2016年01月31日

ドラマ「家族ノカタチ #2」ソレは背中を見せると追ってくる!!



事なかれ主義といわれると
グサッと来ます。

実際、面倒事は避けて通りたい。
観ていると、わざわざ面倒を起こす人がいる。

それが建設的なことならいいけど、
あまりにも無益なことを
わざわざ面倒なことにしていく人がいますよね。

たとえば、地道に働くことができずに
借金を借金で返そうとしたり…

借金を返すために借金したかと思うと
それをギャンブルにつぎ込んだり…

だから、わたしは建設的でない議論や
罵詈雑言のぶつけ合いが大嫌いです。

とにかく現状を把握して、
今ここから少しでも良くするように動いていきたい。

不平不満を言い合うエネルギーがもったいない。

こう書けば、とても正しいことのようにきこえるでしょう?

でも、これも両刃の剣…

その真実を突いた一言が
事なかれ主義なんですね。

本能的に面倒事から逃れたい。
だから背を向けがち。

基本姿勢が逃げ腰なんですね〜
でも、それじゃ成長できないんですよね。



人として何かが欠けている主人公。
観ていてその欠け具合がわかるのですが、
その大いに欠けている主人公に
大いに共感できる自分がいることに
ある種の痛みを感じながら観ています。
ちょっと、自分にとっても厳しいドラマ体験です。

ドラマ「家族ノカタチ」

第2話を観ました。

文具メーカーに勤める39歳独身の
永里大介(香取慎吾)。

遂に念願のマンションを購入して、
悠々自適にひとりの時間を好きなよう
生きていこうとしていた矢先…

父親の陽三(西田敏行)と、
陽三の再婚相手の連れ子・浩太(高田彪我)が、
転がり込んできました。

家を飛び出した再婚相手・恵(水野美紀)が
東京へ来ているらしく、
恵を探すために上京してきたという陽三。

前回、大介は仕方なしに、
恵が見つかるまでの同居を認めました。

一方、大介の部屋の一つ上の階に住む葉菜子(上野樹里)も、
父親との別居を決めたという母親の律子(風吹ジュン)が
頻繁にやってくるようになり、不満が募っていました。

そんなある日、恵の兄・岩淵(戸田昌宏)から
大介に連絡があり、
近いうちに浩太を引き取りたいと言うのです。

「浩太には俺がいる」と陽三は息巻くのですが、
大介は「変な家族ごっこはおしまいだ」と言い放ちます。

そんな中、大介の会社の同僚・佐々木(荒川良々)が、
陽三と組んで引越しパーティの計画を
強引におしすすめていきます。

大介の会社の同僚たちのみならず、
陽三の友人たちや、いつの間にか仲良くなっていた
同じマンションの住人達を巻き込んでの騒動に苛立つ中、
大介は浩太の境遇を突き付けられることになるのでした…。



大介のダメさにイライラしながら見ているのですが、
それは自分の中にある大介と同じ感じ方に対する
イライラなのがよくわかる。

パーティーの席で、陽三はマンションのお隣さん家族に
「息子の大介です」と大介を紹介します。

親ですよねぇ。
息子の近所の人たちに、息子をくれぐれも
よろしくお願いしますと、
日ごろから挨拶に回っていたのでしょう。

それを、少し恥ずかしがるくらいなら
まだカワイラシイのですが、
大介はあろうことか、
小さい子供がいるお隣ファミリーに面と向かって

「子どもなんか作ると自分の時間が取られるだろう
それのどこが良いんだか…」

みたいなことを言ってしまうんですね。

陽三もお隣さんも周囲のお客さんたちもびっくりです。

そこにすかさず入り込んできたのが葉菜子でした。

「そんなんだから結婚してないヤツは
ダメだって言われるんだよ!」

と…。
大介は結局葉菜子にひっぱたかれます。
陽三としては「よく言ってくれた!」
みたいな部分がある様子。

…にしても、大介…
本当に最低です。

何もわかってない。
さすがにわたしがあそこまでやるかと言えば
それはもちろんありません。

家族を持って、大切に思っている。
自分の時間を取られるけど、
それも含めて喜びとして捉えられている。

じゃあ、何が大介と同じなのか…?

それは余裕のなさです。

自分のことでいっぱいいっぱいになっている。

だから周囲に気を配れないんですね。

大介の余裕のなさはかなりのものです。
物理的、心理的両方での
自分のテリトリーを守るために必死で、
イライラしている。

本来、自分を幸せにすることができれば
人の幸せにも気を配れるようになるものです。

しかし、大介は今のままでは
自分の幸せに土足で踏み込む相手を
責めることしかできないでしょう。

つまり、自分の領域をおかされないように
常に警戒している小動物です。

それを本当に幸せと言えるのか?

大介は常に、わずらわしいことに
背を向けていますよね。
「頼むから放っておいてくれ!」
と自ら背を向けようとする。

人生で起こる面倒事というのは
その人の人生の課題です。

背を向け続けると、ずっと追いかけてくる。

逃げながら追いつかれて、
何とかやり過ごす…
そんな生き方だといつまでもイライラは消えませんよね。

じゃあ、どうすれば良いのか?

もうそれは、腹をくくって正面から受け止めて
格闘するしかない。

犬も背を向けて逃げると追ってきますが、
正面切って向き合うと足を止めますよね。

精神的にも追われるより向き合うほうが
じつはずっとラク。

わたし自身、自分の幼さ、余裕のなさを
日々実感しています。
正直言うと、すぐに逃げ腰になります。
ちょっと気を抜くと、基本姿勢が逃げ腰。

だから余裕がなくなる。

でも、逃げるより向き合って解決するほうが
ずっと楽だってことも経験上知っている。

だから、意識してクルッと向きを変えて
「さあ!来い!!」
と取っ組み合いをする感覚を習慣にしようと
日々奮闘しています。


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2016年01月30日

ドラマ「お義父さんと呼ばせて #2」正しさは相手を傷つけると言うけれど…



心理学なんかを勉強していると
正しいことも、ただストレートに主張すれば
いいってもんじゃないんだな…
ということが、感情の仕組みのレベルで
理論的にわかります。

もちろん、多くの大人は
経験上、理解していくものでもあります。

ただ、わたしのように
“おべんきょう”の結果としての知識で
そのことを頭に入れてしまうと、
それにとらわれて、
身動きできなくなってしまうことが多々あります。

本質は本音でぶつかること。
その本質の上に、礼節を身に着ける。

そのバランスが必要なんでしょうね。



殆ど期待せず、2話目以降の視聴を
迷っていたのですが、2話目のほうが1話目よりも
グッと見入ってしまいました…

ドラマ「お義父さんと呼ばせて」

第2話を観ました。

花澤家と保(遠藤憲一)の顔合わせの翌日、
美蘭(蓮佛美沙子)は紀一郎(渡部篤郎)を
避けていました。

しかし、静香(和久井映見)は美蘭に
自分も保との結婚には反対だと言います。
兄弟たちを含めて家族全員を、
自分できちんと説得して見せろと…。

一方、出社した紀一郎は
秘書の希和(中村アン)に相談し始めます。

51歳で未だに独身、しかもバツなし…
そんな保の普通ならおかしい身の上に
何か秘密があるのでは? と考えたのです。

その頃、保は美蘭にもう一度
両親と話しをはせて欲しいと頼んでいました。

さすがに時間を置いたほうがいいと思った美蘭。
彼女は保に、まずは兄妹たち、
真理乃(新川優愛)と葉理男(中村倫也)と4人で
食事をしようと提案します。

しかし当日、食事のが始まる前に
美蘭は仕事で会社に呼び戻されてしまい、
残された保は一人で真理乃、葉理男と対峙することに。

交流を深めようと孤軍奮闘しますが、
何事にもドライな2人を前に、
会話はなかなか弾みません。

そんなある日、
自社が買収した会社との懇親会に顔を出した紀一郎は、
集まった関係者の中に保の姿を見つけ、驚きます。

周囲の関係者たちに保の素性を探り始めるのですが、
なかなかやましい噂が出てきません、

一方の保は紀一郎の同僚から、
紀一郎が出世した理由や女グセについての情報を
いろいろと聞いてしまうのでした。

そんな保と花澤家の騒動の中、
花澤昭栄(品川徹)が保を呼び出します。

しばらく自分が息子夫婦宅に厄介になるため
葉理男の部屋をリフォームしようと考えたのです。

再び強引に花澤家に引き戻された保…。
そこで、とんでもない失態をおかしてしまうことになるのでした。



51歳の独身男が自分と同じ年の男に
娘を嫁に欲しいというお話…

というだけで、十分に「イタイ」話なのですが、
この第2話目は、その痛さが
さらに掘り下げられます。

ホームコメディながら、痛々しいことこの上ない!

とても誠実な男…という設定の保。
しかし、
昔ながらの叩き上げ営業マンのオヤジでもあります。

だからこそ、痛々しさも増すんでしょうね。
「101回目のプロポーズ」
の変化球みたいなドラマともいえるんでしょうか。

保は大きな失態をおかしますが、
それは昭栄にとっては称賛に値することだったようです。

実は、強烈に痛々しいシーンであるはずなのに
観ていてわたしもスカッとする部分がありました。

言葉や態度は失礼きわまりないなのですが、
特に真理乃と葉理男に対しては
正しいことをズバッと言ってしまいます。


わたしはシラフでもしょっちゅうヤラカしてしまいます。
普段無口な分、ボソッと本質を突くようなことを言う。

飲み会の席など盛り上がっているときに
当たれば「突っ込み鋭いね〜!!」と
さらに盛り上がるのですが、
同じど真ん中でも、鋭い直球過ぎて
みんながドン引きすることもあります。

家族とのやり取りでも
ど真ん中で正しさを突き付けてしまうので
妻にも息子にも
私(ボク)の気持ちはわかってくれないんだ!!
という猛烈な反発を食らってびっくりすることがあります。

正しさは人を傷つけることがある…

そのことをわかっているのに、
何度もヤラカして、何度も反省している次第です。

ただ、正しさは人を傷つけるからといって
正しいと思うことを言ってはいけないのか?
というと、それもまた違いますよね。

普段は、気づいてくれることを信じて待つようにします。
気づいてほしい場合は、
「自分はこう思う」という自分の話として
参考にしてもらえるように伝えることもある。

でも、傷つくということは、
胸に突き刺さるということでもあるわけです。

時と場合によっては、
しっかりと胸に突き刺さったほうがいいこともある。

それは、刺されるほうにも受け止める用意が
なければなりません。
上手くいくかどうかはタイミングも大事。

でも、言うほうはタイミングなんかどうでも
言ってみないとわからない時だってあります。

言ったときは衝突するかもしれませんが、
突き刺されば、あとで冷静になって
アイツの言ったこと…正しいんだよな…
と自分で自分を見つめられるようにもなる。

そういうことも含めて、
信じてぶつかるというのが必要なんですね。

わたしも苦手なところなので、
こういうところ頑張っていきたいです。


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2016年01月29日

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン6 #5 波打つ不安(Now)」気づいかないフリしている現実ってある?



わたしは就職氷河期に
先輩の紹介で何とか
東京のテレビの制作会社に就職できました。

しかし、入社初日の
歓迎飲み会の席で…

「今までの人生で培ってきたものを
根っこからぶった切ってやる」

「君たちは犬猫以下だ、いいか?
先輩にはどんなことがあっても従え。
そのうち君たちにも後輩ができる。
だから『後輩がきたらイジメてやる!』
っていう根性をもって頑張るんだぞ!」

という、妙な激励のオコトバを頂いて、
ヘンだぞと思いました。

2日目に、ひとまず現場にださせてもらい。
社長のお気に入りのスタバのコーヒーを
ポットに入れてもらうために、
録音スタジオからスタバまで走っているときに
辞めようと決心しました。

そして3日目の朝、朝一番に出社して
社長の机の上に辞表を置き、
出勤のラッシュアワーの電車を逆向きに
空いている方に進んで帰宅しました。

そこまでは、わたしは今でも正しかったと思っています。
でも、その後、辞めたことを
実家の両親に電話で報告。

両親は心配して言います。
「石の上にも3年」
「社会に出たらそんな甘いことは言ってられない」

そのときのわたしの言い訳は、
「個性は大事だって言われて育ってきたのに
これまで培ってきたものを根っこから全部否定するとか
おかしいだろう」
というものでした。

要するに、『ボクをこう育てたのはあなたたちでしょう』
と言いたかったんですね。

このときの気分は、幼稚だったな〜と今でも思います。



日本のドラマ、事前情報では期待していなかったのに
観始めるとなかなか面白いのが多くて、
予想以上に忙しいテレビライフ満喫中です♪
忘れないうちにこちらも紹介しておかねば!!

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン6」


第5話「波打つ不安(Now)」

Wのグループによる襲撃騒動で
誘導作戦が妨害され、
ウォーカーの半数がアレクサンドリアに向かいました。

壁を囲まれてしまうアレクサンドリアの町。

初めての経験に住民は動揺し恐怖に陥ります。

今まで理想にばかり目を向け、
壁の外で起きていることに目をそむけていたことを
思い知らされたディアナは、途方に暮れます。

初めて目にしたウォーカーの群れ、
住民たちは絶望し、
食糧庫から勝手に食料をもちだそうとするなど
それまで保たれていた秩序が揺らぎ始めるのでした。



まさに、初めて現実を突きつけられた
町の住人たち。

本当は気づいていた。
町の外で何が起きているかを、
でも観ようとしなかった。
でも、これが現実。

ある住民の女性が言います。

ある男性は、自分が外に新しい住民を
スカウトするために出ていた時に、
食料に気を取られて
アレクサンドリアの情報を置いてきてしまったことで
Wのグループを呼びよせてしまったんだという
現実を受け入れようと決意します。

マギーは、消息が分からないグレンを
探しに町から出ようと試みます。
生きているなら助けが必要なはず…
無事でないのなら何が起きたのか知りたい…

しかし現状は、何が起きたのかを知ることはできない。
マギーもその現実を認めることができずに
苦しんでいるようでした…

リックも、ディアナも…
それぞれに、“現状”を受け止めるために
苦悩します。

現実を受け止められる人たちがいる中で
受け止められない人たちも当然出てくる。

受け止められない人たちは、
その態度を観ていれば分かります。

自暴自棄になるか、人のせいにする。

「安全だって言っていたのに」
「俺たちはだまされたんだ…」

そうやって、みんなの安全を守るために
実を呈して働いてきたリーダーを責める感情が芽生え始める。

それが何を生みだすのでしょうか?
今ある現状が全て。
それを踏まえて、より良く生きていくにはどうするか?

文句ばかり言っているヒマはない。

わたしたちが生きていく上で、
まさに問われていることですよね。

自分が誰かに
「お前のせいだ」「アイツのせいだ」
という感情が湧きだしてきたら、
その成否はどうでもいい。

それを言うことが建設的なことなのか?

それを考えるくらいの余裕を持つことも、
“大人のたしなみ”ですよね。


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2016年01月28日

映画「信長協奏曲 NOBUNAGA CONCERTO」幸せな国に生きていると感じられるワケ



わたしの住まいには仏壇がありません。

実家に帰ったときは、
妻も息子も一緒に、まず仏壇に手を合わせるように
習慣づいていますが、
自宅ではそんなことに思いをめぐらせることがまれです。

ごくたまに、思い出して、
わたしの多くのご先祖様のお墓がある南と、
妻のご先祖様のお墓があるであろう北に向かって
手を合わせて拝むことがあります。

数年前に実家に帰って
仏壇に手を合わせなかったことを
父に注意されてから、
少しずつ意識が変わってきました。

ご先祖への感謝を忘れると
うまくいくものもうまくいかなくなるぞ…

その父の言葉は、今にして思えば
「そりゃそうだ」と普通に納得できます。

わたしたちは未来に向かって今を生きています。

未来というのは自分の老後とか
そういう狭い意味ではなくて
子供たちがつなげていくはずの命のバトンの
先にある未来のことです。

ご先祖たちが、そうやって命を使ってくれたから
今のわたしたちがあるわけで、
未来への願いと過去への感謝は同一のものです。
今の生き方の質を高めるものですよね。

だから、ご先祖を思って手を合わせることは
過去・今・未来への感謝の表れでもあるんですよね。



「HERO」の第2シリーズが話題を集めた直後、
次の月9に登場したのが小栗旬主演の
ドラマ「信長協奏曲 ノブナガコンツェルト」でした。
ゆる〜いつくりで、歴史が面白おかしく
デフォルメされているのですが、
その芯に通っているテーマは心優しく熱いもので
毎話、感動しながら観ていました。
最後のクライマックスを残して最終回を迎えたドラマの
最終章が劇場版として、やっとお目見えです。

映画「信長協奏曲 NOBUNAGA CONCERTO」


を観てきました。

戦国時代にタイムスリップした高校生サブロー(小栗旬)。
歴史が苦手なサブローは、何が何だかわからないまま
自分とうり二つの織田信長(小栗旬・二役)に
信長を代わってくれと言われ、
その日から織田信長として暮らしていました。

サブローは自覚のないまま
歴史上の信長通りの道を進み、
安土城を築き上げるほどになっていました。

そんなサブローにボロボロの歴史の教科書を見せ
「お前、もうすぐ死ぬじゃ〜ん!」と嘆く
松永久秀(古田新太)もまた、
平成の時代からタイムスリップしてきた元ヤクザでした。

妻・帰蝶(柴咲コウ)から慕われ、
恒興(向井理)をはじめとする家臣たちからも
厚い信頼を集めていたサブロー。

自分の死期が近いことを知り、
争いのない世の中を作ると決めたのに、
道半ばで死ぬわけにはいかないと困惑し始めます。

一方、明智光秀を名乗り家臣としてサブローを支えていた信長は、
サブローに嫉妬し、亡き者にして
信長の名前を取り戻そうと考え始めています。

さらに、そんな明智が自分の親の仇である
本物の信長だと気付いている羽柴秀吉(山田孝之)は、
明智の嫉妬心を利用し明智にサブローを討たせ、
自分は明智を逆賊として討ち取り、
自らが天下を取ろうと企んでいました。

サブローが見た教科書は、本能寺の変の箇所は
以前、斎藤道三(西田敏行)によって破り取られていました。

やがて、自分の生死について悩みぬいたサブローは
本能寺で帰蝶との結婚式を挙げると宣言するのでした。



「HERO」は、各話事件があって、
その事件にまつわるお話なので、
映画だけ単品で観ても楽しめるものでしょうが、
この「信長協奏曲」にかんしてはそうはいきませんね。

TVシリーズが完全に途中で終わって、
映画版はTVシリーズが積み上げてきた
いろいろな人間関係があったうえで
お話が成り立っているので、
このシリーズは本当に
TVシリーズからこの映画までを通して
一つの作品としてまとまるお話です。

実際、面白くまとめたな〜と思います。

そもそも歴史上の出来事ですから、
何が起きるかはわかっていること。

それをもじって結局こうなるんでしょう?
とファンが予想してしまうことまで
上手に踏まえて、ああ、そう来たか!
と少し予想の外から攻めてくる。

ただ、歴史を使っていじってまとめるだけじゃなくて
面白く見れたり、どうなるんだろう?とドキドキしたり
ファンを満足させなければならない。

純粋に一本の映画としてどうなの?
という議論はこの場合は不用だと思います。

人気ドラマの豪華な最終回スペシャルなので
劇場公開しました。
それでいい。

さて、サブローは争いのない国を作るために
一生懸命です。

戦国時代に殺しあう人たちを
束ねるわけですから、そしてかの織田信長の
功績が実はサブローくんのものだったという設定ですから
その時代であの武功をあげるには、
サブロー君も敵を斬っていかなければならない。

それは当然です。

それでも、争いのない国を作るんだという
思いは純粋なまま。

そして、その思いがわたしたちが生きている
現代(いま)に脈々とつながっているということが
感じられるお話でした。

織田信長は志半ばで殺された人。
その運命を知ったサブロー。

それでも、自分たちのこの思いは
ちゃんとつながっていくから…

実際そんなセリフがありますが、
その言葉はとても力強く胸をうちました。

実際の史実上の織田信長さんや
豊臣秀吉さん、徳川家康さんたちが
どんな思いで生きていたのかは知りません。

サブローが秀吉に言葉をかけるときに
秀吉はそれをどう受け取り、
その後、どう自分の中で消化していくのか…
そこは想像するしかないというシーンがあります。

そのあたりは今を生きるわたしたちが
歴史を知り想像していく過程と同じですよね。

誰がどう望んだのか?

その詳細は想像するしかないながらも、
あれだけ日本中が争っていた時代から、
日本人同士が領土をめぐって殺しあうなんて
考えられない今のような時代を実現させるには
大勢の人の強い思いがないと
実現できないことは簡単に予想がつきます。

自分がいい暮らしがしたい。
既得権益をまもりたい。

そんな、浅ましい思いの人たちばかりだったら
明らかに実現できていない今ですよね。

テレビシリーズの最終回でも浅井長政が
サブローに言っていたように
自分の子たちがつなげていく命が
いつか争いのない時代を迎えるように…

と願った人たちの願いと命がけの戦いがあったからこそ
わたしたちは今こうしていられる。

「今こうしていられるのは昔の人のおかげだね。
ありがたいね〜」

というお話ではなくて、それはモチロン大事なんですが
それを心底感じるからこそ、
わたしたちも、自分が死んだ先の世のことを
真剣に思い描いて今を生きなきゃなという思いが
生まれてくるわけですよね。

わたしたちにとっての“今”という未来から
戦国時代にやってきたサブローが、
わたしたちにとっての“今”を“未来”として語る。

その描き方が、今のわたしたちに
過去の人たちへの感謝と
未来の子孫たちの時代への思いを引き出してくれる。

テレビの延長のような作品でも
エンターテインメントとしてとても高次元で
成功している作品だと思います。


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2016年01月27日

NHK大河ドラマ「真田丸 #2 決断」世界情勢戦国時代?



正規雇用の人と非正規雇用の人。
扶養家族がいる人とひとり身の人。
新卒採用の人、中途採用の人。
大卒の人、高卒の人、中卒の人。
女性。男性。要介護者有、無。

いろいろな境遇でみんなそれぞれ
頑張ってるな〜と思います。

上から目線じゃないです。
むしろ見上げている感じ。
自分も負けちゃいられね!
と、励みになるし、学ばせてもらっています。

でも、今挙げたのは、
サラリーマン目線です。

まだまだ、先進国内での経済社会と
範囲を限定しても、

雇う側の人。雇われる側の人。
宝くじが当たった人。借金まみれの人。
家賃収入で食べていける人。
貯金の利息だけで食べていける人。
印税や特許使用料など権利収入がある人。
投資で稼いでいる人。
フリーランスで半年働いて、半年は海外を回っている人。
10代で自分の会社を立ち上げた人。

…etc

本当にいろいろな生き方があります。

雇われる生き方を否定は一切しないし、
わたしも責任感と誇りを持って
従業員をやっていますが、
やっぱり雇われる生き方だけにしがみつくのは
危険極まりないとしか思えません。

楽観主義者のわたしでも、
「それはノ〜テンキ過ぎるだろう!!」
と危機感で頭がヒリヒリしてきます。



TSUTAYAで「軍師官兵衛」を借りるかどうか本気で迷って
結局今回は断念しました。1年かけてじっくりと描かれるのは
嬉しいことですが、いい作品をもう一度観ようとしたとき、
どえらい時間が必要であることが壁になっちゃいますね…
ライフスタイル次第でしょうけど、
1クールという仕切りはそういう意味でわたしにはちょうどいい。

NHK大河ドラマ「真田丸」

第2話「決断」
を観ました。

信繁(堺雅人)と伸幸(大泉洋)が率いる
真田家一行は、甲斐の新府城を脱出して、
父・昌幸(草刈正雄)が待つ岩櫃城へと向かっていました。

敵の目をかいくぐりながら…

しかし危険なのは敵ばかりではありません、
野盗の群れも待ち構えていました。

さらに勝頼(平岳大)は家臣たちの裏切りにあい、
とうとう武田家は滅亡してしまいます。

そして徳川家康(内場聖陽)たち織田方の大軍が、
今まさに主家を失った真田家に襲いかかろうとしていました。

真田家は、北条氏政(高嶋政伸)につくか
上杉景勝(遠藤憲一)につくか決断を迫られていたのですが…

昌幸が出した決断は!?



「軍師官兵衛」の時も思いましたが、
戦国時代というのは、
自分たちの一族が生きていくために
誰につくほうがいいのか?
という決断に迫られていたんだなと
考えながら見ていました。

黒田家を守るために、
真田家を守るために、

北条につくか上杉につくか、あるいは…
織田信長につくか!?

みんなそうやって、時代を読みながら
必死で家族を守っていたんですね。

幕末もそうだったのでしょう。
どっちにつくかと、武将を選ぶわけではないですが、
情勢が変化していっているまさにその渦中、
自分たちがどんな価値観を選んで、
何をやって生きていくのか?
どうやって家族を守っていくのか?

バブル崩壊以降の日本は、
まさにその渦中にいますよね。

世界情勢、天災も含め
いろいろなことが起こってきました。

今でも、アラブや北朝鮮などの情勢を見ていると
まだまだ予断を許しません。
世界規模で経済がどうなっていくかわからない。

そこへきて、天災だってこれから
この地球に何が起こっていくのかわかったもんじゃない。
暖冬だと思っていたらいきなり数十年ぶりの
大寒波で九州の南まで数十センチ雪が積もったところもある。
地震だっていまだに頻繁に起こっている。

2018年には、非正規雇用の人を
正規雇用にしなければならなくなるなんて
日本の雇用状況も変わってきますが、
その前に、契約を切られる人が多発することも
危惧されます。

会社側からすれば、苦しい財政状況で
みんあを他の正社員と同じ待遇なんて
しようがあるはずもありません。

かといって、日本人の既得権益厳守メンタルから見れば
既存の正社員が直接的に割を食うことよりも
まずは、非正規雇用の人を
正規雇用するときの費用を抑えようとするでしょう。

切られずに、うまく正規雇用されたとしても
基本給が減らされるかよくて年収レベルで変化なし。

でも、その前には非正規雇用の人が切られるわけだから
正規雇用の人たちも業務負担が増えたり、
昇給タイミングを伸ばされたり昇給幅を減らされたり。
結局は間接的に割を食う。

そもそも、バブル崩壊後の最初の不況の時に
終身雇用神話も崩壊したと、
あれだけ言われているのに、
わたしも含め、雇われる生き方に甘んじている。

その現状を考えると、
まだまだ、『社会に出て働く』とか
『まともな職に就く』なんて言葉を使うときに
“会社に就職すること”を当たり前に連想してしまう
古いメンタリティから抜け出せていない。

でも、本当に家族を守るなら。
そして、わが子やその子孫たちのことまで考えるなら。

今自分たちがどんな考え方を
選んでいかなければならないのか?
自分で考えて選び取って、
あるいは創り出していかなければならない。

それが成功して終わりではないわけですから…

つまり、新しい時代もやがては古くなり
子孫たちもまた次の時代やさらにその次の時代への
変化の波にさらされるわけですから、
その乗り越え方を伝えるのがわたしたち大人の役目です。

戦国時代や幕末が面白く見えるのは
そこから学べることが沢山あるからなんですね。

40歳にしてわかりました。


                全ての物語のために









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