2017年11月21日

ドラマ「先に生まれただけの僕 #6」わたしたちのリーダーはヒーローじゃないけど



わたしはヒーローものの映画が大好きです。

マンガもアニメもヒーローものは好き。

青臭いほどのきれいごとに
命を懸けるヒーローたちを観て
胸が躍るし感動して涙もでる。

ドラマでも普通の職場に現れる
ヒーローのような人を描いたものは
大好きで、ハマると何度も見返します。

その名の通り木村拓哉さん主演の
「HERO」は等身大ながらヒーローでした。

映画やドラマの主人公が
予定調和の日常を真っ当さを貫くことで
予定調和ではなくする。

もっと真剣に取り組めば
日常はもっと面白い!

そんな風に思わせてくれるヒーローたち。

でも、映画やドラマのヒーローたちが
ずば抜けて手抜きをしなかったり
きれいごとを信念として持ちすぎていると
どうしても凡人にはついていけない部分がある。

エンターテイメントとして観ていて
気持ちよさは断然あるけれど
フィクションはフィクション、
自分たちとは違う世界のお話。

とどこかではっきり区切ってしまっている。

作り手としては、それはそれで
寂しい部分もあったりしないかなとも
思ってしまいます。

真剣であればあるほど。



このドラマは視聴率に合わせて内容を
変えていくような作り方はしてないようです。
だいぶ前から準備も制作も開始されていた。
まだ、このお話がどこに向かっていくのか?
わたしには見えません。

ドラマ「先に生まれただけの僕」
第6話


オープンキャンパスの成功で
京明館の評判が高まっている手応えは
周囲の中学や学習塾の反応からも
確実にありました。

鳴海(櫻井翔)は、次に開催する
学校説明会で学校をアピールし、
より多くの受験生の獲得、
そして入学してもらわなければと
意気込みます。

しかし、受験生にとって
現在の京明館の位置づけは
公立校の滑り止め、
そのギャップに釈然としないものを
感じているようです。

一方、聡子(多部未華子)は、
鳴海とちひろ(蒼井優)の関係が
明らかに気になっているようです。

そんな聡子の気持ちを知らない鳴海は
学校説明会の準備に忙しく、
彼女からのデートの誘いを何度か断ります。

そしてちひろのほうは、
真剣に学校改革に取り組む鳴海のことを
意識し始めていました。

学校説明会当日。

鳴海は、得意のプレゼンで
京明館の魅力を中学生や保護者たちに
アピールするのですが、
そこにも仕組まれた波乱が・・・。



面白いんですよ。間違いなく。
でも、本当にどこに向かっているのでしょう?

今度は恋愛の問題が出てきました。
とはいっても聡子と教頭があんみつを
食べているシーンで下手に色恋問題で
視聴者を引きつけようとしているわけでは
ないことは何となく感じ取れました。

「原案」福田靖とクレジットされるくらい
ですから、福田靖さんの作家としての
“何か”が全体を通して表現されるはず。

やはり軸は人の人間性にそった
プロフェッショナルというか仕事人というか
生き方や信念が反映された
仕事でのその人の在り方みたいなものが
福田靖さんの中にはあるんだろうなと
思える作品ではありますよね。

もしかすると、わかりやすい仕事の現場
だけではなくて、その人の背景も
全部ひっくるめて仕事につながっている
ようなことまで表現したいということなの
かな〜なんて勝手に想像しながら観ていました。

今回、また加賀谷が鳴海の邪魔をしようと
たくらみますが、クライマックスで
鳴海はリーダーシップを発揮します。

保護者の意地悪な質問に対して
真正面から正々堂々と自分の思いと
考え方を伝えました。

映像としては部下である職員たちを背に
自分が彼らの前に立つことで
そのチームのトップとして先生たちを
守るリーダーの姿勢も表現していた。

業種や職種は違っても、仕事において
大切なことは共通している。

商社だろうが、学校だろうが同じ。

福田靖さんが表現したいこと・・・
と考えならこれまでの彼の作品を思い出すと
非常に納得がいきます。

学校の先生が総理大臣になった「CHANGE」も
サスペンスミステリー的な要素が強かった
「真夜中の雨」も、カジュアルな格好でも
誰よりも検事の本分を全うする久利生公平の
「HERO」もイケメンなのに派手なことより
地味なことをコツコツ積み上げる弁護士の
「グッドパートナー」も・・・

結局全部、仕事を通してその人の真っ当さが
表現される。それが熱いんですよね。

でも、それをわかりやすいキャラクター
ではなくて、もっと普通の人たちの集まりで
表現したいというのもあるのかもしれませんね。

「HERO」「グッドパートナー」
「ドクターズ」は、主人公がみんな
ヒーローです。

このドラマの鳴海もやり手ではありますが
これまでのヒーローたちとは違う。

もっと等身大。
自分の本社復帰や
サラリーマンとしての評価なども
当たり前に頭のなかにある。

久利生公平とは真逆のキャラ設定の
アプローチなんじゃないでしょうか?

鳴海をみていると周囲にいる
がんばっているリーダーを思い出します。

ヒーローではないけど信頼できる人。
この人の下でなら部下の人たちは
不満がないとは言わないまでも
それなりに安心して働けるだろうなぁ
と思えるリーダー。

等身大のプロフェッショナル。
リアルな日常の中にいるプロフェッショナル。

そんな雰囲気。

爽快感だけのエンターテインメントな
ヒーローではなくて、小ささや
本当に大丈夫か?と思わせるような
危なっかしさもあって、
結局みんなで助け合いながら頑張るしかない
という状況を創り出すリーダー。

そんな難しいポジションの主人公を
描こうとしているのなら
このドラマは成功しているのかもしれません。

わたしたちの日常にいるリーダーたちは
決してヒーローではなくて
わたしたちとそんなに変わらない
ただの人ですからね。

         全ての物語のために



福田靖作品







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2017年11月20日

「シン ゴジラ」この国で何か起きたら



缶コーヒーのCMが好きです。

ジョージアの山田孝之さんがでているCM。

特に個人的に好きなのが
とび職の男とサラリーマンが隣掛けで座って
勝手にお互いの仕事のことを想像するもの。

はじめはお互い「楽そうでいいよな〜」
と思っているのですが、
「でももしもオレが・・・」
と自分に出来るか想像する。

そして大変そうだと気づいて
気持ちの中だけで「お疲れ!」
とねぎらう。
缶を捨てるタイミングが同じになって
「あ、どうぞどうぞ」と譲り合う・・・

これは、日本人じゃないと
わからないんじゃないかな?
でも、好きだな〜と思っていました。

微妙な空気感、
でもお互い知りもしない人への敬意もある。

この距離感は日本のとても大切なもの
なんだろうなと思います。



やはり地上波で映画が放送されると
わくわくしちゃいます。映画好き・・・とくに
わたしのようにテレビの洋画番組で
映画に親しんでいた映画ファンならではの
感覚なのでしょうか?

「シン ゴジラ」

を観ました。

東京湾アクアトンネルが崩落する事故が発生。

首相官邸では緊急会議が開かれます。

しかし、すでに様々な情報が出回っており
内閣官房副長官・矢口蘭堂(長谷川博己)が、
海中に潜む謎の生物が
事故を起こした可能性を指摘しました。

もちろん、あまりにも想定外のその話に
誰もついては来ないのですが、
報道でも巨大なしっぽのようなものが
映しだされ誰もが認めざるを得ない状態に。

水中生物なら上陸はないと
総理の公式発表がなされますが
その直後の海上に巨大不明生物が出現。

さらには鎌倉に上陸し、街を破壊しながら
突進していきます。

政府の緊急対策本部は自衛隊に対し
防衛出動命令を下し、
“ゴジラ”と名付けられた巨大不明生物に
立ち向かおうとするのですが…。



いや〜、見応えありました。
大人が観ていておもしろい日本映画、
しかも怪獣映画。

音楽はゴジラっぽい音楽も流れますが
エヴァンゲリオンのような音楽も
沢山流れていました。

会議のようなシーンが多いのですが
それでも緊張感が途切れず
テンポよく、最後まで身を乗り出して観れました。

内容はどうしてもかの大災害などを
想起せずにはいられませんでした。

でも、ゴジラへの対策をとっている人たちは
みんな不眠不休でがんばる。

政治家たちもなにが起きているか
いまいちことの重大さに気づかないうちや
新しくその任についたときなどに
「イヤだな〜」とかグチをこぼしている。

かっこわるいんですね。
本音が情けない。

でも、それは口に出しながらも
結局、国民のために
「自分が先に逃げるわけには・・・」
とか
「こんな形で歴史に名を残すのか〜」
と言いながら核攻撃を遅らせるよう
他国のお偉方に頭を下げたりする。

現場のスタッフたちも
家に帰りなさいと言われても
さっとシャワーを浴びて
また弁当をもって駆けつけて来ちゃう。

わたしは福岡の中地震のときに
オフィスにいました。
机の上のPCが飛び上がったり
棚が倒れたり・・・

外にでると地割れやら液状化やらが
起きている。携帯もつながらなくなり
家族に連絡もとれず、
家族のもとへ飛んで行きたかったけど
まずはみんなで仕事を立て直していました。

お客さまサービスセンターですから
お客さまの連絡にできるだけ迅速に
対応できるように急いで
立て直す必要があったんですね。

熊本地震にしろ3.11にしろ
阪神淡路大震災にしろ、
みんなそうやって近隣の人たちと
助け合いながら生き延びようとする。

もちろん他の国の人もそうでしょうが
そこに流れる隣人への敬意は
日本人には独特の空気感があるんですよね。

ちなみに長崎ハウステンボスで
夏の間設置されている海上のアスレチックが
ありました。

わたしが足を滑らして海に落ち
なかなか上がれずにいると
中高生かな?若い女の子が
手をさしのべてくれました。

わたしの息子も手を出してくれたので
女の子には「ありがとうございます」とだけ
伝えて息子の手を頼りに上りました。

女子中高生って「オッサン」を一番
嫌いそうなイメージがあったので
わたしの偏見だなとジーンと
胸が暖かくなりました

何かが起きてもこの国の人たちは
見ず知らずの隣人を見捨てない人が多い。

自分もそう居られるかな?


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2017年11月19日

アニメ「タツノコ・レジェンズ インフィニティ フォース #7 INSANE FATHER」家族にとってのヒーロー



わたしは息子にとってのヒーローでは
ありたいと思っています。

妻にとっては?

(笑)難しいでしょ?
パパさんママさんならわかりますよね。

でも、目指すところは
もちろん妻も含めて家族にとっての
ヒーローでありたい。

ヒーローでありたいというと
今ヒーローであれているみたいですから
訂正しましょう。

ヒーローに「なりたい」が正しいですね。

そのためにはヒーローって
どんなものか?

やっぱり心に描き続けていたいんですよ。
どんなに社会や大人の世界が
ヒーローに否定的でもね。



初めは格好良さだけで、
内容は期待しちゃいけないのかな?
と思っていたのですが、いつの間にか
入り込んでいて、今回はグッときました。

アニメ「タツノコ・レジェンズ インフィニティ フォース」
第7話「INSANE FATHER」


を観ました。

突然届いた父からのメール。

そこには「会いたい」の文字が・・・

笑は一人喫茶店へと出向きました。

静まり返った店内に人の姿はありません。

しかし確かに聞こえる父の声。
父は別の次元の“そこ”にいました。
こことは違う、並行世界のその場所に。

互いに顔を合わせることもなく、
十年ぶりに再会を果たした親子。

父、界堂一道は穏やかに、
次元を超えて笑に語りかけます。

その内容は父と娘、
2人の間の真実でした。

一方、笑の邸宅では、
健たちが“黒い自分たち”の襲撃を受けて・・・



息子と観ていました。

キミが笑みたいなことになったら
チチもハハも、笑のお父さんと
同じことを考えるかもしれない。

わたしがそう伝えると、息子は
「え〜!最低やん!」
とショックをうけていました。

親心としては非常に気持ちが解る話。

我が子の命を守るためなら
魂を悪魔に売り渡してしまうか?

超端的に言ってしまえばそういうこと。

でも、もちろん笑の父親が選んだ道が
間違っているのはわかります。

息子は自分を安心させるためでしょうか、
「最低やん」といったあとに
「現実にこんな別の次元に行く装置とか
作れんし、願いを叶えるケースとか
存在しないから大丈夫!」
とはぐらかすように言っていました。

まだ子どもだけど子どもじゃない(笑)

自分のために親が悪に心を売るなんて
子にとっても全く喜ばしくない。

それがリアルに伝わりました。

でも現実の世界でも、
自分たちさえよければ他の人は
どうでもいいとなってしまっている人は
沢山いますよね。

中国やアジア諸国では
子どもたちの誘拐は本当に怖い。

日本だって麻薬なんかは出回っている。

どっちも営利目的です。

アメリカのドラマで
「ブレイキング・バッド」
という凄い作品がありました。

自分の余命を知った真面目な化学教師が
家族にお金を残すために
化学の知識を使って最高純度麻薬を作り
売ってしまう話でした。

あまりに質が高いものですから
地元の麻薬王や、国境を超えた
ブラジルのカルテルまで敵に回して
凄いことになっていく。

とても現実味のある怖い話。

あれも、もちろん家族には喜ばれません。

みんな大人になるはるかに前から
やっていいことと悪いことの区別は
人としてわかるようになっている。

それなのにその境界線を超えちゃうのは
思考の枠のせいなんだろうなと思います。

結局、既存の枠、特にその中でも
自分が知っていることの枠の中から
安易に選んでしまう。

「こうするしかない」と・・・

笑の父ほどの知力があれば、
・・・「ブレイキング・バッド」の
主人公もそうですが・・・
彼らほどの知力があれば、
もっと他のアイディアだって出せたはず。

でも「こうするしかない」と
自分に言い聞かせて悪の道を選んだ。

「こうするしかない」
「きれいごとではない」

大人の世界ではそういう瞬間は
多々ありますよね。

別に法を犯すとか、モラルを犯すとか、
そういう話ではなくとも
法の範囲、モラルの範囲内でも
そういった葛藤は起きます。

こちらを立てればあちらが立たず・・・
って時があるでしょ?

でも、そういうときに考え得る道とは
全く違う道がないか?
その可能性をあきらめない人たち。

それがヒーローだと思うんですよね。

もちろん生まれてから死ぬまで
常に100%正しい選択ができる人を
ヒーローというんじゃないでしょう。

ヒーローだって間違うし
沢山失敗もしている。

それでも諦めない人たちではありますよね。
心折れても、諦めても、
再起できる人、何度でも立ち上がれる人。

そういう人たちだと思うんですよね。

「インフィニティ フォース」の
ヒーローたちも、それを魅せてくれようと
しているようです。


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2017年11月18日

ドラマ「民衆の敵 世の中、おかしくないですか!? #4」リーダーもリードされるかほうも知っておいた方がいい組織の本当の力の使い方



あいつ考えが浅いな〜
頭悪いな〜

と思う人がいたら・・・

逆に、組織の中で浮いていて
「考えなし!」
「足並みそろえろ!」
とあなたが言われている立場で、
自分はなにをやってもダメだな・・・

と思っている人がいたら、

どちらにも言います。

その組織でことをよりよく為したいなら
本物のリーダー論を学んでみたら良いと思います。

そして、人にはロジカルシンキングタイプと
ジャンプシンキングタイプがいて
その両方がチームを組むから
革新的なことがしっかりとした組織で
実現していけるのだと知る必要がある。

そして、自分たちのチームのメンバーが
それを知っておきお互いに
「頭が悪い!」「頭が固い!」
と揶揄し合うのではなく、
「その発想はできなかった!」
「そんなふうに計画すれば実現できるのか!」
と、お互いの良いところを持ちよって
助け合えるようにする必要がありますよね。



わたしが忙しいと、妻と息子は先に
録画されているドラマを観ちゃいます。
わたしが帰ると画面にまだ観たくなかった
ラストシーンが・・・!これは辛い!

ドラマ「民衆の敵 世の中、おかしくないですか!?」
第4話


佐藤家では智子(篠原涼子)と公平(田中圭)が
通帳を見ながら騒ぎます。

「記帳してきた」という智子。

議員になってからの初の報酬が
振り込まれたようです。

念願の報酬をもと焼き肉パーティーをする佐藤家。
娘を迎えに来た平田和美(石田ゆり子)も交えて
食事をしていました。

浮かれる佐藤夫婦に、
来年は税金も上がると釘を刺す和美は、
犬崎(古田新太)についてある懸念を抱えていました。

その頃、あおば市では開発が進もうとしていた
新しい港の建設、ニューポート計画の中止を
河原田晶子市長(余貴美子)が公約通りに宣言。

和美の新聞社では市長の独断を牽制し
世論を扇動するような一文が加えられ掲載さたのです。

もともとニューポート計画を推進していたのは犬崎派閥。
和美は新聞記事には動きが見えるのに、
犬崎たちがおとなしすぎるのが気になっていたのです。

市長と犬崎が和解するはずがない…と
それには智子も同感でした。

一方、小出未亜(前田敦子)は岡本遼(千葉雄大)が
地元商店街を蘇らせようと想いを持っていることを知ります。

商店街はすっかりさびれ、
電器店を営んでいた遼の実家も夜逃げした過去があります。

古い店がシャッターを閉める中、
ファミリーレストランには商店街のおばちゃんたちが
たむろしており…



犬崎さん何を考えているのか?
恐いですね〜

でも、やっぱり面白いですよ。

さて、今回は先々のことを考えず
勢いで突っ走ってしまう智子のやり方が
思わぬ事態を招きます。

思わぬというか、周囲はみんな
最初から心配していたので
そういう意味では予想通り。

新人議員研修室の他の仲間たちも
新聞記者の和美もわかっていました。

これは智子が主婦で経験がないから?
違いますよね。
智子はホンのこの前まで夫婦共働きで
社会に出ていた女性です。

これは、経験とその人がなにを目指しているか
によっても変わってくることですが、
それ以前にその人の特性というのもあります。

智子のように良いと思ったら
とにかくやってみる。

というタイプ。
直感型で、ぶつかりながらつまずきながら
修正しながら進んでいくタイプですね。

こういう人はバカだと言われやすい。
考えが浅いとか足りないとか頭が悪いとか。

日本人は圧倒的にその逆の
論理思考タイプ社会です。

ロジカルシンキング。理詰めで計画を立てて
しっかりと見通しを作ってから実行。
分析も理論的で改善もロジカル!

その代わり、一手遅れたり
そもそも尻が重かったりする。

特に普段の組織の動きなどはそう。

でも、災害時の対応などを観ていると
日本の動きは海外と比べると
凄みもあるようですね。

こういう時は出きる人が出きることを
さっとやるし、人を責める余裕もない。
みんな苦しんでいるから一緒にがんばろう
という気持ちで動ける。

もちろん現場の細々したいさかいや
まだまだ解決や対応が遅れている問題も
沢山あるでしょうが、
根本姿勢の問題としての話です。

このドラマでは犬崎が恐いのと同じように
市長も女性ですがなかなか腹のうちが
読めませんね。

でも、今のところは人を育てる
人を活かすということを
よく知っているように見えます。

智子が独りであのまま突っ走れば
彼女自身が言ったように
「出来ることも出来なくしちゃった」
だけで終わっていたでしょう。

でも、智子が手をあげず黙っていたら
事が動かなかった可能性は高いし
動いていても課題の発見も改善も
もっともっと時間がかかっていたでしょう。

大切なのは自分の正しさ正しさでは
解決出来ないことが
自分の中では「間違っている!」と思える
相手の正しさなら解決出来ることがある。

ということを知っておき
それを認めて手を組める度量を
持つことですよね。


         全ての物語のために



黒沢久子脚本作品







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2017年11月17日

ドラマ「刑事ゆがみ #5」ん?なんで、そんな風に考えるの?意味がわからない!って思ったら



先日電車で帰路についたときに
つり革につかまっていると
目の前の男女が猫について話していました。

平穏な会話だったはずなのですが
突如女性がムキになり始めました。

「猫がわがままだとか、自由だとか、
人にこびないとか、そういう発想をすること自体が
私には意味がわからないの!」

と・・・

どうやら人間の尺度で猫の在り方を評価せず
猫の世界をあるがまま観てあげなさいよ!

ということを、その女性は言いたかったようです。
内心『なるほどな…』と思いながらも一方では

「なんで〜って考えちゃうのか、理解できない」
「なんで〜と感じないのか、私には意味がわからない」

みたいな言い方をする人いるけど、
それはちょっと残念だな〜なんて考えていました。

……

わたしは平和に生きてきたんだな〜と
つくづく反省することがよくあります。

反省と言うか落ち込むというか…

それは、人の気持ちを想像できないとき…?
いや、それは正確な言い方ではありません。

本当は人の気持ちを理解できないのではない。

ちゃんと考えれば、ちゃんと気遣っていれば
すぐにわかる当たり前のことを、
常々考えておくという習慣が身についていない。

相手に対して悪意はないという自分を
相手はわかってくれている前提で生きている。

無意識のレベルでそう在る。

もっと若い時は、「あなたひとりっ子?」
なんて言われたこともあったような無いような。

そう言われることを自分がずっと
恐れてきたせいで、あったような気がしている
だけかもしれませんが、

まあ、こんな風に、このことについて考えはじめると
酷く自分でも自信がなくなって
気分が妙にソワソワしてくるんですよね。



ちょっと、「インディ・ジョーンズ」一挙放送とか
「シン・ゴジラ」とかマジでHDDがパンク寸前で
ワクワク状態です!!時間くれ〜

ドラマ「刑事ゆがみ」
第5話


弓神(浅野忠信)と羽生(神木隆之介)は、
花道署からの要請で
誘拐事件の捜査に協力することになりました。

誘拐されたのは、前花道市長を父に持つ
宇津巻京子(板谷由夏)と、
婿で市会議員の誠治(丸山智己)の
ひとり娘・真利奈(後藤由依良)。

弓神に協力要請があったのは、
7年前に弓神が解決した“ロイコ事件”を
想起させるカタツムリのマークが
誘拐現場に残されていたからです。

弓神は、喫茶店にいるヒズミ(山本美月)を
麻薬の密売人だと伝え、羽生に見張らせると、
ひとりで宇津巻邸へと出向きます。

花道署のもと同僚の刑事・久松(木下ほうか)と
合流し『ロイコ』の発禁運動で先頭に立ったのが、
前市長の宇津巻喜平だとわかります。

同じころ、喫茶店のテレビを見ていたヒズミは、
誘拐事件の報道でカタツムリの絵を見た途端、
激しく動揺し、店を飛び出すのでした・・・

そんな中、誘拐犯から、京子と誠治に
報道陣を伴って身代金を指定の場所に持ってくるよう
連絡が入ります…。



さすが漫画界、希代のストーリーテラーと表される
井浦秀夫さんの紡ぐ物語…

というのでしょうか?

最近のドラマは「10分拡大!」とか
1シーズンで何度も行われる、
正味45分でキッチリ、濃い内容で見せてくれます。

それは井浦さんだけではなく
脚本や編集の人たちの手腕も大きいでしょうが、
物語の中に秘められた秘密やトリックは
やはり井浦さんの原作あってのこと。

ホント1話目だけみてやめたりしなくてよかったな!

しかし、今回は焦っています。自分に。

なぜか?秘密が暴かれて犯人がわかって
…もちろんそれをここでネタバレはしませんが

その犯人の想いというか動機というか、
そういうものがわたしにはわからなかった…

珍しく、はなっからそれは自己中心的だと
もう全部わかったという態度の弓神も
よくわからなかったんですね。

たまにあるんです。こういうこと。

いや、本当はわかってるんですよ。
わかっているんだとは思うんですよ。

言葉にできるほど整理できないだけで
『ああ、なるほど』とドラマを見ながら
腑に落ちはしたので・・・

でも、歪みだったらちゃんと言葉にできるでしょうし、
それよりもこんなこと言葉にして説明するほどの
ことじゃないだろうという態度でもある。

そこまで瞬時にたどりつけない自分に
わたしは焦りを感じています。

こういう感覚って、後でポンッとわかります。
そりゃそうだよなって納得できる。

そしてジワ〜っと恐怖が襲ってきます。
俺はそんな当たり前のこともすんなり理解できずに
生きているのか?
そんなんで人と接していて大丈夫か?

と、怖くなっちゃう。

だって、知らず知らずのうちに人を傷つけたり
人に嫌な思いをさせて何も感じないどころか
気づきすらしない…という状況を
創り出している可能性があるわけです。

だから、自分の理解がやっと追いついたときには
自分の記憶の中から
「ああ、あの時あの人を失望させたな…」
なんて思い当たるフシが蘇るとゾッとしたりします。

でも、それに気づけないままだったら
って思うと、さらにさらにゾッとする。

だから、このお話の犯人と
犯人に対する歪みの態度については
わたしはちゃんと考えようと思います。

もう一度観るかもしれません。

「ああ、なんだそういうことか…
そりゃあ、そうだよな…。
あ、でも俺、これやっちゃってるな」

って、ちゃんと気づいてゾッとなるまで
考えないといけないと思っています。

自分の感じ方や考え方を持つのは
大切なことだとは思うんですが

「なんでそんな風に考えるの!?
こう考えればいいじゃん!」

というのは、例えそれがプラス思考でも
気持ちが追いついていない人にとっては
気分の押しつけ、考え方の押しつけになる。

だから、わたしはドラマなどを観ていて
「ん?なんだ?理解できないぞ?
追いつけないぞ?」
と思ったら、同意は出来ずとも
「意味はわかった」
と思えるまで考えるようにしています。

フツーの庶民なのに。
どこか浮世離れしている感覚があるので、
放っておくと本当にのほほんと平和に生きてきた
ただのお坊ちゃんになってしまうから。

少しでも自分を広げていかなきゃ。


            全ての物語のために









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