2017年02月24日

「ランナウェイ/逃亡者 (2012)」何よりも強い、幸せに生きようとする動機を手に入れた幸運



話題のフジテレビ系列のドラマ「嫌われる勇気」は
刑事ドラマですが、2013年にベストセラーとなった
「嫌われる勇気」というアドラー心理学に関する
書籍が原作になっています。

小説が原作ではなく、自己啓発のコーナーや
心理学のコーナーに置かれているような本が原作。

この「嫌われる勇気」は実直だけど
それだけに迷える、悩める青年と
哲学者である哲人との対話形式で
アドラー心理学がわかりやすく解説されていく
ストーリー形式でした。

青年と哲人の話は、その続編
「幸せになる勇気」で完結します。

昨年出版された「幸せになる勇気」は
「嫌われる勇気」から三年後。

図書館の司書を辞め、教員になった青年が
哲人に教わったアドラー心理学を
教育に役立てようとしたが現実では役立たない!
と、再びアドラー心理学と哲人の哲学を
否定しにやってくるところから始まります。

哲人もアドラー心理学を知ってから
即座に理解・実践できたわけではないと言います。

ただ一つ哲人が「幸運だった」というのは
アドラー心理学を知ったころ、自身が子を授かり、
わが子の教育を通して実際に学んでいくことができたと。

わたしも結婚後、息子が成長していく姿を見ながら
「神様って、粋だな〜」と思い、その“順番”で
その奇蹟を授かった幸運を大切にしたいと思いました。

それが…



久しぶりに、ハリウッド映画で公開時に
TVなどでCMも流れなかったような
ひっそりと目立たなかった作品を観ました。
2012年の作品。

「ランナウェイ/逃亡者」

を観ました。

1969年、ベトナム戦争反対を世に訴えるため、
連続爆破事件を起こした過激派組織ウェザーマン。

FBIの最重要指名手配リストに記載された後、
彼らは突如消息を絶っていました。

30年後、元メンバーの一人(スーザン・サランドン)が
自首をしようとしたその日、FBIに拘束されます。

それにより再び話題を呼び始めたこの事件の
調査にのりだしたのが地方新聞の記者、
ベン(シャイア・ラブーフ)。

FBIの支局に努める学生時代の友人を頼り
情報の断片を入手したベンは、
誠実に穏やかに暮らしていそうな雰囲気の
シングルファーザーでもある弁護士、
ジム・グラント(ロバート・レッドフォード)に
接触します。

翌朝、ジムは娘を連れて早朝に家を出て…



タイトルから想像させるような派手な
逃走劇ではありません。

確かにジム・グラントが逃げますが、
それよりも、そこに隠されている秘密が
浮き彫りになっていく過程、そして明かされる秘密が
この作品の核です。

監督もロバート・レッドフォードが勤めていました。

30年、自分たちの身元を隠していた元テロリスト。
もう、初老のおじさんおばさんたち。

テロリストと言っても、学生運動から始まったもの。
それが人を殺傷するほどの事件を起こした仲間と
そこまではしなかった仲間がいた。

ジムが逃走中に、キーパーソンとなるある人物と
対話をするシーンがあります。

活動当時の仲間です。その人物は未だに
国・政府の腐敗を憂いて、憎んでいました。

娘を持つ親となったジムはその人物に
「君の目はあの時のままだ」と言います。
娘の写真を見せ、自分が成長したということも
伝えます。

しかしその人物は「そうはならないと誓い合ったはず」
と、しわくちゃの顔で10代後半か20代前半の頃の
情熱をそのままぶつける。

一方、新聞記者のベンはまだ若い青年です。
そのまっすぐな情熱で新聞記者をやっている。

ベンは事の真相に近づいていきます。
その真相を持って、ジムと再び向き合うとき、
ベンはなぜ30年も耐えてこられたのか?
なぜこれからも耐えられると思うのか?
ジムに聞きます。

娘がいるジムは言いました。

「それが動機だ」と。さらに言います。
「キミもそんな動機を持て」と。

冒頭、物憂げなスーザン・サランドンが
朝娘や息子を見送り、決意を込めた表情で
最後に夫を見送ります。

そして、記者のベンはつかまっている彼女に
インタビューをする。

彼女も元過激派ながら、親になることで
変わった=成長した大人の一人でした。
彼女がベンに語ったのもまさにそのことでした。

わたしが今、仕事や人生について
考えながら行動しているとき
その動機となっているのは確実に
息子の存在そのものです。

結婚後、息子が成長していく姿を見ながら
「神様って、粋だな〜」と思い、その“順番”で
その奇蹟を授かった幸運を大切にしたいと思った

というのは、“愛”について、
理屈や目指すべき理想でもなくて、
実感として理解できたからです。

それまでも、妻を愛すると決めて結婚をしましたが
“無条件で愛する”という感覚を
「ああこれか」と質量をもって自分の中に実感できたのが
息子への思いを明確に自分の中でつかんだときです。

そして、妻への思いが、
まだ同じ質にまで高まっていないことを確認できた。

妻への思いの目指すべきステージが
具体的になった瞬間でした。

誓いを立てる結婚という状態の時には
“わかっているつもり”だった愛を
子どもが生まれてから「これが愛だよ」
と示してくる。
この順番が粋だなと思い、
この感覚を子を授かるという幸運で
このことを学べるという奇蹟に感謝したんですね。

もちろん今でも感謝している。

“妊活”という言葉が流行るほど、
望めば誰でも授かるというもありません。

母子ともに健康に出産を迎え、
息子は今も健やかに育ってくれています。

そしてわたしは息子の存在によって
世界のとらえ方自体が変わりました。

それはそのまま、
幸せに生きようとする動機にもなっています。

この動機は若いころに夢や理想を
追い求めていた頃の“情熱”とは比べ物にならない
別次元の強さを持った動機です。

とてつもない喜びを伴う動機。

ジム・グラントがベンに言ったように
「こういう動機を、お前も持て」と
息子に言いたい。

この喜びをぜひ味わってほしい。

そのためにも、これがどれだけ幸せなことか
身をもってわたしたち両親は息子に示さないといけない
と思っています。



                 全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月23日

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION #7 最後の走行会」眠れるあなたの才能を起こすには、まず眠れ!



自分と向き合うことを
このストーリーセラピーでは大切にしています。

物語に触れるということは、
自分と向き合うこと。

喜ぶこと悲しむこと、笑うこと興奮すること
感情を刺激されること、
それを味わうこともまた
自分と向き合うことにとても役に立つ。

だからこのブログは精神的なことや
概念的なことばかりになりがちです。

でも、わたし自身の毎日の生活を
リアルに振り返ってみると、
実は意外と身体からチェックする。

…んだなあと、改めて思っています。
それはもう起きた瞬間から始まる。

身体の感覚でよく眠ったか
眠りが浅かったのか、
疲れはとれているかなど
身体の調子を瞬時にチェックしています。

血圧が高いほうではないせいか、
すぐにベッドから飛び起きるということは
地震のとき以外経験したことがありません。

横になったまま、まどろみながらの時間を
数分過ごして、最近は身体を起こして
ベッドの上で5分〜10分ほど首を回したり
腕や背中を伸ばしたり。

調子が悪いときはこの時に分かります。
ホントに身体が重い。

もっと寝たい〜!と、まあ特に寒い時期は
思いますよね。

ゆっくり休めていないと特にそう。

睡眠が充分でない時は極力
大切なアイディアを出そうとしたり
大きな決断が必要な熟慮などは
避けるようにしています。

それと、自分の感情にも気をつけるようにしています。
寝ていないとイライラしやすい。
怒りを人にぶつけて良いことなんてない。

心と密接につながっているのが身体の調子。
その基本はしっかりした睡眠と休養だと思っています。



大切な「ウイングマン」というマンガを探したのですが、ない。
「昭和アホ草紙あかぬけ一番!」も、ない。
前々年の断捨離の時に売っぱらってしまったのか?
いやいやそれは無いだろ〜。
自分にとっての原点を思いだす大切な思い出の作品なので
売るなんて考えられないので非常に動揺しています。

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION」
第7話 「最後の走行会」


を観ました。

総北高校のライバルである箱根学園では、
伝統の3年生追い出しファンライドが
始まろうとしていました。

ファンライドと言っても最強を自認する箱学。
120qにも及ぶ本気のレースが始まります。

福富たち3年VS泉田たち新世代の対決。

箱根学園の"王者"としての意志を受け継ぐため、
そして憧れの3年たちを超えようとする新世代。

そして、それを迎え撃つ3年生たち。

まずは2年生で新キャプテンとなった泉田と
3年生・新開の、エーススプリンター対決が
スタートします。



新開と泉田の熱く感動的な対決…が、
もちろん今回のお話の最大の見どころです。

が、取り上げたいのは
レースが始まる前の真波くんに向けられた
先輩たちの言葉。

真波くんはインターハイで坂道くんに
本気の一位争いで負けて以来
真剣に落ち込み、重圧と戦ってきました。

いつもフワッとしていて、自由で、
気負いなど感じられなかった真波くん。

そんな彼が、キリッとした顔で
責任感を前面に押し出して
自分がみんなを引きます!

なんて言う。

先輩たちはそんな彼に
「らしくない」というんですね。

肩に力が入っている。力み過ぎだと。
お前は不思議ちゃんだろうがと。

そして坂を登るときのとてつもない
集中力こそが君の才能だと。

集中力はしっかり眠らないと発揮できない。
そのためには休養も必要だっただろうと。

そう、今まさに準備ができた不思議ちゃんは
寝た子を起こされた。

そんな瞬間を描いたお話しでもあったわけです。

わたしたちは追い詰められると必死になります。

もちろんギリギリの状態で発揮される
とてつもないパワーというのは本当にある。

潜在能力が目覚める瞬間。
火事場の馬鹿力。

でも、その潜在能力を無意識のうちに
コツコツと鍛えていくのが健康管理
なんだと思っています。

とくに精神的な健康管理、
つまりメンタルヘルスを重要視しているから
このブログはメンタル面の話が多くなるのですが、
メンタル面の健康管理をするにも
身体の健康管理あってこそ。

なんですよね。

わたしはずっと自分のベストコンディションを
探し続けてきました。

もちろん今も続けています。

だから早起きにはこだわった。
結局そこには早寝がセットにある。

でも、例えば夜8時に寝て、
7時間半の睡眠をとって、
朝3時半に起きても、
起きている間の調子のいい時間は
意外と短かったりする。

何時ごろに寝て何時頃起きるのがベストなのか?
よく眠るためには起きている間に
どういう状態であることがよいのか?

などなど、まだまだ課題はいっぱいあります。
年齢や季節によっても違ってくるでしょうし。

でも、出来るだけ多くの時間を
幸せを感じること、人生を味わいつくすことに
集中したい。

感受性が万全に、好調に開いている状態を
出来るだけ多くつくりたい。

そのためには身体の健康管理は
精神面と完全にセットで重要事項です。

幸せ力の肝でもあると思っています。

あなたは昨日、よく眠れましたか?
明日良い選択ができるように今日はよく寝ましょうね。

今日よく眠るために、今はしっかり今を使って、
心地よく疲れて、眠る前の数時間は
じっくりクールダウンして下さい。

きっと「よく寝た〜!」と思えるようになります。
そして、良い朝を迎えてください。


              全ての物語のために

…オレはちょっと鍛えんとな











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月22日

ノンフィクション「ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母の話 ああちゃん・さやか(ビリギャル) 著 角川書店」家族という言葉にマイナスの感触を抱いているなら宝の地図を教えます



子どもがゲームばかりして無気力。
遊んでばかりで勉強をしない。
反抗的で親の言うことを聞かない。
何も話してくれないからイジメられてやしないか心配。

夫が自分や家族のことを理解してくれない。
自分は飲み歩いているクセに
家庭へ入れるお金は食費もままならない程度。
価値観が違いすぎる。
性格が違いすぎる。
教育方針が違いすぎる。

妻の小言にうんざりで家に帰りたくない。
若いときの可愛かった妻とは別人だ。
何をやっても文句しか言わない。
娘も息子も最近はオレを避けている。
こんな家族を守るために働いているのか?

両親が離婚するんじゃないか?
どうか家族がバラバラになりませんように!
お母さんとお父さん、どっちについていくの?
ボクはそんなにダメな子なんだ。
ワタシなんか産まなきゃよかったのに。



書いていて涙が出そうになるくらい
全ての言葉とその言葉の裏にある祈りに
心がヒリヒリしてしまいます。

かつて自分が子どもで、青春を過ごし、
今は結婚をして、子どもも生まれて、
結婚生活を続けている。
家族と生きている。

そういう人たちには、多かれ少なかれ、
感じる部分があるのではないでしょうか?

夫婦、親子、家族。
そういった関係を続けていく中で、
何も問題がない。

なんてことは決してなく、
多くの場合は今挙げたような気持になることなんて
何度でも何度でも経験していくものですよね。

わたしも今の愛する家族との毎日の生活で
体験したこと、それから子どもの頃や
青春時代に体験したことと重なって、
涙が出るくらい胸にくるものがあります。

でも、そんな思いをするからって
自分を否定してふて腐れるのではなく、

そんな思いをしたくないからと
相手を否定して怒ってばかりいるのではなく、

そんな思いをするのは無駄だと
無視して何も感じないようにするのでもない。

そういうことを乗り越えるのが“家族”
というものなのではないでしょうか?

乗り越えるというのは、問題がないのではなく
まずは乗り越えるべき問題が
起こってくれないと始まらない。

つまり、幸せな家族、平和な家族は、
問題が起きていない家族なのではなくて、
そういう問題を乗り越え続けている家族。

なんですよね。

そんな問題なんて、起きて当たり前なんです。
家族なんて。

でも、実際に問題に直面しているときは
そんな風にはなかなか思えませんよね。

本当に乗り越えられるんだろうか?
って不安でたまらなくなったり、
なにより寂しくてたまらない。

もっともっと、毎日喜びに満ちて
感謝や愛に溢れた日々を過ごしたい。

いつも笑っていられる環境で生きていきたい。

そう願うのは当然のことですよね。

そのために必要なのは、自分を開くことです。

何を開くのか?

感受性です。感じる心。
そしてその感じる心のアンテナをどんどん広げて
感度をどんどん敏感に研ぎ澄まして磨いていく。

普通は好きなことに夢中になっていれば
こういう感受性はどんどん磨かれて行きます。

でも、好きなことがわからない。
見失ってしまった…という人には、
好きなコト探しから始めないといけないことになる。
好きなことが分かる感受性があれば
そもそも感受性で悩まない。

ですよね。

でも大丈夫です。誰にでもできる簡単なことがある。
好きかどうかはとりあえず置いておいて
とりあえず触れてみれば自然と感受性を
広げてくれるものがあります。

それが“物語”です。

すすんで小説を読むという行動が面倒なら
ドラマや映画をただ観るだけという
受け身なものでもいい。

ずっと画面を見ているのがイヤ
拘束されるのがイヤ、でも字ばっかりの本はイヤ。

ならマンガだっていい。

物語にも種類があります。
フィクションとノンフィクション。

作り話と実話。

これもどちらでもいい。

物語どのように感受性を広げるのか…?

わたしは昨日の朝、出勤ラッシュの地下街で
駅の改札口を出てくる大勢の人たちに
顔を見られたくなくて顔をそらすように歩いていました。

なぜなら、通勤ラッシュにそぐわない
今にもこぼれおちそうな涙を見られたくなかったから。

わたしは泣きそうになっていたのです。

「100%のヒーローなんて いるわけないよと
わかっているのに 君の前だと張り切りすぎて
ついついハートが オーバーヒート
WING LOVE 飛べない空も
WING LOVE 諦めないさ
WING LOVE 眩しい翼
君が 心にくれたから〜」

先日、休日に、息子が口ずさんでいたのを
思い出して、何だが溢れて来たのです。

コレはわたしが小学生の時に好きだった
アニメ「夢戦士ウィングマン」のテーマソングです。

YOUTUBEでそのエンディングテーマの動画を見て
覚えた息子が気に入って口ずさんでいた。

「ねえチチ、ウィングマンのマンガ読みたい」
「いいよ。今度、押入れから出しておくね」

そんな会話を息子としました。

「健太くん(主人公の少年)は優しいもんね〜」
そう言ってわたしが好きなアニメや映画を
いつも認めながら一緒に観てくれていた母。

自分がどんな思いで見守られていたのか?
今息子を同じ思いで見守れていること。

地下の改札口を次から次へと出てくる人の流れを目にして
なぜか、そんな思いが次から次へとこみ上げて来て
涙があふれてきてしまったのです。

感受性がビンビンになっていました。
自分でもびっくりするような感受性の開き方です。

幸福感や感謝の深さもこの時はハンパじゃありません。

もちろんこんな体験は、感化された直後の
ちょっと過剰な状態ではあります。

でもこういう経験の積み重ねが
いつもの日常の中でふとしたこと、
当たり前のことを幸せに感じとれる感性を
育ててくれる。

それは間違いありません。

わたしはこの直前まで、あるノンフィクションの本を
読んでいました。
電車の中、朝マックで食い入るように読んでいたのです。
面白くて面白くてのめり込んでいるうちに
危うく時間を忘れて遅刻しそうでした。

でも、その物語に触れていたおかげで
感受性が超敏感になっていた。

そのときの本が

「ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母の話」
ああちゃん・さやか(ビリギャル) 著 角川書店


です。

AAchan.jpg
http://amzn.to/2lJSsEx

大ヒットした映画「ビリギャル」
これも感動的な映画でした。
弟と映画館で観て、わたしは泣いていました(笑)

映画は実話を元に、俳優さたちが演じたつくりモノ。
でも本当に笑いながら観れて感動するいい映画でした。

そのビリギャルの本人・さやかさんと
そのお母さん・ああちゃんが書いた本。

「ビリギャル」の原作となった本
「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」
は、さやかさんが通っていた塾の先生・坪田信貴さんの著書

さやかさんの受験のエピソードが中心で
その背景として家族や学校、友達が描かれている…
いや、未読なので映画を見た感じで
多分そうなのだと思います。

単行本では坪田先生の勉強のコツみたいな解説も
書かれているようですが、
文庫の特別版は、物語の部分に絞って書かれているようです。

その「ビリギャル」と違うのは、
さやかさん本人視点のビリギャル物語を挟みつつ
主軸はお母さんのああちゃんの言葉でつづられる
家族奮闘記。

夫との長い長い冷戦と関係の再生。
そして、長女さやかさん、長男、そして次女。
夫婦の失敗、子育ての失敗、
家族の失敗を通して成長してきた
家族全員をああちゃんの視点で描いている。

ノンフィクションはやっぱり濃度が違うな〜
ノンフィクションに比べると、小説なんて
全部ライトノベルじゃないか…

なんて、特にエンターテインメントなフィクションを
推しているストーリーセラピストとして
内心じくじたる思いも持ったりしつつ、
その読みやすいのに生の想いが伝わってくる
家族みんなの物語にぐいぐい引き込まれました。

このブログで取り上げたいような含蓄のある言葉、
幸せ力の引き出し方を示唆するエピソード、
キリがないくらい出てきますが、
それを書いてしまうのはもう無粋です。

ぜひともああちゃんの言葉に触れてください。
その経験から滲み出る言葉に。

そしてさやかさんや妹のまーちゃんの言葉が
つづられている部分では、
子どもたち(子どもだったわたしたちも含め)
みんなそれぞれの視点、感受性を持って、
いっぱいに両手を広げて世界を受け止める感受性が
あるんだなと本当に清々しい気持ちで受け止められます。

一つだけ、スト―リセラピストとして救われた
エピソードを本の中から紹介させて頂きます。

この家庭では「メリーポピンズ」と「長くつ下のピッピ」
のビデオが繰り返し観られていたようです。

その物語から育まれた末っ子まーちゃんの感受性が
ああちゃんに発信した言葉…
子どもたちはこんなにも瑞々しい感受性はを持っている。

本当に感動的でした。是非、読んでみてください。

ああちゃんも仰っています。

「 子どもの心というものは、のびやかに育てれば、
1本のビデオ、1冊の本、ひとつのお話から、
このように多くのものを汲み取れるのです。
 人生において、大事なことを、ちゃんと
受け止めてくれるのです。」
(P224〜225より引用、改行はブログ筆者による)


なにより、この家族の物語がわたしたち
家族をもつ多くの人たちにとって
強い希望になるような、宝物のような物語です。

もう一度、映画「ビリギャル」観たくなっちゃいました。

あ、息子が学校から帰ってくる前に
「ウイングマン」を押入れから出しておかなくちゃ。



                 全ての物語のために


















タグ:ノンフィクション ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家族を再生させた母の話 ああちゃん さやか ビリギャル 家族という言葉にマイナスの感触を抱いているなら宝の地図を教えます 子どもがゲームばかりして無気力 遊んでばかりで勉強をしない 反抗的で親の言うことを聞かない 何も話してくれないからイジメられてやしないか心配 夫が自分や家族のことを理解してくれない 自分は飲み歩いているクセに 家庭へ入れるお金は食費もままならない程度 価値観が違いすぎる 性格が違いすぎる 教育方針が違いすぎる 妻の小言にうんざりで家に帰りたくない 若いときの可愛かった妻とは別人だ 何をやっても文句しか言わない 娘も息子も最近はオレを避けている こんな家族を守るために働いているのか? 両親が離婚するんじゃないか? どうか家族がバラバラになりませんように! お母さんとお父さん、どっちについていくの? ボクはそんなにダメな子なんだ ワタシなんか産まなきゃよかったのに 夫婦 親子 家族 何度でも何度でも経験していくもの 幸せな家族 平和な家族 問題が起きていない家族なのではなくて 問題を乗り越え続けている家族 なにより寂しくてたまらない 毎日喜びに満ちて 感謝や愛に溢れた日々を過ごしたい いつも笑っていられる環境で生きていきたい 感受性 感じる心 物語 小説 ドラマ 映画 ただ観るだけ 受け身なものでもいい ずっと画面を見ているのがイヤ 拘束されるのがイヤ 字ばっかりの本はイヤ ならマンガだっていい フィクション 作り話と実話 WING LOVE 夢戦士ウィングマン 感受性がビンビンになって 自分でもびっくりするような感受性の開き方 実話を元に 原作 学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話 坪田信貴 エンターテインメント ストーリーセラピスト 家族みんなの物語にぐいぐい引き込まれ 幸せ力の引き出し方を示唆するエピソード ぜひともああちゃんの言葉に触れてください 長くつ下のピッピ その物語から育まれた末っ子まーちゃんの感受性
posted by ストーリーセラピスト at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月21日

ドラマ「下剋上受験 #5」古き良き時代という言葉は最高な未来への贈り物



古き良き時代

なんて言いますね。
わたしはノスタルジックな感情を抱くことが
決して嫌いではありません。

しかし、今が最高だと常に思おうと
今は決めています。

古き良き時代は確かにあった。

でも、その言葉が使われるとき
多くの場合「昔は良かった」という意味で
使われることが多くありませんか?

昔は良かった…けど、
今はその良さが無くなってしまった。

…と。

放っておくと、「あの頃をもう一度」なんて
昔に戻そうとするような風潮まで出てきたりする。

そういう流れの全てを否定するつもりはありませんが、
基本的にはそういう流れ自体に
疑問を感じるのがホンネです。

古き良き時代は良いのです。

古き時代が良き時代だったのなら
今はその良き時代の上に積み重ねられた結果です。

だったら更によくなっていないとおかしい。
古き良き時代…だったのなら
新しき更に良き時代が今であるはずでよね。

懐古主義…なんて言葉もあるようですが、
昔の価値を本当に知るのなら
今を否定するなんて本末転倒。

尚更、未来に対して恥ずかしくないように
そして古き良き時代に泥を塗らないよう
今の良さにちゃんと気づいてしっかりと活かして
未来にバトンをつないでいかなければならない。

なんか、へんなこと言ってますかね?

そんなに昔が好きなら、今をもっと好きになるのは
必然だと思うんですよね。
当然未来への希望が強くなることも。



仕事で結婚式に行きました。生後6ヶ月の
赤ちゃんを連れての新郎新婦。
日々成長して変わっていく我が子を見つめる
わたしたち夫婦とダブって、何とも言えない
幸せな気持ちになりました。

ドラマ「下剋上受験」
第5話


を観ました。

夫の信一(阿部サダヲ)が勤めていた会社で
自分が働くことになった香夏子(深田恭子)。

逆に専業主夫になった信一は、
娘の佳織((山田美紅羽)と、
受験勉強に専念することになりました。

そんな中、佳織は風で欠席を続ける同級生の
麻里亜(篠川桃音)の自宅を訪ねました。

麻里亜は自宅で受験勉強をするために
学校を休んでいるようでした。

麻里亜のすすめで桜葉学園の過問に
挑戦することになった佳織。

しかし佳織は落ち込んで家に帰ります。
満点だった麻里亜との落差に
ショックを受けたのでした。

その様子をみた信一は、今の実力を
正確に知るために全国オープン模試を受けることを
佳織にすすめます。

一方、楢崎哲也(風間俊介)について
仕事を覚えようと必死の香夏子は、
持ち前の人当たりの良さで担当客から気に入られ、
早速仕事にやりがいを見出していました。

信一は香夏子の生き生きとした姿を見ながら
戸惑いも覚えているようです。

そして模試当日。
会場には徳川直康(要潤)と娘・麻里亜の姿もありました。

徳川は信一にいろいろと聞きたいことがあったのです。



だいぶ遅れてしまいました。
下手をすれば2週くらい遅れちゃうのかな…

と思いつつ、観てみるとやっぱり面白いですね。

さて、妻と夫の役割が大きく入れ替わった
信一と香夏子。

それぞれ、一生懸命なのですが、
お互い慣れない生活で戸惑いながら
ストレスをため始め、
ある出来事がキッカケで口論となってしまいます。

信一の父・一夫(小林薫)がその間に入って
二人の荒れかけた感情を治めてくれました。

一夫は“時代”を、今ようやく感じていました。

男が働きに出て女は家を守る。

そんなことを言っていられる時代ではなくなっている。
今、身にしみて感じているのでした。

時代が変わった…

しかし、一夫からも信一からも香夏子からも
そのことに対する焦燥感というか
マイナスの雰囲気は感じられませんでした。

カラッと受け入れている。受け入れようとしている。

いいと思いますね〜こういうの。

時代を変えていけ!って感じです。

どんどん。

それは、一夫の世代が頑張ってくれたからこそです。
信一の世代が今頑張れる土台は一夫の世代が
つくったことに間違いはない。

それが無ければ佳織という信一と香夏子にとっての
かけがえのない宝は存在しえないのですから。

今、コマーシャルで、
「わたしたちはスマホで育つ初めての世代」
みたいなナレーションが流れますね。

わたしが生まれた時にはカラーテレビも
冷蔵庫もエアコンも洗濯機も
ぜ〜んぶ揃っていました。

1台だけ白黒テレビが残っていたことで
父や母の世代が頑張って生活を良くしてきた
足跡の名残りを無意識に感じていたような気もします。

毎年年末年始には、父方・母方の祖父母の家に行き
親戚が集まって、父や母、伯父たちの
子どもの頃の話を笑いながら聞いていました。

間違いなく古き良き時代に支えられた今がある。

わたしたちが育ってこれた肥えた土になってくれている。

だったら、スマホで育つ今の世代は
わたしたちがどれだけよく肥えた土になれるかで
わたしたちの今を“古き良き時代”と
言ってくれるかどうかが決まりますよね。

それは、彼らの未来を彼ら自身が
肯定できているか?
ということと直接つながっていることでもあります。


                全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月20日

アニメ「鬼平 #6 盗法秘伝」カタチか中身か迷ったら



組織の中にいると、おかしな光景を
頻繁に目にします。

一生懸命仕事をして、実績を上げている人が
ほとんど出世しない、評価されないでいる
その傍らで、明らかに仕事をしていない人が
どんどん出世していく。

そういう人は、上へのアピール力には
確かにたけている。

じゃあ、その人の本当の仕事の内容が見えれば
上の人もその人を評価しないのか?

というと、実はそういう人の方が
都合がいいから評価されやすかったりする。

いや、本当の意味での評価ではないですね。

「扱いやすい」とか
「自分のズルさがばれ難くそう」とか
そういう意味での評価なわけですから。

でも、そんな人たちばかりで
組織が運営されると
どうなっちゃうんでしょうね…
結果は見えていますよね。

ところが、どんな組織もギリギリのところで
バランスがとれているもので、
一方では誠実に仕事に取り組んでいる人がいる。

まあ、平和なわたしたちの生活のなかでは
善人と悪人がいるのではなく、
ちょっと怠け心が強い人と、
真剣に取り組む傾向が強かったり
生真面目立ったりする人がいる。

大きな目でみれば、善良な人たちの中での
差のお話なんですけれど。
それでも、自分がどっち側にいて、
本当はどちらが幸せになれるのか?

時々チェックしてみるのは
悪くないと思いますよ。



一人で「ウォーキング・デッド」を観ようと
早起きを試みたのですが、中途半端な早起き
となってしまいました。でも・・・
1時間のドラマは観れなくても30分のアニメなら!

アニメ「鬼平」
第6話 「盗法秘伝」


を観ました。

京へと向かっていた平蔵は、
お供の忠悟をうまく追い払って、
一人を満喫しようとします。

山中で男女の二人組を助けますが、
奉行所の者たちに囲まれ、
その二人は罪人だと言われます。

違和感を感じながらも身を引く平蔵。

一人でまた歩いていると、
一人の男と道連れになります。

平蔵に惚れ込んだというこの男、
実は「伊砂の善八」
という盗人だったのです。

その善八に腕前と人柄を見込まれた平蔵は、
悪名高い升屋市五郎の屋敷への盗みを
持ちかけられます。

決行の日、2人は計画通りに
市五郎の酒屋「升屋」に忍び込みます。

いざ金箱をかついで脱出しようとすると、
金箱が多すぎてあと二人は助けがいる
と言いだし・・・



「ルパン三世」のアニメを作っている
トムス・エンターテインメントが作っている
このアニメ「鬼平」。

今回の話はその「ルパン三世」に
通じる部分がありました。

なんといっても盗賊改め・鬼の平蔵が
盗人と組んで盗みに入るのですから(笑)

善八が平蔵に惚れ込んだように、
平蔵もまた善八をおもしろいと
気に入っていたのでしょう。

そして、升屋と奉行所が連んでいることも
その理由のひとつです。

つまり、平蔵がやったことは
表向きには泥棒。犯罪です。

しかし、そこには悪を懲らしめる
という本筋があった。

善八は、平蔵を盗みの助っ人に誘うときに
盗賊の掟を話します。

人を殺したり、犯したりはダメ。
それから、真っ当に生きている人から
盗むのもダメ。
盗む相手は、ズルく金を巻き上げている
悪いヤツに限る。
・・・と。

升屋も奉行も表向きは法に触れることは
何もしていないのかもしれません。

しかし、升屋が奉行に金すを渡すことで、
升屋に有利な商売ができるように
奉行が取りはからっている。

升屋と奉行所で結託して、
街の人たち摂取しているわけです。

そして、最初に平蔵が助けようとした
二人組はその被害者の代表でした。

こうなれば、どっちが善でどっちが悪か
言うまでもありませんね。

エンターテインメントの王道とも
いえる今回のお話。

わたしたちの社会は、ほとんどの場合、
大勢の善良な人たちで回っています。

でも、みんな少しずつ怠け心を持っている。

わたしもそうです。
ゆっくりしたいし、のんびりしたいし、
面倒なことはしたくありません。

だから、ちゃんとやらなきゃならないときに
葛藤が生まれることだって
当然あるわけです。

そんなとき、外側だけつくろうのか、
周囲から迷惑がられても真っ当で在るのか。

どっちを選ぶかはわたしたち次第ですが、
どっちが気持ちいかは、
自分の胸に聞けば、一瞬でわかりますよね?


        全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする