2015年09月30日

ドラマ「ナポレオンの村 #7」引き継ぎ終わりました?



社会に出たばかりのときは、
「必要とされる人材を目指せ」と言われます。

しかし、数年仕事を続けるとわかります。

自分がいなくてもいい状態にしなければならない。

例えば、総合職のサラリーマンで
2-3年おきに転勤がある。

そうなると、これまでやっていた仕事は
誰かに引き継がなければならない。

チェーン展開を広げている店舗などには
社内に「立て直し屋」的なベテランがいます。

業績が伸びない支店に行って、
業績を上げさせる。

それが済むと、また別の支店に異動になる。

そのときも、自分が来たから立て直せた。
居なくなったら元に戻っちゃった…
となるわけにはいきません。
それでは「立て直し屋」ではない。

一時期加勢しただけ…と言われてしまう。

起業家、創業者もそうです。

自分がヒラメイて起こしたビジネスを、
自分がいなくても回る仕組みにしなければならない。

自分がいなくなった後も、
多くのお客がそのサービスやアフターフォローを
待っているとなれば、自分が退いたら終わり…
というわけにはいかなくなる。
従業員への責任もあります。

ビジネスだけではありません。
家庭もそうですよね。

自分がいなくなっても、
子どもたちが幸せに生きていけますように・・・

そんな風に考えて、
毎日一生懸命生きているのが親ですよね。

必要とされる人…それは嬉しいことです。
でも、いつまでも必要とされる人ではいけない。
必要なくなるようにしていかないといけない。



やっぱり、他のドラマたちより、
2-4話分くらい短かかったですね。
良いドラマだっただけに、寂しくなりました。

ドラマ「ナポレオンの村」

第7話(最終話)を観ました。

戸川(山本耕史)が神楽村に連れてきたのは
内閣府国家戦略特別管理官・桜庭(西村雅彦)。

浅井(唐沢寿明)の村興しの手法をモデルケースにして、
日本の限界集落を一気に立て直すと意気込みます。

浅井は、限界集落の復興というのは
マニュアルに人を当てはめてできることではないと訴えます。

しかし桜庭は、国が応援すれば不可能はないと
断言するのでした。

戸川も、桜庭は浅井の同志であり
心配はいらないと言って聞きません。

一方村人たちは、モデルケースなり国の支援が入ることで
浮足立っていましたが、
浅井がずっとこの村にいるわけではないと聞いて戸惑います。

桜庭は国から助成金がおりるのを待たず、
すぐにでも神楽村の交通インフラを整えようと動き始めます。

その莫大な費用を立て替えるのは星河市。

浅井は危険だとめようとしますが、
桜庭に「何かを大きく変えるためには勢いが必要だ」
と言われ、見守るしかなくなります。

菰田(イッセー尾形)は今回の件について事前に承諾していました。

浅井は菰田からその理由を聞き、
彼らを応援してみようと決めます。

そして道の舗装工事や、新しい直売所の建設が進んでいくのですが…。



「この村はもう大丈夫だ」

浅井がそう思った通り、村人は自分たちで
自分たちの村を守り、創っていくという
心意気を身につけていました。

ということは、浅井がいつまでもそこにいる必要がなくなる。

浅井は他の村の村おこしに行く必要がある。

最終回…さよならの回です。

惜しまれながら、涙の別れです。
しっかりと必要とされた証拠。
でも、いなくなってもちゃんと自分たちでやっていけるよ!
今までありがとう。という最高の別れ。


いま、わたしたちは、必要とされる人になるために必死です。
誰からも必要とされないことで
心を病んでしまう人も後を絶ちません。

まず必要とされる人とはどんな人でしょう?

リーダーとなるひと?大きな変革をもたらす人?
大きな仕事を成し遂げた人?
救世主?

たしかにそうかもしれませんが、
わたしにとっては、わたしの周りにいる人たちです。

ということは、わたしの周りにいる人たちにとっての
周りにいる人たちの中にはわたしもいる。

全員がそうは思ってくれていなくても
だれか一人でもそう思っていてくれる人がいればいい。

あるいは、今は誰もそうは思ってくれていなくても、
いつか「あああれは、あの人がいてくれたからだったんだ」
と思ってもらえることがあればいいなと思っています。

人と人のつながり。
わたしはあまり得意な方ではないですが、
それでも必要としてくれている人がいます。
ありがたいことです。

だから、わたしがいなくなっても良いように
一生懸命、時を紡いでいこうとしています。

もしも、誰とも関わっていなくて
「必要とされていない」と感じているのなら
周りを見渡して、困っている人を手伝えばいい。
困っている人がいなければ、
今以上にもっと良くなることはないか?
そのために手伝ってみればいい。

それがダメでも、あなたが収入を得て
消費をしているということは
誰かと関わり生きているということなので
絶対に誰かの役に立っている。

まずはイメージすることからです。

どんな世の中ならもっとみんなが幸せになるか?
そのために何が足りないか?
その足りないものを埋めるために、自分に何ができるか?

新しいモノ…それは物であったり事であったり
考え方であったり発想であったり、
またはそのキッカケであったり…
そういうモノを生みだすために必要なものは
全て揃っています。

その全ての中にわたしたちや
わたしたちの内にあるモノも含まれています。

そう思えば、やれることは無限に出てきます。

そうやって人間関係を作ったら、
自分が要らなくなることを目指して、
その価値を本来の価値に浄化させることを目指せば良い。

組織の中なんかに入ると
「この仕事がなくなったら、自分の居場所がなくなる!」
と必死になって、仕事のための仕事を増やしたり
しがみついている人がいますが、
もっと大きな眼で見れば、
他にやることは無限に見いだせるはずですよ。

一生では時間が足りない!と思うくらい見えてくる。

でもこれが真実だとも思っています。
一生では足りない。

だから次の世代に託す。

だから、自分がいなくても良い状態にするのが
わたしたちのつとめ。



                  全ての物語のために









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2015年09月29日

ドラマ「あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜 #10 最終章!!絶望をのりこえろ」実体のないネガティブ&ポジティブ



仕事でもプライベートでも、人のマイナスの感情に触れると
胸焼けを起こすことがあります。

表現的におかしいけど、わかってもらえますか?

なんだかもう、いっぱいいっぱいになっちゃう。

パニックを起こすとか、
「もう、イヤ!」って耳をふさぐとか
そういう感じの余裕のなさではないんですが、
なんだか、胸の中がもやもやして、
とりあえずその気分に触れていたくない…

そんな感じ。

意見を求めてきた人に
良かれと思って、味方の援護射撃のつもりで
発言したら、たいして関わってないくせにでしゃばるな!
みたいなことを言われたり、

「あの人はいっつも〜」、「みんな〜」
と“いつも”とか“みんな”という修飾詞を付けて
しょっちゅう人の悪口を
ほかの誰かに言いふらしている人のその行いを
目の当たりにしたときとか…

あるいは、臭いものに蓋をして、
自分の中にしまっておこうとしてしまう
自分に気づいたときや、
わかっていてもそれを改善できないとき…など。

オエッと、胸焼け感を覚えてしまうんです。

それじゃいかん。
ちゃんと、向き合って、他者のことでは
必要以上に悩まないように。

そして、自分のマイナス面とはきちんと向き合って
成長していきたいと思っています。

でも、それこそ下手に深刻になっちゃうと
ネガティブな方向に引っ張られてしまうので
健全な精神でそれをやれるにはどうすればいいのか?

そういうことはいつも考えているんですね。

そういうことを父に話すと、
禅の考え方をこれでもかというほどに語ってくれます。



第1話を観たときは、正直、わたし好みの作品ではないかも・・
と思ったりもしたのですが、
今回の話を観て、「観てよかった!!」と確認しました。

ドラマ「あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜」

第10話、「最終章!!絶望をのりこえろ」を観ました。

善男(小日向文世)が自分で決めた残りの人生は
あと2日となりました。

平太(松田龍平)は善男に「死んで欲しくない」
といい始めます。
しかし善男は、これだけは自分の自由にさせて欲しいと
意志はかわりません。

そんな時にみずほ(小西真奈美)から平太に連絡が入ります。

善男の様子を聞いたみずほは
三波(今井雅之)が生きていることを平太に伝えました。
そのことを善男に伝えれば
死ぬのをやめるはず…と。

しかし、平太にそれを聞かされた善男は、
信じるのを拒みます。

結局、平太が強引に連れ出すかたちで
善男は三波に会いに行くことになるのでした。

一方みずほは、前社長・鷲巣殺しの容疑者が、
みずほの指示でやったことだと自供したことで、
森脇(要潤)たち会社役員連中から
社長職辞任を要求されます。

みずほは容疑者の男のことは知らないと、
主張しますが、容疑者の携帯には
みずほの携帯と通話されている記録が残っていました。

またリカ(栗山千明)は丸山(眞島秀和)が
善男殺害に失敗したことを知り慌てていました。

そして、平太とともに三波の会社にやってきた善男。

ついに11年の時を経て、対峙した善男に、
「喜多さん、あんた全部知ってるよね?」と三波は問いかけます。

三波の真意は…。



全11話の中のクライマックスだと思います。
死ぬのか死なないのか?
という、お話上のクライマックスは次回の最終話で
決着がつくのでしょうが、
このお話の根底に流れていたテーマの部分での
もっとも過酷な部分という意味でのクライマックスは
この第10話でしょう。

このドラマの中で、わたしが最も好きな話となりました。

「喜多さん。あんた、自分のネガティブが見えてるんだろ」

三波はすべてわかっていました。
そして力を込めて言います。

「向き合うんだ!」

最終的にはネガティブ善男は消えていきますが、
消える直前、彼の眼には涙がにじんでいました。

ネガティブ善男は善男が創り出した存在。

彼が泣いているように見えたのは
善男自身の心の投影です。

本来は自分が受け止め、
感じなければならない自分自身や周囲の人や物事、
それらすべてのマイナス面を、
これまで自分の代わりにネガティブ善男に押し付けてきた。

そのうえで、そのネガティブ善男のことを
意識の外に追いやろうとしてきたわけです。

そんなネガティブ善男への共感や贖罪の気持ち。
そんな気持ちが善男にあるから、
ネガティブ善男の目に涙が浮かんでいたのではないでしょうか?

前回、第9話でネガティブ善男は言っていました
「少しは俺のことも考えろよ!」

そりゃそうです。
ゴミ箱のように扱われて、汚いもののように
普段は気にも留めてもらえない。

これが自分の中の問題ではなく、
本当に別な人間に対してやっていることであれば
虐待やイジメ、DVやパワハラ、モラハラということです。

自分の中のネガティブな面を嫌う。
自分の中のマイナスな面をなかったことのように無視する。
これは、自分自身への虐待です。
自分イジメ。

三波はさらに言います。

「向き合うんだよ!そして、一つになるんだ」

ダメな自分、嫌な自分、ネガティブな自分も
自分の一部なんだと受け止める。

あるがまま、全部で自分。

そこからしか前には進めない。

アマゾンなどのレビューで、
この作品の評価が非常に高い理由がわかりました。

たしかに、このお話で視聴率をとるのは
難しかったことでしょう。

それでも、大切なことを伝えることと、
それをエンターテインメント作品の中でやること、
これってやっぱり作り手の魂がないと
最後までやれないことだと思います。

特に視聴率が会社の存続につながるような
民法放送での制作であればなおさらですよね。

わたしたち誰もが直面する問題…挫折。

その内容は人それぞれだと思います。

でも、それらを乗り越えるときには
もちろんマイナスのことばかり考えていても
「もうダメだ」となってしまいますが、
マイナス面から逃げていても、
問題は一向に改善されません。

改善に向かう一歩を踏み出すためには
誰かに嫌われる可能性があったり
誰かを傷つける可能性があったり…

あるいはずっと目をそらしていた
自分の弱さから、やっぱりまた目をそらして
無理やり問題を解決しようとして
余計に問題がこじれたりする。

だから、あるがまま、
プラスもマイナスも全部見つめて
引き受けて対処していかなければならないわけですよね。

ただ、ここから先の考え方もありますが、
そもそも、プラス面やマイナス面というのは
人が創り出している解釈であって
その事自体には、本来はプラスもマイナスもない。
ただそこに“事”が存在しているだけですよね。

災い転じて福となす…

という言葉もありますが、
何が幸いとなるかはずっと後にならないとわからない。

ただそこに起きた出来事が、次の出来事、
先々の出来事につながっているだけのことで
良いも悪いもない。

これは、父から禅の話を聞く中で
言われてきたことです。

わたしはやっと最近、そのような受け取り方を
できるようになり始めています。
もちろん、感情をもって生きているので
自分にとって良くないことを、そうそう簡単には
割り切れません。

それでも、こういう考え方が
わかり始めているので、以前よりは淡々と受け止めて
淡々と前向きに対処できるようになっています。


すべてがマイナスなんてことはない。
全体を見つめてみる。

そのことだけは、どんな時も覚えていたいですね。


                全ての物語のために









ラベル:ドラマ あしたの、喜多善男 世界一不運な男の、奇跡の11日間 #10 最終章!!絶望をのりこえろ 実体のないネガティブ&ポジティブ 人のマイナスの感情 胸焼け いっぱいいっぱい もう、イヤ! 味方の援護射撃のつもりで 発言 “いつも”とか“みんな”という修飾詞 悪口を ほかの誰かに言いふらしている人 臭いものに蓋をして、 自分の中にしまっておこうとしてしまう 自分に気づいたとき わかっていてもそれを改善できないとき 必要以上に悩まないように 自分のマイナス面とはきちんと向き合って 成長していきたい 深刻になっちゃう ネガティブな方向に引っ張られて 健全な精神でそれをやれるにはどうすれば 父に話す 禅の考え方 わたし好みの作品ではないかも 観てよかった 第10話 小日向文世 松田龍平 小西真奈美 今井雅之 要潤 栗山千明 眞島秀和 自分のネガティブが見えてる 向き合うんだ! 自身の心の投影 ゴミ箱のように扱われ 汚いもののように 普段は気にも留めてもらえない 自分の中の問題 虐待 イジメ DV パワハラ モラハラ 自分自身への虐待 自分イジメ エンターテインメント作品の中でやる 災い転じて福となす 感情をもって生きている 良いも悪いもない 簡単には 割り切れません 淡々と受け止めて 淡々と前向きに対処できる そのことだけは、どんな時も覚えていたい
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2015年09月28日

ドラマ「あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜 #9 今こそ復讐の時」自分の中の悪い自分



「え!?そんなチチ、珍しい…」

息子がわたしを見て
ショックを受けたという様子で言いました。

なにかマズったなと自分でも思いながらも
確信が持てずに息子に聞きました。

「ん?どういうこと?」
「いつも前向きなチチが、そんな態度をとるなんて」

実はそのとき、わたしは車を運転中でした。
無理やり前に割り込んできた車がいて
とても危険だったので罵るような言葉が
つい口から出てしまったのです。

それが息子にはショックだったようです。

一瞬迷いました。逡巡したんですね。
どんな態度でリカバリーすればいいのか?

へんに謝って、息子に潔癖を植え付けてもよくない。
自分の中に、嫌な気持ちが生まれたときに
自分を嫌いになりかねないから。

かといって、確かにわたしの行いは
好ましいものではなかった。
自分でも反省してしまうくらいの言葉を放ったのです。

それは息子にも伝わったほうがいいだろうと思います。

上手くいったかどうかはわかりませんが、
結局はカッコつけずにいこうと思いました。

「そうか、いつもならあんなこと言わないもんね。
疲れてたのかな、言いたくなっちゃうときもあるみたい
ごめんごめん、びっくりしたね。
おかげで気づけたよ。
気を付けようって思えたら言ってくれてよかった」

そういって、そこからはいつもの
落ち着いて運転する父に戻れました。



9月末から10月頭にかけて、3連休があります。
その時にまとめて観ようと思って借りていたDVD。
このドラマは、待ちきれずに全部見ちゃいました。

ドラマ「あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜」

第9話、「今こそ復讐の時」を観ました。

自分で決めた残りの人生。

それがあと3日となった善男(小日向文世)は、
死ぬ時の服を買い、遺書を書こうと、
最期の日に向けての準備を整えようとしていました。

一方、三波(今井雅之)を名乗る男から電話を受け、
心境が変わったのか、いつもの黒の衣装から
真っ白の服にイメージチェンジをしたみずほ(小西真奈美)。

「会うまでは信じない」と言っていたみずほは、
ついにその男と会う約束をします。

また、仕事のほうでは森脇(要潤)から介護衣服プロジェクトの
利益の大きさを聞き、
なんとしても館道(平泉成)の援助を得るために、
しのぶ(吉高由里子)との約束どおり
善男を死なせてはいけないと焦っていました。

保険調査員の杉本(生瀬勝久)は、
心理学教授に三波の仮説について意見を求めていました。
催眠で人を自殺に追いやることができるのか?

教授の答えは、「暗示にかかり易い人なら危険」

三波とみずほが企てた善男の保険金殺人計画を
立証できると確信を得た杉本は、
やはり三波は生きているのではと意気込みます。

平太(松田龍平)のキャバクラにはしのぶが現れ、
善男を死なせないでと平太に頼みます。

しのぶから、みずほにも頼んだと聞いた平太は、
みずほに取引きをもちかけました。

善男が死なないようにするから
2000万円ほしいと…

取引きは成立し、リカ(栗山千明)に知らせますが
その知らせはリカを混乱させます。
そのときすでにリカはある行動に出ていたのです。

同じころ、善男は買い物から帰る途中、
見知らぬ男たちに車に押し込められ、
人けのないところでナイフを向けられていました…。



1話目から登場していた善男の分身がいます。
小日向文世さんの1人2役です…
善男だから、2役にはならないのか?

善男とは別に登場する善男のマイナス面、
“ネガティブ善男”

善男が1人の時に、
もう1人の人格として善男の前に現れます。

死ぬ日まで、物事の良い面ばかりを感じていたい。
そういう思ったことからか、
悪い面を全て引き受けなければならない
もう1人の自分、“ネガティブ善男”が生まれたようです。

ネガティブ善男が言います。

「少しは俺のことも考えろよ!」

これまで嫌なやつだったネガティブ善男が
寂しさや辛さをのぞかせるシーンが出てきました。

わたしたちは自分の中に嫌な部分を持っています。

思春期のどこかで、そういう自分に気づき
傷つく子もいます。

楽をしたいけど評価されたいズルさや
自分が順位を上げるために
誰かがミスすることを望んでしまう自分の意地悪さ、
これを言ったら傷つくとわかっているのに、
傷つけてやりたくて言ってしまった自分の醜さ…

自分はなんて嫌な人間なんだろう。

そうやって、自分自身に傷つくんですね。

わたしも小学高学年のころから
高校生の頃くらいまでは、
そういった葛藤に苦しんだことが多々ありました。

自分の中のそういうネガティブな部分は、
いまだに感じます。

しかし、成人することにはそんな自分も
自分の一部として認められるようになっていました。

これがうまくできないと、
あまり好ましくない人生を歩むことになるだろうことは
容易に想像ができてしまいます。

自分はダメな人間だと自分で自分をさげすんで
卑屈な正確になったり、
人間なんて所詮は自分のことしか考えてない
ズルいものなんだと全人間を決めつけるようになったり、
自分は悪人だと決めつけて、
わざわざ人から嫌われるようなことをするようになったり…

そういう在り方で人と接して
人間関係にバランスを欠いてしまわないハズがありませんよね。

わたしは、息子がそのバランスを欠いてしまわないように
成長してほしいと願っています。

今10歳、これからの7〜8年は、
彼が彼の中での変化に戸惑い思い悩む時期です。

どこかで「この子は大丈夫!」と信じていますが、
しっかりと見守っていこうと気持ちを引き締めてもいます。

わたしの場合は、小学生の時に
初めて自分の中の嫌な自分に気づきました。
そして、思春期の間中、揺れていたように思います。

でも、大丈夫でした。
それはもう、両親のおかげとしか言えません。

そんなものは人間なんだから、
自分の中にあって当然なんだよ。

ということを、小学生で初めて自覚した時から
両親ともに言ってくれていたし、
そんなことで自分が親から愛されなくなるなんてことは
これっぽちも思う必要がなかった。

まさに、「幸せな家庭で育った」幸運です。
でも、ここがポイントなんです。

その安心感の中だったから、
思春期の揺らぎの中を泳ぎながら、
結局バランスのいいところに到達して成人できたと
今のところは思えています。

思春期を、幸せな家庭で過ごせない子どもの中には
安心して自分の揺らぎと向き合う時期を過ごせないことが
多々あります。

なぜなら、それどころではないから。

虐待を受けるかもしれない。親が離婚するかもしれない。
虐待を受けている。親が離婚した。愛されなくなるかもしれない。
あるいは、病や事故で親が亡くなった…

そういう理不尽に幸せを奪われた子どもは
生きる力を振り絞るために「なにくそ!」
と自分を奮い立たせなければならない。

それは、幸せな家庭で育っている子への反感であったり
自分を捨てた親への怒りであったり・・・

その意気込みやたくましさは、素晴らしいものですが
どこかに歪みが生じてしまう。

だから、幸せな家庭でそだっている人のように
安心して自分の中の揺らぎと向き合っていられない。

もちろんみんながそうではありませんが
そうなる可能性は非常に高い。

また、一見幸せな家庭でも、
甘やかされて育った場合も、いろいろな弊害が起こります。


だからわたしは、どんなことがあっても
わたしが息子を愛さなくなることはないということを
いつも意識して態度で伝えています。

そして、ずる賢さや、嫌な部分が見えても
それをすぐに叱ったりせずに、
まず成長の証しとして喜び、それを伝え、
一緒にその気持ちと向き合えるような会話をするように
心がけています。

おかげで「父はとても前向き」というイメージを
息子に持ってもらえているようです。

“ネガティブ自分”なんていて当たり前です。
そんな自分をさげすむ必要なんて全くない!

同じように、“ネガティブ自分”に気づくことができるのは、
“ポジティブ自分”もいるということの証しですよね。

どっちもあって自分。どっちもあるから
良い悪いの区別をつける能力が生まれるんです。

片方だけだったら、何が良くて何が悪いのか
区別のつけられない一方的な大人になりますよ。

“ネガティブ自分”と“ポジティブ自分”

仲良くさせてあげればいいんです。


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2015年09月27日

ドラマ「あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜 #8」真実は人の数だけある?ホントに??



能天気であることは大切だと思っています。

プラス思考だね〜っと言われると、
そんなことないよ、マイナス思考のときだってあるよ
と言い返したくなる時もありますが、

幸せなアタマしてるね〜と、
能天気さをバカにされたような言い方をされても
頭にきたりしません。

真剣になることはいいことだと思っていますが、
深刻になることは得策ではないことのほうが多い。

そう思っているので、
能天気だね〜はわたしにとっては褒め言葉です。

褒めてね〜よ!って言われても褒め言葉です。

それがわたしにとっての真実。
いった相手がどんな真実を持っていようが
受け取ったらわたしのものです。

わたしの自由な解釈をすればいい。
それも、わたしにとっての真実です。



まだまだ、次のシーズンのドラマは始まらないですよね。
10月の第2週目くらいからかな?
それまでに何とかこの作品は見終えるだろうけど
もうひとつくらい観れないかな〜。

ドラマ「あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜」

第8話、「真犯人はアンタだ」を観ました。

保険調査員・杉本(生瀬勝久)は
善男(小日向文世)に以前多額の生命保険が
かけられていた記録を発見し、
みずほ(小西真奈美)と三波(今井雅之)が共謀して
保険金殺人を企てていたんだと確信をもちます。

三波は生きており、
みずほの2人目の夫の死にも絡んでいるとみて、
11年前の飛行機事故とその時の記録を調べ始めます。

一方、姿が見えなくなったリカ(栗山千明)を探していた
平太(松田龍平)が電話で呼び出されました。

呼び出したのはリカの父親が借金をした相手、丸山(眞島秀和)で、
リカはそのオフィスに捕らわれていたのです。

平太は2000万円を作るのに
「あと4日待ってくれ」と告げて
丸山のもとからリカを連れだします。

しかしリカは、善男の意志を尊重しようとする平太に、
不安感を募らせるのでした。

その頃、みずほのオフィスには館道(平泉成)が、
介護衣服のプロジェクトに使いたいと、
しのぶ(吉高由里子)を連れて来ます。

しのぶはみずほがよしおの元妻であることに気づき・・・



「真実は人の数だけあるのかもしれない」

それぞれが思惑を持って善男の周りにいます。
それを感じているのか、善男がナレーションで言いました。

これは、ある意味真実だと思います。

同じものを観ても、一緒に同じ体験をしても、
そのことへの解釈は人によって違います。

もう、どれほど前だったかわかりませんが、
そのことに思い至ったときは
とても孤独に感じた記憶があります。

いまでも、そのことを考えると
孤独感がチクリと戻ってきます。

でも、わたしは大失恋をしたことがあって、
その失恋から立ち直るときにさらにその先に
考え方が行き及んで、その孤独感を
受け入れられるようになりました。

その考えとはこうです。

「真実は、人の数以上にある」

どういうことか?

さっきも言いました。同じ物事を経験しても、
その捉え方は人それぞれ。

でも、1人の人の捉え方も一つではないんです。

失恋したときには、自分の身体が半分
引きちぎられたような痛みを感じましたが、
数ヶ月後、立ち直るきっかけとなったのは、
次のような思考を自覚した時でした。

「いやいや、ちょっと待てよ。
そもそも、あの人(元恋人)と知り合う前は、
その存在すら知らずに、幸せに生きてきたんじゃないか。
もともと無かったものなのに、
自分が半分引きちぎられるわけがないよね。
なかったモノが一回くっついて、また元に戻った
そう思えば良いんじゃないの?」

捉え方が変わると、心の中の苦しみも
スッと消えていきました。

本当に好きな人だったので、
半身が引きちぎられるほどの痛みというのは真実です。
そういう経験ができたことは、
今となってはありがたいことだと思っています。

でも、もともと無かったものがまた無くなっただけ。
というのも真実です。

だから、一つの出来事から二つの真実が生まれた。
これは、考えようによっては三つも四つも
同じ真実から解釈を生みだせるということです。

真実は人の数だけある。

わたしと別れた元恋人は、わたしとの出会いや
付き合った期間の事、そしてわたしとの別れを
どのように受け止めたのでしょうか?

それはその元恋人にとっての真実です。

同じ時をともにすごしても、
それはわたしの真実とは違っているでしょう。

そのことに気づいたときに、
わたしは自分が幸せになれる人間だという真実、
わたしはもともと幸せな人間だという真実に、
気づくことができました。

真実は人の数だけある。

誰かと接して、分かってもらえず
寂しさを感じたら、呟いてみてください。

真実は人の数以上にある。

そうすれば、そのことへのあなたの新しい解釈が
見つかってよりよい未来へ歩きだす力が
スッと湧いてくるはずです。


               全ての物語のために









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2015年09月26日

ノンフィクション「田宮模型の仕事 田宮 俊作 著(文春文庫)」その6 夢のかなえ方、勘違いしていたかもしれません



夢がまたひとつ、かないました。

10歳、小学5年生の息子と一緒に
ガンプラ…ガンダムのプラモデルを
作ったんです。

一緒にプラモデルを作ったといっても
息子が作るのを手伝ったという話ではありません。

息子は息子自身が選んだキットを、
わたしはわたしが選んだキットを作りました。

同じ部屋で、それぞれのプラモデルを作る。
これは昔、小学生のころに
友達と一緒にやったことです。

息子は、ガンダムのアニメには興味がありません。

でも、変形物のおもちゃは好き。
トランスフォーマーのオプティマスプライムや
モジバケルなどは器用に遊んでいます。

そんな息子がプラモデルと作ってみたい
と言い始めたのは夏休みの最初の頃。

どんなのを作りたいのか聞くと
「ガンダム」と以外にも即答。

わたしの弟の家に連れて行くと
きれいに組み立てられたガンプラが
何体も飾られてあるので、
それで興味を持ったのかもしれません。

今月初め、「劇場版 弱虫ペダル」を
観に行った日に、弟と息子と3人で
プラモデル屋さんへ立ち寄りました。

わたしは迷わず初代ガンダムの
最新バージョンのモデルに吸い寄せられました。

息子は完成した作品を飾ってある
ショウウィンドウを行ったり来たり。
ガンダム系のモビルスーツか
ザクなどジオン系か、はたまたティターンズ系の
モビルスーツか…

直感的に自分の中で系統わけをして
どの系統にするかで悩んだようです。

最終的に彼が選んだのは
発売されたばかりの最新バージョンですが
初代ガンダムのライバル機、
シャア専用ザクでした。

息子のガンプラデビューを記念して、
工具(ニッパー)と今回のプラモデルは
わたしの弟から息子へのプレゼント。

わたしは自分で28年ぶりに手にする
ガンプラを抱えてわくわく。

そして、一週間後、日曜日に
息子と半日かけて、一気に組み立てました。

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20年近く前に購入して、
今回で3度目の読破だったのですが、
やっぱりこの本は買ってよかった。
また、しばらくしたら読みたくなるだろうな…

ノンフィクション「田宮模型の仕事」

田宮 俊作 著(文春文庫)


6度目の紹介ですが、総評として
最後にもう一度題材にさせてください。

プラモデルの世界では世界一と言ってもいいほどの
クオリティーを持っている世界の田宮模型。

プラモデルへ初めて進出した時の決断や
初めての金型製作、箱絵、メーカーの垣根を越えた
戦艦シリーズの企画、
世界の兵器博物館を巡って
実物の戦車や戦場で活躍した車などの取材、
F1マシンの取材、ラジコンの開発、ミニ四駆のヒット…

模型を愛する人たちが
どこのメーカーよりも真剣に没頭した結果
気が付けば世界の田宮になっていた…



本当にキラキラの純粋な元気が湧き上がってくる
かつて男の子だったおじさんたち、
かつてプラモデルに夢中になった時期がある
おじさんたちには、とてもおすすめのノンフィクションです。

タミヤのプラモデルは基本的にスケールモデルです。

スケールモデルというのは、
実在する車や飛行機などの模型。

スケールモデルに対してガンダムなどのように
アニメや漫画の世界を模型化しているものを
キャラクターモデルというそうです。

そしてキャラクターモデルの代表が
バンダイから発売されている
ガンダムのプラモデル、通称“ガンプラ”です。

田宮模型のプラモデル開発への
あくなき挑戦を読みながら、28年ぶりに
バンダイのガンプラを手にして驚きました。

こちらも間違いなく世界一のキャラクターモデルだと思います。

同じ1/144スケールのガンダムでも
そのプロポーション、各関節の可動域、
組み立て方…すべてが
驚くべき進化を遂げていました。

もう、色を塗らなくてもかなりの完成度で再現できますし
接着剤を一切使わずに組み立てられる。
しかもそれが非常に作りやすいのです。

息子もわたしも関節部分を組み立てながら
「なるほど〜!こういう仕組みなのか!!」
と何度も感動の声をあげました。

田宮模型の開発の歴史を読んでいると、
ただ一生懸命に実現したいことを実現してきた。
その連続が進化の過程となっているというのがわかります。

このバンダイのガンプラもそうなのでしょう。
初代ガンダムもHG(ハイグレード)、MG(マスターグレード)
RG(リアルグレード)などいくつかのバージョンが開発され
それぞれのグレードの中でもまた
バージョンアップを繰り返しているようです。

もっとこうすれば、もっとよくなる。
もっとよくするにはどうしよう。
その繰り返し。

わたしが一生懸命ガンプラを作っていた28年前の
感覚で今回作ったガンダムを見ると、
もう、それこそ夢のようなプラモデルです。

それを、わたしは自分の息子と一緒に
プラモデル作りを楽しむなんて
「大人になったら…」の夢の世界を実現したわけです。

模型ファンにとっては、
わが子と酒を酌み交わす…
それに近い夢の実現ですよね。

わたしが28年もプラモデルを作らなかったのは
飽きてしまったからではありません。

たしかに中学・高校生のころは
映画を観る方に一生懸命になり
一時期興味が離れていたことはありましたが、
ここ数年は、本来好きなことなので
「いつか余裕ができたら」と思って我慢してきました。

大人ですから、まずは家族の生活が優先。
自分の趣味は後回し(・・・って、映画は観まくってますが^^;)

しかし、息子が自ら作ってみたいといえば別です。
息子が興味を示すなら体験させたい…
父が一緒に作ることを楽しみにしてくれるならと
自分も今回はキットを買って、ともに作ろうと思ったわけです。

それが思わぬ気付きを得ることになりました。

息子も組み立て自体を存分に楽しみ、
次は何を作ろうかと待ちわびている状態なのですが、
それはそれとして、
わたし自身がとても楽しかったのです。

いつか落ち着いたら・・・

いやいや、落ち着いてなんかいません。
でも、作っちゃった。
そしたら、思いもかけず楽しかった。

落ち着いたら…そんな「いつか」は来ていないし、
そもそもいつくるのか?

でも、夢、かなっちゃいました。

毎日コツコツ夢に向かって頑張っていたつもりでした。

でも、それって、夢を自分で遠くに置きすぎていないか?
もっともっと、今、かなえられる夢ってあるんじゃないか?

夢をいつの間にか追うものだと決めつけすぎていなかったか?

もっと「今」かなえるにはどうするか?
それをクリアしながら…

そう、田宮模型がひとつひとつその時々でやって来たように、
そしてバンダイがまったく触れなかった28年間の間にも
ひとつひとつ実現し続けてきたように、
今、夢かなえられる夢からどんどんかなえていくこと。

いつかの夢を追うより、今実現できる夢を重ねる。

それが正しい夢のかなえ方なんじゃないか?

ちょっとコレ、わたしにとって
かなり大きなパラダイムシフトですよ!



                全ての物語のために


















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posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする