2015年12月31日

アニメ「ルパン三世(第4シリーズ) #12 イタリアの夢 後篇」人を引き付けてはなさない構成力



人前で話をしたり、人に何かを教える人。
あるいは文章で伝えなければならないとか
プレゼンをしなければならない人。

特に初心者で自信がない人には、
参考になるお話です。


わたしは映画製作を専門で学びました。
受賞こそ取り逃がしたものの、
映像作品のショートドラマのコンテストでも
シナリオのコンクールでも
大賞にノミネートされるところまでは行きました。

今でもその時の経験は生きていて、
結婚式の催し物としてのビデオ製作など
身近なところではよくアドバイスを求められたり
実際に制作を請け負うこともあります。

人前に立って話をするのは得意ではありませんが、
何度か経験はしています。

初めのころは支離滅裂になって
落ち込んだこともありましたが、
それ以降はしっかり準備をした時ほど
うまくいくようになりました。

わかりやすく伝えるという表現力も大切ですが、
最後まで聴いてもらえる
最後まで観てもらえる
最後まで読んでもらえる

という、最後まで相手を引っ張っていくための
構成力がとても重要ですよね。

実は、シナリオも何本も書きましたが
わたしはそれが苦手でした。

今でも、それが上手いとは自信を持って言えません。
このブログを毎回読んでくださっているあなたのほうが
その答えを知っていると思います。

それでも、以前に学び始めのころに比べると
比較にならないくらい上達してきている自覚はあるんです。



「妖怪ウォッチ」を観て喜んでいるわが子を見るというのも
親としては幸せなひと時だったりするんですが、
わたしも息子も一緒になって、毎週楽しみにしている作品がある
というのもまた、いいもんですね。

アニメ「ルパン三世(第4シリーズ)」

第12話 「イタリアの夢 後篇」を観ました。

天才科学者・浦賀が書き残した謎の書物。

レベッカが解けなかったその書物の謎を
ついに解読したルパン。

その途端、ルパンは何故か眠りに落ちてしまいます。

夢なのか現実なのか摩訶不思議な世界の中で、
ルパンは浦賀と出会います。

これが「イタリアの夢」なのか…!?。

そして、若き日のレベッカが愛した
すでに死んだはずの浦賀。

夢の中で対話するルパンと浦賀。

ルパンは浦賀に「イタリアの夢」の真相を聞きます、

一方、暴走したままの二クスはルパンを追っていました。

そして、「イタリアの夢」の謎を手土産に
夢から戻ったルパンと二クスの最終決戦の時が訪れます…。



息子は先に第11話の前篇を観ていたのですが、
わたしはこの後篇が放送されるまで
前篇を観る時間をとれずにいました。

冬休みに入った息子が後篇を一緒に観ようと言うので、
二人して、前篇後篇を改めて一気に見ることになりました。

公式ホームページから予想する限り、
おそらく全24話完結。

その中の12話目。
ちょうどワンクール、前半戦終了です。

さすが、レベッカや「イタリアの夢」について
一区切りついて、ひと段落しました。

と、いいつつもニクスやMI6との問題は
まだモヤッとしていますよね。

後半戦、まったく予想がつかなくなってきました。
面白い!


フィクションに限らず、人に何かを伝えようとするとき
短い話の場合は、シンプルに
「初め」「中」「終わり」
で済む場合もありますが、
話が長くなると中だるみしてしまいます。

そこで物語の場合には、

起・承・転・結という基本フレームがあります。

舞台や映画の脚本や小説などの作法を学ぶと、
起承転結ともう一つの基本フレームが出てきます。

それは、三幕構成というもの。

ただ、売れている映画などを分析すると、
この両方に当てはまります。

三幕構成は…

第一幕=「状況設定」
第二幕=「葛藤」
第三幕=「解決」

と、大まかにその役割を説明されますが、
実は第二幕の真ん中で
お話を転がすポイントを設置しましょうというのが基本にあります。

お話がひっくり返るんですね。

つまりは起承転結の「転」にあたる。

だから、わたしはどちらも同じだと理解しています。

第一幕=「初め」=「状況設定」→興味を引く。話を聞く準備。
第二幕=「中」=「葛藤」→本編。中身がわかりやすく伝わる。
第三幕=「終わり」=「解決」→結論。納得を持って結論を受け入れる。

要するに、この「中」に当たる部分が
わかりやすく伝わるから、
結論を納得して受け入れてくれるわけですが、
話が長くなるとこの「中」で飽きちゃうんですね。

「中だるみ」というやつです。

ところが、そこで話がひっくり返る。

観客が予想していた展開がグルッと違う方向に変わる。
すると、眠くなりかけていた頭が
「アレッ!どうなっちゃうんだろう!」
と再び活性化しちゃう。

「初め」でつかまれて「中」の真ん中でさらにつかまれる。
そして、結論に行き着いたときに
「なるほど〜」とか、「面白かった〜!」
という感想が自然と漏れます。

人前で話すとか、何かを教えるとか、
そういう場合とフィクションを作る場合とは違いますが、
聞いている方の心理としては似ていますよね。

上手なセミナーなどに行くと、
途中で聴衆が自分で考えるように講師が質問して来たり
席が近い人と一緒に考える時間があったりします。

それまで、客観的に聞いていた聴衆が
突如、自分事として参加し始める。

片方向のやり取りが、双方向に変わる転換点。

その場の流れがひっくり変わるという
考え方もできます。

授業中に眠そうにしている生徒を先生が指名して
発表させるというのも近いですよね。

それを場の構成、お話の構成の中に盛り込む。
「さあ!そこで、あなた(みなさん)にも考えてみて欲しいんですが〜」
みたいなことですね。

「初め」は、何のために今から話をするのか?
を伝えればいい。
「終わり」は、結論づけ。

肝心の本編を、中だるみさせないために
真ん中で大きく転換点を作る。

その一点を考えるだけで
構成が一気に締ってきますので、
ぜひ、意識してみてください。

ところで今回、最後まで、興味持って読めました?(笑)

今年も最後まで読んでいただいて、
ありがとうございました!!
来年もまた、楽しんで書いていきますので
気が向いたらぜひお越しください。


               全ての物語のために











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2015年12月30日

「ロッキー・ザ・ファイナル」その2 大人と卑怯者の違い



わたしは常に憤りを感じています。
常に怒っている。

怒りというものは、自分が感じたくない
不安や恐怖、悲しさや惨めさなどの
マイナスの感情を感じることから
自分を守るための自己防衛本能。

…だということを、多くの人が気づく機会のない
近代社会に対して憤りを感じています。

怒りに支配されると、
自分の成長の機会を奪います。
成長のない人生に本当の意味での
幸せや平安はあり得ません。

自分の心を安定させようとする
努力の必要性に目を向けず、
また目を向ける必要があることにすら
気づく機会も得られないままに、
「安定」や「幸せ」を求めて
「不足」にばかり心を乱される。

本末転倒。

自分自身が安定しないのに、
どんな世界に立っても安定しているように
感じられるわけがない…

そういうことに気づけるチャンスが
非常に少なくなっている。

でも、怒ってばかりもいられません。
現にそうなのであれば、
その現実は変えていかなければなりません。

なぜならわたし自身が心の平安を求めているし
妻や息子、そしてその他の家族や友人たち、
そしてそんなわたし達の子孫たちの
幸せを望んでいるのもまたわたしの現実だからです。

だったら、あるものとないものを見て、
できることをやっていくしかない。

時代や社会のせいにして、自分が何もしないのは
ここまでいろいろな人と接してきた一人の人間としても
新しい命をこの世に誕生させた一人の親としても
責任逃れをする卑怯な態度です。



…悪い父親です(笑)
息子がリビングで宿題をしている横に腰を下ろして、
テレビをつけて映画のブルーレイを再生。
息子も自然と目が吸い寄せられていました。
「おお〜イイこと言うね〜」なんて合いの手まで入れてくれます。

「ロッキー・ザ・ファイナル」

をまたまたまたまた…観ました。
年に1〜2回観ちゃってます(笑)

かつて2度世界ヘビー級チャンピオンに輝いた
アメリカボクシング界永遠のヒーロー、
ロッキー・バルボア(シルヴェスター・スタローン)。

完全にボクシング界からは引退して、
3年前に他界した妻エイドリアン(タリア・シャイア)
が残した地元の小さなレストランを経営して
生計を立てていました。

毎年、命日には愛妻エイドリアンとの
思い出にすがるようにして生きているロッキー。

自分がエイドリアンに対して最低の兄だったことを
受け入れながら生きるロッキーの親友であり義兄の
ポーリー(バート・ヤング)。

そして、就職して独り立ちしている一人息子
ロバート(マイロ・ヴィンティミリア)は、
ロッキーの息子というだけで自分は陰にかすんでしまうことに
傷つきながら生きていました。

ボクシング界では現ヘビー級チャンピオンの
メイソン・ディクソン(アントニオ・ターバー)の人気が
著しく落ちていました。
強すぎるせいで対戦相手を“秒殺”し、
観客が楽しめるボクシングにならないのです。

テレビでは違う年代に活躍したボクサーたちが
戦ったらどうなるのか?
という夢の戦いを、CGでシュミレーションする番組が
人気を呼んでいます。

たまたま、メイソンとロッキーのCGキャラクターが
戦うこととなり、結局メイソン本人もロッキーも傷つきながら
自分の中にくすぶる思いに気づき
世の中の流れも、
現実の世界での2人の対決に向かって動き始めます。



この作品が日本で公開されたのは2007年春、
アメリカでは2006年冬に公開されました。

当時、スタローンはちょうど還暦です。

「もう、おじいちゃんじゃん!今更みっともない!」
「自己満足でしょ?」

「ロッキー・ザ・ファイナル」の制作発表と同時に
同じように自らの脚本・監督・主演で
「ランボー最後の戦場」の制作も発表したスタローン。

当然、世間からは笑われていました。

物語のロッキーは、まったく同様の視線を
世間から浴びることになります。

しかしロッキーは世間の目は気にしません。

この作品で、もっとも涙をこらえられないシーンがあります。

父親がロッキーだってことで自分がどれだけ傷ついてきたのか…
ロバートがそれを父親に直接ぶつけるシーンです。

しかし、ロッキーはその息子に向かって言います。

「自分がうまくいかないことを
自分以外の人や物事のせいにするのは
卑怯者のやることだ。
お前は、卑怯者じゃないんだ!!」

ロバートはロッキー・バルボアの息子として
最初はいつもちやほやされますが、
そのうち「なんだ、息子は大したことないんだな」
と思われる自分にもやもやしていたのでしょう。

それでもなんとか自分の足で立てるように
努力して社会人をやっている。

それなのに、今度は父親が世間の笑いものに
なろうとしている。
そうなれば、その息子である自分も笑いものになる。

不安だったんですね。それにこれまでのうっ憤もあった。

実際、有名な人の子供は、
親が有名であることで苦労している例は
たくさんあります。

亡きスタローンの息子、セイジ・スタローンも
そうだったのかもしれません。
ジャッキー・チェンの息子、ジェイシー・チェンも
きっとそうだったのでしょう。

ジェイシーの逮捕報道について、
新作映画の会見でスタローンに記者が意見を求め
それについてはスタローンも笑顔で受け流したことが
あったそうです。

父親としての気持ちがわかるからこそ、
他人がとやかく言うことではないことをわきまえているのでしょう。

セイジやジェイシー、その他の親が有名なために
“二世”などと冠をつけられて苦労を強いられている人たち。

その人たちの苦悩を考えなくもありません。
しかし、苦労しているのは親が有名な人だけではない。

素敵な親の元で育った人も
残念な親の元で育った人も、
それぞれに「親が〜だから」と思ってしまうような
悩みを抱えたことはあるはずです。

本来は思春期に決着をつける
自分の心との問題。

自分が怒りを軸に判断や決定をしているようなら
“卑怯者の人生”を歩んでいる可能性がります。

怒りを感じたら、常に自分と向き合う。
そういう習慣は、幸せに生きるための安全装置として
自分の中に持っておきましょう。

大人になるか、卑怯者になるか、
今すぐ選べます。


                全ての物語のために

ロッキー新章!「クリード チャンプを継ぐ男」









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2015年12月29日

ドラマ「スクール!! #8」正しいことは一つじゃない。それを教えるのも教育のうち。



数年前、まだ息子が2-3歳か、
もしかするともっと前?

妻と意見が衝突したことがありました。

内容は忘れましたが、
妻が息子に教えたこととは違う意見を
わたしが語った時です。

妻が怒り出しました。

曰く、「子どもを惑わせないで!」

わたしとしては父親と母親の意見なんて
違って当然であって、色々な考え方に接して
自分で考える力や、
自分の意見を作っていくものだという信念があるものですから、
妻の意見を否定はしないけど
違う意見があることも示すべきだと反論しました。

言いながらも、さすがにそれはまだこの子には早いのかな…?
なんて迷いながら、意地を張ってムキになっていたので、
その自分を感じて、
「まあ、まだ小さいから今は無理をしないでおこう」
と引き下がりました。

しかし、今では平気で違う意見、違う視点を言います。
妻も今は意識して色々な考え方があることを
気付かせようとしてます。

「こう考えたらこう感じるよね」
「見方を変えたらこういう意見もあるよね」
…と、学校で起きた問題であったり
ニュースや時にはバラエティ番組を見ているときでも
そういう話になることがあります。

正しさは一つではない。
色々な視点によって変わっていくもの、
自分で考えて感じて、
その時々人生を切り開く力をつけるには
とても大切なことですよね。



雑誌で年末年始の番組表をチェックして、
バラエティ番組ばかりで映画やスペシャルドラマに
いまいちパンチ力を感じなかったので、
レンタルショップでまたドラマのまとめ借りをしようかな…
なんて考えています。ワクワクは自分で作る!(笑)

ドラマ「スクール!!」

第8話。

教育委員会側では、新宮小学校が廃校の候補に挙がっている!

委員会の担当から直接その話を聞いた成瀬(江口洋介)は、
何としても学校を守ろうと誓います。

そして、一緒に話を聞いていた脇谷副校長(塩見三省)に、
当面この件を内密にするよう頼むのでした。

学校へ戻った成瀬。
見ると5年生が校庭で体育の授業をやっていました。

今まさにスタートを切ろうとしていた児童、
原翔子(荒川ちか)が突然、その場にしゃがみ込みます。

大橋先生(塚本高史)が駆け寄ると、
翔子は過呼吸を起こしている様子。

保健室に運ばれた翔子はなんとか落ち着きますが、
保健教員の岡本幸恵(市川実和子)は、
翔子の様子からいじめなど、
過度のストレスにさらされているのではないか?
と大橋と成瀬に言います。

しかし、大橋も成瀬も翔子はいじめる側ではあっても
いじめられるというのはないだろうと首をかしげます。

そのことを職員会議で
「翔子が何かに怯えているようだった」と報告すると、
桐原(西島秀俊)が家庭内暴力(DV)の可能性もあるのでは?
と意見を出しました。

過程でDVを受けた児童が、
学校ではいじめっこになるケースは実際にあるのだと言います。

早速放課後、
成瀬は大橋と共に翔子の自宅を訪ねてみることに…。

玄関のドアを開けたのは翔子でした。
両親は留守にしているとのこと。

様子を確認したいと成瀬が上がり込もうとすると、
翔子が「不法侵入だ」と大声をあげて止めます。

すると、騒ぎを聞きつけて
翔子の兄のアキラ(竹内寿)が奥から出てきます。

アキラは、翔子の学校の校長先生だという成瀬に、
礼儀正しくあいさつを返します。

結局、成瀬と大橋は家に上がれず、引きあげました。

その様子を、2階から見ていたアキラの目には
尋常ではない感情が隠れているようです…。



いつも子供たちのために一生懸命な成瀬や大橋、
武市かの子(北乃きい)や桐原たち。
成瀬の居候先で
かの子の祖父であるミキちゃん(岸部一徳)も巻き込んで
いつも一生懸命な大人たち。

そこには様々な意見が出てきます。

それこそ、正しさは人の数だけある。

今回も大人たちが本気で考えをぶつける中で
次のようなセリフが出てきました。

「正しいことは一つじゃない。それを教えるのも教育のうち」

わたしは少年時代を地元の鹿児島で過ごしました。
生まれてから小学校の卒業まで。

中学からは父の転勤で福岡に引っ越しです。
それと同時に大きく変わったのが
家族の置かれた状況と近所づきあいでした。

鹿児島の地元でも、生活自体は
両親とわたしたち兄弟5人の核家族でした。

しかし、歩いて5分くらいのところには
父方の祖父母の家がありその隣には
伯父の家族が住む家…従妹たちの家ですね…
があった。

隣近所も顔なじみだし。
わたしの家は同じ敷地内に祖父が管理する畑があり
祖父はしょっちゅうリアカーを押して
その畑にやってきて作業をしていました。

お盆や正月には、親せきが集まるのも当たり前。

だから、いろんな大人たちとの距離が
とても近かったんですね。

そんな状態から、福岡での鉄筋マンション暮らしです。
一応、母は徐々にお隣ともそこそこ仲良くなったり
父の務め先が数部屋抑えている賃貸マンションだったため
父の職場の顔見知りもいたようです。

それでも、鹿児島の田舎での近所づきあいほど
近い関係にはなれないし、
そもそも親せきづきあいなんて帰省しない限り起きない。

わたしはちょうど中学・高校の
「大人をわずらわしく感じる年ごろ」で
そのような状態になったので、
当時は面倒臭くなくていいななんて
思っていたのものです。

しかし、同時に都会を中心によく言われる
“核家族化”の問題も明らかに感じていました。

面倒臭くないということは危険なことでもあるんだぞと
どこか大人の自分が感じていたんですね。

それは、小学生の途中で引っ越すことになった
妹や弟も似たように感じていたようです。

妻も福岡と北九州の間にある田舎の出身なので
似たような感覚は持っているようです。

今、“家族”というと、
核家族の単位でイメージすることがほとんどでしょうが
そのように移り変わっていく時代を
わたしは肌身で感じてきました。

そこには、心の怠惰というスキをついて
人の成長を止める危険性が潜んでいることを
身を以て感じてきました。

だから、わたしは息子を観ていて
わたし自身の大人の責任として
非常に緊張している部分です。

特に、一人っ子なのでなおさらです。

「正しいことは一つじゃない。それを教えるのも教育のうち」

まだわたしたちが子どものころは
そんなことは意識しなくても
自然とそれを大人たちが教えているという構図があった。

それが、今の多くの日本人の生活スタイルでは
無くなってしまっているということですよね。

だからこそそのことを意識しないといけない。

昔から言われていることなので、学校や地域は、
なんとか地域のつながりを活性化させようと
一生懸命なところが多いようです。

しかし、かく言うわたしも、
だからと言ってPTAなどに積極的に参加していません。
(妻が1年間やってくれたので非常に助かりました)
今の、生活スタイルでは、
そういうことにさける気持ちも時間もない!
という親御さんは多いはずです。

それでも、親である以上は、
目の前に育ちざかりの子どもがいる。

だからこそ、現代の“心の問題”として
核家族化している社会は
誰の家庭にも影響を及ぼしているということ。
どの子にも大きく影響を及ぼしているものだということは
知っておくべきことだと思っています。

「正しいことは一つじゃない。それを教えるのも教育のうち」
だということを自覚しておかなければ、
親の価値観を押し付けるのが教育だという
勘違いを起こしかねません。

これは、わが子の幸せや
家族の幸せを考える上ではもちろん、
地域や社会、国の将来を考える上での
重要事項ですよね。

そういう中で育つ子たちが社会を作っていくわけですから。


                全ての物語のために









ラベル:ドラマ スクール!! #8 正しいことは一つじゃない。それを教えるのも教育のうち。 妻と意見が衝突した 妻が息子に教えたこととは違う意見 妻が怒り出しました 子どもを惑わせないで! 父親と母親の意見なんて 違って当然 色々な考え方に接して 意地を張ってムキになって こう考えたらこう感じるよね 学校で起きた問題 ニュース バラエティ番組 自分で考えて感じて その時々人生を切り開く力をつけるには 成瀬 江口洋介 脇谷 塩見三省 原翔子 荒川ちか 大橋 塚本高史 岡本幸恵 市川実和子 いじめなど、 過度のストレス 桐原 西島秀俊 アキラ 竹内寿 ミキちゃん 岸部一徳 いつも一生懸命な大人たち 家族の置かれた状況と近所づきあい 核家族 お盆や正月には、親せきが集まるのも当たり前 いろんな大人たちとの距離が とても近かった “核家族化”の問題 面倒臭くないということは危険なことでもあるんだぞ 核家族の単位でイメージすることがほとんど 心の怠惰というスキをついて 人の成長を止める危険性が潜んでいる わたし自身の大人の責任 緊張している部分 多くの日本人の生活スタイルでは 無くなってしまっている 現代の“心の問題”として 核家族化している社会は 誰の家庭にも影響を及ぼしている そういう中で育つ子たちが社会を作っていくわけですから
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2015年12月28日

アニメ「ルパン三世(第4シリーズ) #11 イタリアの夢 前篇」成功の鍵、レバレッジの命とは?



物事が上手くいくためには、大きな原因があるようです。

1989年4月1日、エイプリルフール
日本テレビ系の『土曜スーパースペシャル』枠で

「ルパン三世 バイバイ・リバティー危機一髪」

という、「ルパン三世」史上初の
2時間テレビスペシャルが放送されました。

1987年にOVA作品として制作され
劇場でも公開された

「ルパン三世 風魔一族の陰謀」

は、アニメーションとしての質は高かったのですが
メインキャラクターたちの声を全員一新して
ファンや本家の声優さんたちの怒りを買い不評。

それに対して、満を持しての本家復活で登場したのが
「バイバイ・リバティー危機一髪」です。

それだけに制作陣も気合が入っていたのでしょう。
とにかく面白い。
テンポもスケールもキャラクターも
「これぞルパン三世!!」と、ファンを納得させる傑作でした。

その後、翌年1990年の夏休み直前に、同じスタッフで、
放送枠を『金曜ロードショー』に移しての、

「ルパン三世 ヘミングウェイ・ペーパーの謎」

をキッカケに、『金曜ロードショー』で
年に一回のお祭りとして「ルパン三世」が
テレビに帰ってくるようになりました。

しかし、恒例となりすぎたせいか
一時期はその質を疑問視するファンも増えます。
長い低迷期が続くのです。

そんな中で、ルパン三世役の山田康雄さんが亡くなり
栗田貫一さんにバトンタッチしつつも
毎年ルパンはテレビに帰ってきていました。

作品の不評が続く中、突如登場したのが
2009年の『金曜特別ロードショー』

「ルパン三世VS名探偵コナン」

アニメを作っている会社と放送会社が同じことから
原作の出版社の枠を飛び越えての競演。

双方のキャラクターを見事に配置して
ルパン側にもコナン側にも見せ場を作って
高い質で完成され話題になりました。

その後、ルパン役の栗田貫一さんと次元大介の小林清志さん以外
全員が世代交代し、毎年の単体でのスペシャル版が続く中、
金曜ロードショーでの反響に後押しされての2013年の劇場版

「ルパン三世VS名探偵コナン THE MOVIE」

も大ヒット。

「ルパン三世」を見て育った人たちが
作品の質を意識した「峰不二子という女」や
「次元大介の墓標」などのスピンオフ作品も注目されて
いい流れを作り始めたところで、
イタリアを舞台に限定した30年ぶりのテレビシリーズ…
現在放送中の「ルパン三世 PARTW」(第4シリーズ)
の制作が発表されました。

舞台となるイタリアでの先行放送の後に
逆輸入として日本で放送という異例のプロジェクト。
世界中のファンの声を受けての復活ということも言えるのでしょうか?

この第4シリーズ。

毎話、なかなかのクオリティーで
安心して楽しめます。

毎年恒例の2時間のテレビスペシャル版よりも
毎週30分のこっちの方がず〜っと面白いじゃない!!
と、きっと多くのファンが思っているのでは??(笑)

でも、この第4シリーズの質の高さには
一つの大きな『支点』が功を奏しているのは間違いないでしょう。

それは、あらかじめ放送回数を決められて
制作されているということ。
それから舞台がイタリアと決められていることも
一役買っていそうです。

つまり『支点』は限定性。

昔のテレビシリーズは人気が続く限り
毎週放送されていました。

そのうち、ネタが尽きたり、飽きられたりして
視聴率が落ちると最終回を迎える…

そういうシリーズが多かったわけです。
「ルパン三世」で言えば
毎年恒例となっている2時間スペシャルも
年一回とはいえ、エンドレスな感じが否めない。
そういう部分があったのではないでしょうか?

最近のアニメは「ジョジョの奇妙な冒険」などを
観ていても思いますが、
作品のクオリティーを重視するために
1クールか2クールで区切って
全何話と決めて制作されているものが多いようです。

人気があっても一旦はそこでちゃんと終わらせる。

それが、今回の「ルパン三世」の新シリーズの
質の向上にも大きく貢献しているようですね。

だからこそ集められるスタッフ陣というのも
あるのでしょう。

舞台が限定されることで作品には統一感も出るし、
設定も深く作りこむことができます。

いいスタッフを集めて、作品の質を上げるお膳立てが
この限定性によって整ったのではないでしょうか。



さて、そんな中、ちょうど半分。
1クール目のクライマックスが今回の第11話と
その次の第12話に当たるのではないでしょうか?

アニメ「ルパン三世(第4シリーズ)」

第11話 「イタリアの夢 前篇」を観ました。

「イタリアの夢って、何?」
何かに気付いて深夜に外出するレベッカ。

しかし、レベッカが出向いた先にはなぜか
イギリス諜報機関MI6のエージェントたちがいました。

お互いに「なぜここに!?」
と驚きながらも、数に負けたレベッカは
MI6に誘拐されてしまいます。

レベッカ救出に力を貸してほしいと頼まれたルパンたち。

誘拐される前レベッカは、
ある天才科学者が遺した書物を解読しようとしていたとのこと。

MI6も口にしていた「イタリアの夢」という言葉とも
深い関係がありそうです。

レベッカが監禁されているMI6の隠れアジトは
厳重な警備体制とエージェントの精鋭達が
待ち構えているのでした…。



2016年、新春1月8日には『金曜ロードSHOW!』で
スペシャル版も放送されるようです。
しかも、現在放送中の第4シリーズのスペシャル版。

題して「イタリアン・ゲーム」

青ジャケットルパンのまま『金曜ロードSHOW!』に登場です。
今の第4シリーズが、しばらく続いてきた
2時間テレビスペシャルよりも
ずっといい出来なので期待しちゃいますよね。

予告編を見たらレベッカとの結婚シーンがあったので
一瞬、総集編かな??と思ったのですが、
本筋はテレビシリーズとはまた違うお話のようです。
(そうであって欲しいという願望です)

さて、今回、第11話でのルパンたちのミッションは
レベッカの救出。

つまり、盗み出すターゲットがレベッカということです。

場所は一切の隙がない厳重な警備システムにプラスして、
コンピュータだけに頼らず人間の力も使って
MI6の精鋭部隊で固めてあるという
超強力なMI6のアジト。

30分の話で、ルパンは一体全体どんな方法で
レベッカを“盗み出す”のか!?

まだ観ていない人のために、
答えはバラせませんが、
ヒントを出すと…

どこに支点を置くか…?

ということにつきます。

「テコの原理」って学校で習いましたよね。

重いものを持ち上げるのに素手だと無理でも
棒などをかませると軽く持ち上がる…
というアレですね。

ビジネス書や実用書、投資などの世界では
レバレッジという言い方をします。

むやみやたらに事に当たるより
レバレッジを効かせて、最小の力で最大の効果を出す。

素晴らしいですが、実は大切なのが
テコの棒をかませるときに
“支点”をどこに置くか…ということです。

テコの命、レバレッジの命ですね。

これは、シンプルに支点と棒で重い物を持ち上げる…
と考えると、当然持ち上げる物に近い方がいいですよね。

テコの原理を応用して、組み合わせて使う場合は
この限りではありませんが、
それも原点はこのシンプルな原理の組み合わせです。

今回のルパンたちも、
そのテコの支点のつかみ方が絶妙でした。

敵という言い方をするなら、
敵の急所、敵の喉元、敵の盲点…

今、抱えているわたしたちの問題にも
ひとつひとつ、その支点を見つけるという視点を持てば
思った以上にシンプルに解決できるかもしれませんね。

問題の根は、意外とシンプルだということ。
その支点を決めてテコを効かせてみましょう。


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2015年12月27日

「ミュータント・タートルズ (2014)」ネズミとカメに子育ての基本を教わる



わたしも妻も、子育てに悩む一人の親です。

悩むといっても、深刻に悩みすぎて
先に進めないということは、
ほとんどありません。

刻一刻と過ぎていく時間を
痛いくらいに感じるのが子育てです。

子どもは日々成長していくから。

親だって立ち止まれる余裕はほとんどありません。
自分たちの成長と、子供の成長、
そしてその中でいろいろ起きる問題との
まさに七転八倒。

もう、目まぐるしいので七転び八起きで
失敗と成長を繰り返して生きていくしかない。

いや、そうやって生きていける今が
まさに幸せの真っただ中なのですね〜。

ところが、その七転八倒の中で
疲労困憊してしまうと、
「なんで私ばっかり…」
と苦労ばかりにピントが合ってしまい
精神的に余裕を無くしてしまう人が多い。

ほとんどの親御さんはそんなことはないでしょうが、
現実にそうなってしまっている大人も多いでしょう。

それでも、今生きているという現実は、
今この命をしっかりと使う。
つまり感じるというチャンスを持っているということ。
宇宙に認められている証です。

とても当たり前でシンプルなこと。

だから、子育てもシンプルな“当たり前”を
見失わないようにしたいです。



一時期テレビ東京系でCGアニメが放送されていて
息子が「面白い」と興味を持ち始めてすぐ、番組終了。
ちょうどその時期に話題になっていたのが実写版の公開です。
劇場には行けなかったのですが、スターチャンネルで
弟が録画していてくれたのがやっと届きました。

「ミュータント・タートルズ (2014)」

をクリスマスに息子と2人で鑑賞しました。

ニューヨークで悪事を乗っ取ろうとしている犯罪組織フット団。
街では誰も彼らに逆らえません。

フット団を追っていた
テレビレポーターのエイプリル(ミーガン・フォックス)は、
ある日、強盗に入ったフット団に対抗している
何者かの姿を目撃します。

その何者かにてこずっていたフット団は、
数日後、地下鉄の駅を襲い、一般人を巻き込むことで
その何者かをおびき出そうとします。

逃げ惑うニューヨーク市民に何かを感じたエイプリルは、
市民が何から逃げているのかを突き止めるために
市民と逆走…、そして地下鉄の駅にたどり着きます。

即、フット団につかまってしまうエイプリル。

そして電気が消えた暗闇の中現れた何者か…。

彼らを追い、ビルの屋上で撮影に成功するエイプリル。

そのヒーローたちの正体は人間の言葉を話し、
身長180センチもあるカメでした。

局では、彼らの存在をスクープとして取り上げようと
仲間を説得するエイプリル。
しかし、結局誰にも信じられず、
上司にクビにされてしまいます。

それでも、彼らについてあきらめられないエイプリル。
なぜなら彼らは・・・!?



わたしは昔…1991年公開の実写版を劇場で観ました。
当時、高校生で、ジャッキー・チェン主演の
「プロジェクト・イーグル」との同時上映で
着ぐるみの陽気なタートルズたちが活躍する
同名作品を鑑賞しました。

楽しげなファミリームービーでしたが、
高校生の目で見て子供向けでした(笑)

23年の時を経て、進化した実写版。
さすが現代のハリウッド。
子供向けなのは変わりませんが
特撮もアクションシーンの演出も段違いです。
出だしはパッとしない感じでしたが、
後半は息子と2人で手に汗握って楽しめました。

劇中で、ティーンエイジの忍者タートルズたちの
親代わりであり師匠でもあるネズミのミュータントが
生い立ちをエイプリルに説明する回想シーンがあります。

ミュータジェンという薬品の開発のため
実験体として飼育されていた
1匹のネズミと4匹のミドリガメ。

しかし、実験主たちの争いにより
実験所には火が放たれ、
ある人間の手によって、彼らは命を助けられます。

ニューヨークの街中で、下水道に放たれた彼らは、
ミュータジェンの影響で、徐々に進化し
人間サイズに成長します。

先に成人(成ネズミ)していたネズミは
自分を飼育していた人間が自分たちにしてくれたように
まだ赤子同然のカメたち4人(4匹?)を
愛情を持って育てました。

パニックを防ぐため決して人目につかないように、
地下に隠れて…

それでも世界一の大都市ニューヨークです。
若いカメたちはポップカルチャーに興味を持ちます。

そこでエイプリルと出会ったわけです。

ティーンエイジですが、とても素直で
硬い絆で結ばれているカメたち。

師匠ネズミの親としての成長と、
カメたちの成長物語にもなっていました。

『自分を育ててくれた人間がしてくれたように
自分もカメたちに愛情を注いで育てた…』

人が、命のバトンを繋げていく生き物である以上。
“当たり前”のこと。

本来、何の説明もいらないはずの
当たり前すぎるほどシンプルなことですよね。

ここに感じ入ったのは、わたしが親だからでしょう。
息子は、最後の敵に立ち向かうカメたちが
エレベーターの中で歌いだすシーンで
喜んでいました。

それで良いんだと思います。

わたしは平日に休める仕事。
妻の休みは土日祝日です。

冬休みの平日に息子と一緒にいるためにとった
クリスマス休み。

息子と一緒にリビングで映画を楽しむ。
息子も楽しめ、わたしも幸せな時間を過ごせる。

わたしが息子と一緒にいる時間を楽しんでいれば
それは自然と息子にも伝わる。

そう思って、クリスマスの日中を
息子と2人で過ごしました。

息子が生まれたときに、
わたしの母に言われました。

『めいっぱい愛情を注いで育てれば
間違いはないから』

その言い方は、わたしたちを育ててくれた時間が
母にとっても幸せな時間だったことが
伝わる言い方でした。

わたしたちが親にしてもらったように
自分の子供に愛情を注いで育てる。

本当はそれでいい。

とてもシンプルなこと。
どんなに複雑で面倒な問題が起きても、
そのシンプルな根底だけは守っていきます。


                全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする