2017年03月25日

ドラマ「下剋上受験 #10(最終話)」勉強ってなに?を捉えなおしてみる。



このドラマの感動的なラストで
受験をのりきった後、中学生生活を送っている
佳織の言葉がとても印象的でした。

「勉強は、世界が変わります」

これは真理ですよね。
誠の理。とても当たり前の理屈。

勉強をすれば世界が変わる。

でも、不思議なことに社会人になってみると
沢山勉強をしてきて
そこそこの大学を出たエリート
・・・のはずの人たちが自分の世界を変えられず
四苦八苦しているのでしょうか?

それは結局、エリートというには中途半端で
勉強が足りなかったということでしょうか?

そこそこの学歴じゃダメで
やはり東大とか慶応とか名のある大学を出て
官僚なり医者なり弁護士なりに
なれるくらいの学力を付けられなかった
”負け組”ということなのでしょうか?

今でも、朝の電車の中や朝のコーヒーショップ
などなど、スーツを着た働き盛りの
おじさんたちが黙々とお勉強をしています。

わたしもそんな中で、勉強をしているひとりです。

さあ、コレでどう世界が変わるのか?



やっと観ていなかったドラマを
まとめて見れました。

ドラマ「下剋上受験」
第10話(最終話)


を観ました。

約1年半かけて桜井家が挑んだ中学受験。
その結果が今出ようとしていました。

佳織(山田美紅羽)に中学受験をさせる
と決めてから約500日。

紆余曲折を経て迎えた桜葉学園の合格発表。

信一(阿部サダヲ)と佳織は合格者の
受験番号が張り出された掲示板から
自分の番号を探します。

一方、香夏子(深田恭子)や一夫(小林薫)
居酒屋ちゅうぼうの仲間たちは
信一からの連絡を待っていました。



この作品も息子を妻が先に観ていて
「面白かった〜!」
と気持ちを込めて言うほどですから
ただのまとめ的な終わり方には
ならないだろうと思っていましたが
最後までちゃんと面白く、感動的に
魅せてくてましたね。

このドラマに関しては、わたしは第一話から
危惧しているというニュアンスを含めて
取り上げてきました。

誤解のないようにいっておきますが、
このドラマ大好きですよ。
毎回のように感動して泣いていましたからね。

家族全員で楽しみに観ていました。

でも、危惧はずっとしています。
アドラー心理学の団体と衝突したり
視聴率で伸び悩んだり、いろいろ話題のあった
「嫌われる勇気」よりずっと多くの人が
ある注意をしながら楽しむべきドラマが
この「下剋上受験」だと思って観てきました。

最後までその感触は変わりませんでした。

それは、なにかというと、
「お勉強」に対する捉え方です。

世の中にはお勉強ができてバカな人は
いっぱいいる。

学歴にコンプレックスがあって、
’エリート’という言葉にトゲを含ませてしまう
人たちの多くはお勉強ができてバカな人に
ひどい扱いを受けたりした経験がある人も
多いはずです。

でももちろんエリートの中にだって
マトモな人はたくさんいますよね。

このドラマに出てきた楢崎や徳川社長などは
マトモな人たちの方に入るでしょう。

そして、今現実に朝勉をしている社会人の人たち。

彼らもきっとそうでしょう。

でも、何かがズレている。
わたしたちがやらなきゃならないことって
そういうことじゃないんじゃないかな?

と、ずっと思っています。

新しいことを覚えるのはとてもいいことです。
でも学力を付けること、英検何級とか
なんたらの資格をとるとか、
そういうことではないんですよね。
勉強って。

たくさん勉強したはずなのになんで?
まだ足りないの?

と思っている人たちにこそ、
お勉強に対する捉え方を変えてみて欲しい。

お勉強はすれば学力はあがります。

佳織は公立とは違う学力という意味で
レベルの高い学校に行きました。

でも、佳織自信もそういう意味で
世界が変わると言ったわけではないですよね。

勉強をする喜びを知ったのでしょう。
それは、学ぶことそのものへの探求心かもしれないし、
学んだことでつながる新しい出会いかもしれません。

いずれにせよ、学ぶという行為により
知らなかったことを知り、
知ったことを使って、新しい可能性や価値を
自ら作り出していけている。

だから世界が変わる。
自分の人生、自分の世界を変えていける。
そういう意味ですよね。

英語力があがれば転職に有利なのも
資格があればキャリアアップに有利なのも
よくわかります。

でも、その英語力を使って誰になにを伝えるのか?
誰とどんなことを語り合うのか?

その資格勉強で身につけたスキルを
自分のどんな特性と組合わせて
どんな新しい価値を生み出していくのか?

そういうことですよね?

いっぱい勉強をがんばってきたのに・・・

そう、いっぱい頑張ってきた。
でもそれは今を変える力ではありません。
今を変える力を生み出す材料にすぎない。

いっぱいお勉強をしてきたというのは
いっぱい材料を集めてきたということ。

あるいは効率よく材料を集める
訓練をいっぱいしてきたということです。

じゃあ、次になにをするのか?

その材料を使って「作る」「造る」「創る」

あなたなりの今を変える力を生み出していく。

それがお勉強を頑張って
世界を変えるということです。


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2017年03月24日

アニメ「鬼平 #11 むかしの男」そして、あなたはイイ男




結婚するまでは身体の関係を持たない!

みたいなことが当たり前だとされていた
大昔ならいざしらず、
いまの時代に、恋人の過去を気にする男が
実は結構多いようですねぇ。

まあ、時代に関係なく
0歳で生まれて一生懸命思春期を乗り越え
成長していくのは一人の男の一生として
今も昔も変わらないということでしょうか?

そう考えると、その操の守り方に対する考え方、
貞操観念がいまよりもずっとずっと厳格だった
その大昔に、こんな態度でいられた
この男は本当に器の大きな男だったんでしょうね。

今の時代に観ても、普通にそう感じるのですから
イイ男、そして、イイ女というものの
根本的な基準というのは変わらないものなのでしょう。

それが本物ということなのかな。



ドラマ「弱虫ペダル」を見たときに思いましたが
やはり元の話が良くできていると、
アニメ化だろうがドラマ化だろうが映像作品も
良いモノができるんですかねぇ。
いや、原作を殺しちゃう映像化失敗もあるもんな…
やっぱり、これもかなり成功している作品ですよ。

アニメ「鬼平」
第11話「むかしの男」


平蔵の留守中、妻の久栄にある男から
手紙が届きます。

手紙には
『明日四ツ、護国寺、門前の茶屋よしのやまで…』
と書かれていました。

差出人は近藤勘四郎。久栄は息を飲みます。

近藤はむかし久栄が初めて恋仲になった相手でした。

一人で指定の場所に出向く久栄。
ふすまを隔てて対話する久栄と勘四郎。

「長谷川平蔵の妻を、何用あって呼び出された」
と毅然とした態度をくずさない久栄でしたが、
去り際に「屋敷へ戻って、驚くなよ」と勘四郎に言われます。

屋敷に戻った久栄を待ち構えていたのは…



むかし、父が中村吉右衛門さんの
ドラマ「鬼平犯科帳」を観ている時、
わたしは中学や高校生だったころですが、
多岐川裕美さん演じる久栄を観ながら
「この奥さんがまがイイ女なんだよ〜」
と何度も言っていました。
「うちのお母さんも負けてないけどよぉ」
という一言を忘れずに(笑)

十代とは言え、そのころはわたしも
大人への階段を上っていた頃…

一緒に観ていて分かりました。

器量のいい女性というのがどういうものか。

今回の話の最後で鬼平が久栄のことを
「イイ女だ」と勘四郎に言うシーンがありますが
一緒に観ていた息子は「そして、あんたはイイ男だ」
と鬼平に向かってつぶやいていました。

12歳の少年にも分かる、これは男の器量でした。

それだけ、根源的なカッコよさなのだと思います。

勘四郎が牢屋に入っていて、
出張から戻った鬼平が何を企んだんだ?と
聞きます。

勘四郎はただ、自分が久栄の昔の男だと
バラしてやりたかっただけです。

鬼平は笑います。

そんなことは承知の上で娶ったんだよと
笑い飛ばすわけですね。

まあ、勘四郎がまたちっちゃな男だったわけです。

それだけに、イイ男・イイ女の見本のような
鬼平と久栄の器量の大きさ深さが
分かりやすく浮き彫りにされました。

どうすれば、自分の器を広げられるのか?

わたしたちは男も女も関係なく、
常々探求していきたいものです。

あなたはイイ男ですか?イイ女ですか?


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2017年03月23日

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION #11 決着」先輩が尊敬されるときってどんなとき?



この人の言うことなら素直に聞けるな。
と思える尊敬する先輩がいます。

しかし、わたしは自分が先輩として
ある程度の尊敬を受けなければならない立場
になると言うことを考えたことが
ありませんでした。

というか、今でも考えるのは苦手です。

でも、今回のお話を観て考える機会を得ました。

そして、安心しました。



3週連続でワクワクさせられながら
泣かされています。

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION」
第11話「決着」


を観ました!

1年生ウェルカムレースは、
2年の杉元も参加して混戦。

1年生の大本命、鏑木と段竹、
そして弟・定時とのシンクロ走法で
驚異の追い上げを見せた杉元。

両者のゴール争いが白熱します。

杉元の想定外の食らいつきに
動揺した鏑木の目を覚まさせたのは
彼がインターハイを走ることを
信じて疑わなかった段竹でした。

・・・そして、ウェルカムレースのあと

鏑木は先輩らしくない坂道くんに
不満を抱くのでした・・・



まだ、観ていない人も多いでしょう。

あらすじは、控えめにしておきます。

今回おもしろかったのは
・・・全部ですが・・・
アツいレースの部分は置いておいて
描かれ方がおもしろかったのは
鏑木視点による『先輩らしさ』でした。

レース後、鏑木は自分の背中を押す杉元を
先輩として尊敬します。

しかし、いつも気弱でひ弱な感じで
オドオドしている坂道くんのことは
尊敬できない。

この対比と、鏑木が杉元と坂道くんを
尊敬し始めるまでのプロセスが
面白かったんですね。

レース中、鏑木は杉元のことも
「へぼい」やつだとタカをくくっていました。

その「へぼい」はずの杉元が
想像を絶する食らいつきを魅せます。

鏑木が体験したことのないほどの
衝撃だったようです。

ソレもそのはずです。
エースの今泉や鳴子、キャプテンの手嶋たちでさえ
驚くような走りだったのですから。

そして、坂道くん。

鏑木と坂道くんは練習で、組まされ
マンツーマンの練習という名のレースをします。

坂道くんも牧島先輩と走りましたね。
アレです。

先輩らしくない坂道を置いて、
ぶっちぎったつもりの鏑木でしたが、
登坂で独り坂道への不満を吐き出していると
「ごめんね」とすぐ後ろから聞こえます。

坂道くんは最初からぴったりと
張り付いていました。

鏑木はそれでも気弱な坂道くんに
「本気で走って下さい」といいます。

そして、本気で坂を上り始める坂道くん

鏑木が坂道くんを尊敬し始める瞬間です。
とんでもないハイケイデンスによる登り。
しかも楽しそうに笑顔。

つまり、鏑木が先輩たちを先輩として
尊敬し始めたポイントはギャップ。

ただ、「じゃあギャップを魅せればいいのか」
とまるでモテない男子がモテるように
なるマニュアルを読んだときのように
単純にギャップを演出しようとしても無駄です。

これはあくまでポイントの一つ目。

大事なのはここからです。
そのギャップはなにによって生み出された
どんなギャップなのか?

です。

杉元が本気で尊敬され始めたのは
レースでの衝撃がきっかけではありませんでした。

その後で、杉元は鏑木の背中に手を当て
思いを伝えます。

杉元は格好を付けたかったわけではありません。
ただ素直にそうした。
自分の全てを出し切った後の
澄んだ気持ちだったのでしょう。

坂道くんの登りもそうです。
素の坂道くん、つまり先輩らしくしなきゃとか
ヘんな気負いのない坂道くんです。

自分の素の部分で、しかも本気を出している。

素で本気、これがあるから伝わる
『本当のその人』というのがある。

普段の姿とは違う本物をそのときに感じる。

これがギャップにって大事なこと
なんだと思います。

そしてこれは、ギャップを意識するようなことで
生まれるものではない。

素なのですから。

そして、杉元と坂道くんにはもう一つ共通点が
ありました。

それは後輩への思いやりです。

素とはいっても
自分のことしか考えていないのではなく
素のままで、後輩を思いやっている。

つまり、素直に先輩になれていたんですね。

わたしも気がつけば、
先輩として扱ってくれる後輩がいます。

尊敬されることを意識してやってきたことはない。
でも、それでいいんだと思いました。

ただ、自分にできることを素直にやって、
目の前にいる人、これは後輩だろうが
同僚だろうが、先輩だろうが
家族だろうが関係ないけれど・・・
その人への気配りを持てるくらいの自分では
あろうとすること。

それだけはいつも意識していければ
自然と先輩をやっていることになるんですね。

あなたも素で一生懸命楽しんで
ほんの少しだけ、周りの人に気配りを
分けてあげてみて下さい。


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2017年03月22日

ドラマ「嫌われる勇気 #10(最終話)」あなたは弱い人です



自分のことが嫌い。

手放しで自分のことを好きだと言えるほど
脳天気な大人は少ないかもしれません。

しかし、幸せに生きている人たち、
正確に言えば、幸せを実践している人たちは、
自分のことを好きであろうと
日々努力しているものではないでしょうか?

わたしもまだ、自分のことで
好きになれていない部分、嫌いな部分は
結構たくさんあるようです。

日々の生活を送りながら
多くの物語に接していると
自分のそういう部分に気づくことが
多くあります。

他者は自分の鏡

相手にイライラするとき、
相手の欠点を観て、嫌悪感を抱くとき、
それは自分の中にある同じ部分を
許せていないから・・・

だから、自分を好きになれれば
人のことも許せるようになる。

それは、無駄なストレスを必要としない
幸せなことですよね。



ラストのセリフは続編への伏線か
原案本での続編への誘いか
いずれにせよ、このドラマと原案本を
好意的に見ていた人にはニンマリと
させられるいい終わり方でした。

ドラマ「嫌われる勇気」
第10話(最終話


やっと見れました。

病院を抜け出した青山(加藤シゲアキ)は、
大文字(椎名桔平)の研究室に駆け込みます。

室内を物色し、見つけた古いファイル。

そこには、18年前の蘭子(香里奈)の
誘拐事件の記事や、赤い印が付い地図、
誘拐されていた当時の蘭子の写真がありました。

現在監禁されている蘭子のもとへ、
大文字がやってきます。

大文字は、気を失っていた蘭子を起こし、
拘束を解きました。

撃たれて倒れている土方(寿大聡)と、
そのそばに落ちている自分の銃に気付きます。

そこへ、青山と道子(飯豊まりえ)が
やってきました。

青山は、銃を拾い大文字に向けると、
蘭子から離れろ、と強い口調で言います。

その後、検証の結果、現場に残された足跡が、
土方と警察関係者を除くと、
大文字のものだけだとが分かります。

半田(升毅)は、大文字を取り調べ、
監禁場所にいた理由を問い詰めます。

大文字は、蘭子が監禁されているのなら、
18年前と同じ場所の可能性があるからだと
説明しますが、半田は、監禁場所は
公開されていなかったことを指摘します。

大文字は、この状況だけで
自分と土方が共犯関係だと考えるのは
浅はかだと反論します。

蘭子とともに取り調べを見ていた青山は、
あなたが「メシア」だろう、
と興奮して大文字に迫るのでした。

任意の取り調べが終わり、
立ち去る大文字は、すれ違いざま
蘭子にハンカチを手渡します。
そこには、メモがはさんであり・・・。



確かに刑事ドラマとしては
ストーリー展開は基本通りです。

そういう意味で”新しくない”という批判も
あったのかもしれません。

しかし、心理学の一つであるアドラー心理学を
テーマにした自己啓発書を、
刑事ドラマというわかりやすい型にはめて
ドラマ化しようとしたわけですから、
刑事ドラマとしてスタンダードなのは当然です。

むしろ、この試み自体がすでに
飛びっきり新しい。

実際にスタンダードな展開の中で
暴かれていく謎は、当たり前の刑事ドラマとは
違っていて、関わる人たちの
心理的な謎にまで踏み込んでいます。

反抗に及んだ動機という当たり前のレベルではなく
その動機にまつわる心理的な謎を解いていく、
つまり普通の謎解きドラマの一層も二層も
奥の謎に踏み込んでいるわけです。

自己啓発書やビジネス書の多くが
そうであるように、このドラマもまた
成長の準備ができている人にしかわからない
という面が非常に強かった。

ということでしょう。実際わたしもまだ、
わからないところは多いし。

さて、真犯人の予想はしていたのですが、
見事に外れてしまいました。

まさかそっちかよ!

と・・・

ありがとうございます。ちゃんと面白かった!

その真犯人を追いつめた蘭子と青山が
犯人と対峙しながら緊迫の”セラピー”が
始まりました。

そして、あかされる謎。

そこには犯人と蘭子の父の過去、
そしてそれに関わる蘭子の過去が隠されていました。

蘭子が犯人に言いました。
「あなたは弱い人間す。私の父も・・・」
と、

しかし、蘭子は殺人という安易さは
完全否定しながらも、どこかその
彼らの弱さは受容し、受容できたことで
蘭子自身の表情も穏やかになったように
感じられました。

蘭子が蘭子自身の弱さを思い出し
そんな自分を受け入れることと
父たちの弱さを受け入れることが
同時に起きたのです。

どこかの回でトラウマの否定ということが
大文字によって語られました。

蘭子はその意見を受け入れられずにいました。

確かに蘭子がこのときにしたことは
過去を思い出し受け入れることによって
前に進めるようになった・・・

とも言えるのかもしれません。

しかしそれは、過去・現在・未来に関係なく
物事の解釈を、”今ここ”で改めたにすぎません。

蘭子は自分の弱さを受容できた。

自分を好きになるのは、それよりも
数歩先ことではありますね。

受け止めるだけではなく、許すだけではなく、
好きになる。愛おしむということですから。

でも、過去の嫌いだった自分を思いだして
その自分を愛おしむことができたら
人を許せる心は格段に深まります。

あなたは弱い人間です。

そういわれたときに、そうわたしは弱い人間。
と受け止めることができ、
そんな自分の弱さを愛おしむことができるか?

そういう自分を目指していくと
穏やかな気分の日が増えてくるでしょう。

はじめは逆に荒れるかもしれないけど。
だって、大嫌いな自分と向き合うわけですからね(笑)


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2017年03月21日

アニメ「鬼平 #10 泥鰌の和助始末」親より先に死んじゃあ絶対ダメ!



NHK「おかあさんといっしょ」で活躍後も
爽やか元気なキャラクターでCMなどでも
活躍されている弘道お兄さん。

彼が「オーラの泉」に出演した時だったかな?

子供たちが元気でいてくれること
それだけが一番の望み・・・というか
とにかく切実な魂の底からの祈りだと
いうことが伝わってくる場面がありました。

前世とからめたり、霊的な透視みたいなことを
やりながら対話するみたいな番組で、
「前世でわが子を亡くしているんじゃないか?」
みたいなこと考えてしまうほど
子どもたちの命について考えると
たまらなく心配になるのだと
弘道お兄さん自身が涙ぐみながら
語られていたように記憶しています。

いつも笑顔の弘道お兄さんが見せる
切実な表情がとても印象深い場面でした。

確か美輪明宏さんも江原啓之さんも
そんなに心配しなくて大丈夫だから
みたいに弘道お兄さんを
安心させる言葉をかけていました。



「進撃の巨人 シーズン2」スタートまで
あと10日ですね〜。観るアニメが増える!

アニメ「鬼平」
第10話「泥鰌の和助始末」

を観ました。

ふすまの隙間から読み物をしている平蔵を
覗き見している娘・お順。

平蔵はお順に「どうした」と声をかけます。

「いそがしいんでしょ?」と聞くお順。
優しく「そうでもない」と平蔵は答えます。

そのとたん、お順は平蔵の膝に駆け込み
「またお話をして」と嬉々としてねだりました。

平蔵は、見事な“お盗つとめ”を果たした
大工のことを思い出します。

その大工とは泥鰌の和助。

日久々に浅草に戻った和助は、
大工仲間の孫吉一家に再会します。

孫吉の息子である磯太郎は、
実は和助の実子でした。

訳あって赤ん坊の頃に
孫吉夫婦に引き取ってもらったのです。

和助は立派に育った磯太郎の姿を見て
喜んでいました。

ところが磯太郎は、働いている紙問屋
「小津屋」の旦那に濡れ衣を着せられ、
その後縊死。

孫吉と女房のおひろまで
身投げをしてしまいます。

和助は復讐を果たすため小津屋に
盗みに入ることを決意するのでした…。



本当にこのアニメは毎回お見事!

30分枠という時間の縛りを
上手に使っています。

テンポよく進みつつ、描かれない部分には
余韻を残す。

今回のお話は、人の子の親として
胸をえぐられるようなお話でした。

磯太郎は、実の親、育ての親、
両方に最大の親不孝をしてしまいました。

これはダメです。

先日、3月17日、福岡市では
一斉に小学校の卒業式が行われました。

わたしも妻も息子の卒業式に立ち会いました。

体育館での式が終わった後、
教室で担任の先生が子どもたちに
最後のメッセージを伝えていました。

若い体育会系のハンサム先生でした。

先生にも二歳のお子さんがいるのだとか。

先生から二つのメッセージが子どもたちに
伝えられます。

親たちはコの字になって子どもたちの
周囲に並んでいます。

わたしは教室の後ろ、ちょうど教卓の
真っ正面に立っていました。

ゆっくりと言葉を切りながら、
真剣に親身に一人一人に思いが伝わるよう
話されているのが先生の眼から伝わります。

そのメッセージの二つ目が
「死ぬな」でした。

どんなことがあっても、親よりも先に死ぬなよ
・・・と。

どんなに辛いことがあっても
生きてさえいればまた幸せになりようはある

そういうことを伝えようとしているのが
ひしひしと伝わってきました。

言葉にこそしませんでしたが、
先生は自ら命を絶つことはもちろんのこと
病気やけがなど、健康のことも含めて、
とにかく生きなさいと伝えたかったのでしょう。

子どもたちも、中には涙を流しながら、
真剣に聞いていました。

どんなに辛いときも・・・

どんなに辛くても生き抜く力について、
実はそれが、先生のメッセージの一つ目でした。

人生は楽しいことばかりではない。
キツいこと辛いこともいっぱいある。
でも、楽しめ。
楽しめというのは、一生懸命になれること、
真剣に取り組めるものを見つけなさいということ。
真剣に取り組んで達成する。
失敗しても成功してもそこから得るものがある。

それが、先生の言う人生を「楽しみなさい」
なんだと。

親は、わが子が苦しんでいれば
自分が代わってやりたいと思うほど
胸を痛めます。

でも、そういうことも含めて
わが子がこの世にいるという奇跡を
心のそこから喜んでいるものです。

表面上はそうは見せないことが多くても。

親だけではありません。

関わってきた人の中には必ず
大切に思ってくれている人がいる。

あなたが元気であるというだけで、
心の底から喜んでくれる人は必ずいます。

だから、とにかくちゃんと生を、
生きると言うことを全うする。

わたしも息子にそれだけは望みます。

そして、わたしも両親にとって
そういう存在であることをわすれずに。

あなたもそれだけは守って下さい。


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