉の部分は
実際に換金され始めています。

つまり、欲しい人がいて、
実生活で役に立ち始めているということ。

それでもまだ、その後輩がそのとき見てくれていた
わたしの才能やその使い方とはまた違う
まだ使っていない力や、また違う使い方があるようで
未だにフツフツと煮え切らずにいる自分を感じているわけです。

そこを、先日、別な先輩から指摘され…
実はそれってすごい力じゃないか??
とも思い始めています。

人からヒントをもらってばかりではなく
自分も人のそういう存在にならなきゃ!!



心地よく面白くて、どんどん見ちゃうもんですから
紹介が追い付かない!!

アニメ「TIGER & BUNNY(タイガー&バニー)」

第8話「There is always a next time.必ず機会が来る」
を観ました。

死刑制度を認めていないシュテルンビルトに、
殺人犯を殺害するルナティックが現れ、
市民からはダークヒーローを称えるような
声も出始めます。

ヒーロー界はヒーローたちの信頼を取り戻すために
市民たちの身近なところでヒーローたちと
触れ合わせようとします。

そんなキャンペーンの一環として、
虎徹とバーナビー、そして
折紙サイクロンことイワンは
バーナビーとイワンの出身校でもある
ヒーローアカデミーを訪問する事になります。

イワンは生徒達の前では明るく元気に
パフォーマンスを披露していましたが、
イワンには在校時に起こしてしまった出来事で、
深い傷を抱えている様子・・・。

虎徹とバーナビーは、校長から
イワンが在学中の事件のことを聞くのですが
そのとき、またルナティックが現れます。



第2話で、触れた物をまるで命があるように
動かしてしまえる能力を持つNEXTの少年が出てきました。

虎徹は、事件を起こしたその少年に
「その力は、人を守るためにあるんだ」と説きます。

しかしその少年は、自分の力が
人の役に立つような力だとは信じられません。

自分の力をどう使えば、人の役に立つのか?

その答えを少年が見つけられるのかどうか?
は、観ていただくとして、

今回のお話では、いつも「HERO TV」で
見切れることばかりに一生懸命の
折紙サイクロンことイワンが、
自分自身に問いかけることになります。

わたしもまだまだコドモだなと思うのは、
こういうお話のときに、
第2話の少年にもイワンにも
虎徹という、自分を見守ってくれる人がいることを
「うらやましい」と感じてしまう自分です。

「あなたが、人のそういう存在になりなさい」

…と、母の声が聞こえてきそうです(笑)

さて、実は自分で自分の才能を見つけるにしても
自分で自分の才能の役立て方を考えるにしても、
実はここには大きなヒントがあります。

「ここ」というのは、第2話の少年にも
イワンにも、虎徹という存在がいてくれた…
という事実です。

「自分にはそんな存在はいないし…」

と思うのは早計です。

誰でも、人との関わりの中で生きているはず。

自分のことを外から見ている人、
つまり自分以外の人ですね…
そういう人たちって、想像以上に
的確に自分のことを捉えてくれていたりします。

自分では出来て当たり前だと思っていたこと
誰でもできることだと思っていたことを指摘されて、
「キミ、それ才能あるよ」
なんて言ってくれたりする。

あなたが人を見ていても思うことありませんか?
「あの人、あんな才能あるなら
もっと違うことに使えばいいのに…」
って…。

それって、当人は自分の才能に気づいていない。
あるいはその才能の役立て方をわかっていない。
ということですよね?

人間的によく知っているとか
そういうこととはまた違って、
人の才能って、他人からはクッキリ見えやすかったりする。

つまり、人から見える自分を知る。
人に聞いてみる。
人の意見を参考にしてみる。
というのは、案外的を得ていることがあります。

もちろん、自分がどう在りたいか?
ということと、他人がいう自分の才能の使い方が
必ずしも一致するとは限りません。

だから、物語の世界のように、
シンプルに答えにたどり着くことは稀かもしれません。

でも、時間をかけて人の意見と
自分の心とが矛盾しない、交わる点を見つけていく。

これは、自分の才能を見つけるのにも
その才能の役立て方を発見するのにも
とても大きく役立つ方法です。


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2016年02月25日

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン6 #8 雪崩(Start to Finish)」自分から捨てるから失うんだよ



学校や社会と関わろうとせずに
家に引きこもっている人や
家族とも関わろうとせず
部屋に閉じこもっている人に

引きこもり…弱い人…という
レッテルを貼る人がいます。

「そういう弱い人をみると腹が立つんです!」

という人がいます。

実はそういう人こそ
引きこもっている可能性があります。

今は引きこもっていなくても、そのままでは
精神的な引きこもりになる可能性が非常に高い。

どういうことか?

自分の価値観と怒りという感情で
壁を作って自分を守るからです。

その壁の中に引きこもる。

「俺は社会に出て働いている!
外に出れない、弱いあいつらが悪い!
なんで俺が責められるんだよ!」

そうやって自分を守っている。

いわゆる引きこもりの人たちをみてイライラするのは
自分の中にある、彼らと同じ弱さが許せないからです。

その自分の中の弱さを認めることや
自分の中の弱さと向き合うこと
そういう辛さから逃げるために
怒りという自己防衛本能を使っているのではないでしょうか?

そして…

無関心…そうなったときに、
そんな生き方が自分の中で正当化され、
一見、社会に出てきちんと生きている
“ように見せかけた”
精神的な引きこもり生活が完成するんじゃないでしょうか?

部屋に引きこもっている人も
精神的に引きこもっている人も
どうすれば、幸せになれるんでしょうね?



「TIGER&BUNNY」にハマッてドラマの紹介が
おろそかになってきました(笑)
ついに今月、シーズン6後半戦スタートということで、
今回取り上げるのは、前半戦のラストです。

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン6」

第8話「雪崩(Start to Finish)」
を観ました。

監視塔が倒れてしまいます。
町を守っていた壁のすぐ外に立っていた監視塔。
町の方に向かって倒れてきたため、
壁も壊れてしまいます。

なすすべもないまま、アレクサンドリアの町には
大勢のウォーカーたちが流れ込んでくるのでした。

全員あわてて家に逃げ込みます。

リックはカール、ミショーン、ゲイブリエルと共に
ジェシー一家のいる家に避難し、
愛娘ジュディスとも合流します。

しかし逃げる途中にリックをかばった
アレクサンドリアのリーダー、ディアナが負傷してしまいます。

タラとロジータはユージンを連れ倉庫に、
キャロルはモーガンと共に隠れますが、
そこは負傷した額に『W』を彫った、ウルフを
監禁している家でした…



シーズンのちょうど真ん中。
お話が大きく転がるところ…
そして、シーズン前半のクライマックス。

エンターテインメントのルール通り、
これでもか!?というほど徹底的に
転回していきます。

全編クライマックスのようなこのシリーズが
クライマックスを描くのですから毎度のことですが、
観ている方は「もう、勘弁して!」
と叫びたくなります。

でも、見ちゃう…

今回も、グレンとイーニッドのやり取りが描かれます。
前回は大切なものを失うことを恐れて
自らの殻に閉じこもっていたイーニッドに、
グレンは「こわいよね?」という言葉をかけていました。

今回は、自分が家族を失って
逃げ込んだアレクサンドリアもまた
ダメになってしまうんじゃないか?

と心配したイーニッドが、
いよいよ自分から町に背を向けて離れようとします。

この時のグレンの言葉もまた、
的を得た、真理をつく言葉でした。

「君の方から捨てるから失うんだ」

確かに、初めは不本意に失ったのかもしれません。
あるいは、大切な人に捨てられたという人もいるでしょう。

でも、そのショックから、
いつしか、失う前に…捨てられる前に、
自分から手放す人…自分が先に捨ててやろうとする人…
がいます。

「こっちから捨ててやる!」
怒りにまかせて、意識してそうやって生きている人もいれば、
トラウマになって、失う危険性を察知した瞬間に
反射的に手放してしまう人もいます。

失う寂しさや、悲しさから逃げるために
自分から手放して、結局は失う…。

冷静に考えれば、本末転倒そのものです。

でも恐怖に負けて無意識にそういう生き方をしちゃう。

「こっちから捨ててやる!」
という人は、一見強く生きようとしているようですが、
結局は怒りに逃げているだけ。

向き合う勇気、受け止める覚悟がないんです。

向き合えば、
100%失くさないと保証できるのか?

そんなことは、もちろんできません。

悲しいことや苦しいことを
100%避けて通るということも無理でしょう。

でも、自分から捨てなければ
失くさない可能性や
失くしても新たに手にする可能性も
そこにあります。

でも、自分から捨てれば、100%失くします。

「わたしはあなたみたいに強くない」

という人もいます。
そうかもしれません。
でも、もっと広く周りを見てみてください。

あなたよりもさらに弱い人が
強くなろうとしている姿が見えませんか?

それは、部屋に引きこもっている人が
自分と向き合って
強くなろうとしている姿かもしれません。

怒りという盾を捨てて、
大きく手を広げて、自分自身を、
受け止めてみる勇気かもしれません。

今は強くはなくても、
強くなろうとすることはできます。

どこまで強くなれるかはわからなくても、
今よりは強くなれるということですよね。

幸せアンテナの感度は、
実はほんのちょっと成長するだけで
びっくりするくらいビンビンに感じるものですよ。

それを感じることができたら
成長が病みつきになります。


              全ての物語のために











タグ:今は強くはなくても、 強くなろうとすることはできます 100%避けて通るということも無理 結局は怒りに逃げている 自分自身を、 受け止めてみる勇気 失くしても新たに手にする可能性 100%失くさないと保証できるのか? 自分から捨てれば、100%失くします もっと広く周りを見て 怒りという盾 向き合う勇気、受け止める覚悟がない そうかも 一見強く生きようとしているようで 恐怖に負けて無意識にそういう生き方をしちゃう 可能性 さらに弱い人が 強くなろうとしている姿が あなたみたいに強くない 本末転倒 自分から手放して、結局は失う 逃げるため 今よりは強くなれる どこまで強くなれるかはわからなくても 第8話 自分から手放す人 怒り 前半戦のラスト そういう辛さから逃げるため こわいよね? 後半戦スタート 失う前に…捨てられる前に 壁を作って自分を守るから 実はそういう人こそ 引きこもっている可能性が どうすれば、幸せになれるんでしょうね? イーニッド 怒りにまかせて 引きこもり生活が完成 悲しさ グレン 精神的な引きこもりになる可能性が非常に高い 一見、社会に出てきちんと生きている “ように見せかけた” 失う寂しさ 反射的に手放してしまう人も ジェシー 学校や社会と関わろうとせず ウォーキング・デッド 自分から捨てるから失うんだよ そんな生き方が自分の中で正当化 ジュディス 自分が先に捨ててやろうとする人 トラウマになって 弱い人をみると腹が立つんです! 雪崩 という人 自分の価値観と怒りという感情 ミショーン こっちから捨ててやる! レッテルを貼る人 部屋に閉じこもっている人 #8 ドラマ シーズン6 Start to Finish カール 自分の中にある、彼らと同じ弱さが許せないから 捨てるから失う 無関心 向き合うこと 引きこもり 家に引きこもっている人 弱い人 自分の中の弱さを認めること 自己防衛本能 リック
posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする