2017年08月19日

ドキュメンタリー「おさるのジョージ誕生秘話〜1735キロの大冒険〜」人目を盗んでサボっていたことに才能が眠っている!?



42歳という歳で、まだ夢を見ている。
なりたい自分になろうともがいている。

そんな自分を客観的に観ると
どうしても焦ってきてしまいます。

本当に大丈夫かオレ?

でも、幸いなことに妻も息子も
そんなわたしを黙って見守っていてくれます。

妻は内心ではいろいろあるようです。
わたしの働き方については
結婚当初も、いろいろな節目節目でも
何度も言い合いになったりもしました。

子どもができて、いろいろな物事の感じ方が
変わってしまうのは仕方がありません。

それでももともと、映画作家を目指していた
わたしを応援してくれていた妻です。

彼女もひとりの人間、
いろいろな葛藤のせめぎ合いの中で
黙ってくれている。

わたしはなんとしても彼女に報いなければならない。

そしてまた、別の問題として
彼女自身の才能を活かして
人生を思いっきり謳歌して欲しいとも願っている。

息子に対してももちろんそうです。



普段はあまり見ないドキュメンタリーを
ちょっと気になって録画しておきました。

ドキュメンタリー
「おさるのジョージ誕生秘話〜1735キロの大冒険〜」


を観ました。

毎週土曜日にNHKで放送されている
大人気アニメ「おさるのジョージ」。

その誕生から75周年ということで、
ジョージが大好きだという女優の二階堂ふみさんが、
その誕生の秘密に迫るという番組。

原作者であるレイ夫妻が残した日記が残っており
大戦さなかドイツ系ユダヤ人の夫妻が
ジョージの絵本を出版するまでの
壮絶なドラマを探っていきます。

パリからリスボンまで、
夫妻が辿った1735キロの逃避行を
二階堂さんがたどっていくというドキュメンタリー。



初めて二人が絵本を出すときの
エピソードが紹介されます。

夫がひとりの時に仕事に集中できずに
落書きをしていると妻が帰ってくる。

慌てて落書きを隠しますが
「何を隠したの?」と見られてしまいます。

ところが妻はその落書きをみて
「あなたはこういう絵をどんどん書くべきよ」
と言うのです。

素敵な夫婦ですよね。

夫が得意なことを仕事にしていくことを
後押ししてくれる妻。

怠け者で嘘つきで、目を離すと
すぐに仕事をさぼるけれど
人を楽しませるのが大好きな夫…

妻はそんな風に夫を見ていたようです。

自分の才能を発揮して自由に生きよう!

それが、二人の生きる根本にある。

わたしの妻は正直言って天才です。

収納スペースの使い方の天才。
掃除の天才。
やりくりの天才。
天才的な母性。
絵の才能もあり、手芸など手先も器用で
センスも抜群。

でもわたしはまだまだ彼女のそういう天才性を
大いに発揮できるような助力をできていません。

息子もそうです。

彼もわたしが別室からやってくると
慌てて宿題に戻ったりする(笑)。

こういう瞬間にとがめたりはしません。
そう言うときにやっていたことが
将来身を立てるようなことの発端になっていたりも
すると思うから。

わたしも小学生のころは
テスト用紙の裏に絵を書いて、ストーリーを
妄想する時間をつくるために
テストを早く終わらせたりしていました。

いま、子どもたちが夢中になっている
ゲームなどにもそういった将来性の種が
もしかしたら埋もれているかもしれない。

わたしも常識にとらわれず
自分の人生を生きたいと思っている方なのですが
大切な人…妻や息子を見て心配する目は
常識人になりがちです。

本人すらサボっていると思ってしまっているときに
やっていること…
それが本当はその人の才能を開花させる
宝物のようなサボりだったりするかもしれません。

自分のことばかり
常識にとらわれない人生を目指すのではなく、
妻や息子の人生もそういう目で見てあげられる。

そんな大人でありたいなと思えるドキュメンタリーでした。


            全ての物語のために








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2017年08月18日

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン #5」人それぞれな幸せのカタチも一瞬で共通の視点をもてるよね



幸せのカタチはひとそれぞれ

…って言いますよね?

その人にとって何が幸せなのか?

それはその人が決めることであって
それは様々です。

また、様々あっていいものです。

なにを幸せに思うかなんて
他人が決めてあげることはできません。

「コレを幸せに思え!」

なんて押し付けることは出来ない。

そうやって押し付けられたものなんて
その人にとって欲しいモノでも何でもなかったら
苦痛なだけです。

逆に不幸です。

でも、幸せの根本を知らずに
「幸せは人それぞれだ」
を結論にしちゃうと
幸せになれない人が沢山出てくるんです。

幸せの方向性がバラバラになって
自分の幸せすらも分からなくなってしまうんです。



お盆が開けて慌ただしさが戻ってきましたね。
でもまだ朝のラッシュ時は夏休みの
子どもたちがいないぶんいくらか
落ち着いているようです。

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン」
第5話


を観ました。

天野奏の緊急手術と他の患者の急変で
夜通し追われて珍しく
ぐったりしていた藍沢(山下智久)。

藤川(浅利陽介)がトマトの箱を
腕一杯に抱えて出勤して来ます。

妊娠中の冴島(比嘉愛未)が
今唯一食べられるのがトマトとのこと。

つわりで他の食べ物は受け付けないので
トマトがないと機嫌が悪いのだと
愚痴を言っているのにせそうな藤川。

緋山(戸田恵梨香)は気になる男性に
妻がいた場合について
白石(新垣結衣)に相談しました。

しかし、白石に不倫はいけないと
院内であるにも関わらず
大声で返されてしまい、
相談する相手を間違えたと後悔。

そんな救命に
下水道工事中の作業員が増水のため流され、
救助に当たっていたレスキュー隊員も
負傷しているとドクターヘリ要請が入ります。

白石、名取(有岡大貴)、
雪村(馬場ふみか)がヘリで出動。

名取はレスキュー隊員で意識のある
倉田(大谷亮介)の処置にあたり、
白石と雪村は溺水で意識不明の若い作業員、
吉崎(長谷川慎也)を
ヘリで救命センターに搬送しました。

初療室で吉崎の治療をしていると、
冴島の様子がおかしくなり
倒れ込んでしまいます。

また、別の病院に受け入れてもらった
倉田の容態が急変し
翔北救命センターに戻されることに。

立て続けのトラブルと
倉田の診断をした自分の責任に
耐えかねた名取は、処置室を
出て行ってしまい・・・



他者の痛みはわかってあげたくても
わかりようがない。
身体の痛みも、心の痛みも。

人と人がわかり合う…というのは
本当の意味では難しいことですよね。

全く同じように感じるなんてことはできない。

そのことがもどかしさを生み
ケンカになることもあれば
分かってあげたいけど分かってあげられない
という苦しみを生みだします。

藤川は冴島の気持ちを分かってあげられず
架ける言葉をみつけられず
自分は彼女を幸せにできるのだろうか?
と悩みます。

藍沢はそんな藤川に言いました。
幸せはひとそれぞれだからわからない。
でも、結婚は幸せになるためにするものなのか?
苦しみを一緒に乗り越えていくためなんじゃないか?

悲しみ溢れる救命の現場でお前は
いつも笑顔を振りまいてくれている。
お前がつくる家庭には笑いが絶えないはずだ…

そんな感じのことを珍しく真面目に
藤川に言ってくれるんですね。

っく〜〜〜〜〜!カッコイイ!!(笑)

そうですよね。

「僕がきみを幸せにするよ」
「わたしを幸せにしてね」
「一緒に幸せな家庭をつくりましょう」

なんつって、恋人が盛り上がって結婚します。

でも、結婚生活って
恋人とは全く違う次元に入ります。

家族を築く…

これは、もう本当に簡単なことではない。
惚れたはれたの世界ではない。

大変なこともいっぱいでてくる。

ぶっちゃけ、恋人同士のケンカなんて
可愛いもので、夫婦や親子となると
他の人には踏み込めない領域となる。

自分たちの感情の世界もそれだけ変わるわけです。

だから、藍沢先生の言う言葉は
ドラマを見ていた多くの人に響いたでしょうし
わたしにもど直球で響きました。

しかしです。

これはまだ、幸せは人それぞれ…
という話しの延長です。

はたと思いました。

幸せを根本から理解しようとすると
幸せという言葉の定義を
ちょっと別次元で捉える必要がある。

例えば、「幸せのカタチはひとそれぞれ」
というときに無意識に楽しいことや
喜ばしいこと、嬉しいことを
想像していないでしょうか?

何を嬉しいと思うか、何を楽しいと思うか、
何に喜びをかんじるのか…

それはひとそれぞれだし、
時と場合によっても違いますよね。

でも、それらのよろこびは、
辛さや悲しさを知っているからこそ
味わえるものだったりもする。

だから、よろこびのようにプラスのことだけではなく
辛いこと、マイナスなことも一緒に
乗り越えていける。

一緒じゃなくても近くで見守りあえる。

それが家族なんだよね…
ということを藍沢は言っていたのかもしれません。

だとすると、ホラ。

幸せの定義が少しレベルアップしませんか?

よろこびだけではなく悲しみや辛さもひっくるめて
それを感じられることそのものが
「幸せ」なんじゃないか?

だから今、生きているだけで「幸せ」なんだと
本当に幸せを知っている人たちは言う。

幸せなんて人それぞれ?
たしかにそうだけれどそれだけじゃないよね。

それだけで片づけてしまうから
みんな幸せになれずに迷走してしまう。

でもそれを幸せではなくよろこびという言葉に
置き換えてみる。

何を喜ぶかは人それぞれ。

人それぞれに喜びも悲しみもあって、
そういう人生を生きていられるということが
幸せなことなんだ…

こう考えれば、幸せは人それぞれじゃなくて
今ここに命を持って生きているという
みんなに共通のものになる。

これが幸せの根本。
あとは自分たちの苦悩をどう乗り越えるのか?
どんなよろこびを目指すのか?

それぞれ自分が求めるものを
自分のやり方で突き詰めればいい。

そう考えれば、結婚だけじゃない。
どんな人生も、よろこびのためだけに
生きているんじゃないけど
幸せになるため、幸せに気づくために
幸せを掘り下げるために生きている

って言えますよね。


          全ての物語のために


















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2017年08月17日

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第2期 #31 『ヒーロー殺しステイン』その余波」青少年の心の育成ツール



息子が中学生になり、
まだまだ“こども”だけれども
“こども”扱いのままではいられない局面が
多くなってきました。

外で、人さまに対して、
あるいは人さまがいる公共の場で、
相手がどう感じるか?
周囲にどう思われるか?

機微を察して、ふさわしい態度である。

ようは当たり前のことは当たり前にできる
けじめの話でもあるのですが、
それらを教えるには、
どうしても頭での理解ではなく
感覚的な部分での理解を必要とします。

わたしも、家でも学校でも外でも、
そういうことは相手を怒らせてしまったり
失敗をしながら学んできたことも多いですが
両親や先生、周囲の大人たち、
または実体験などから学んだことばかりではなく
映画やアニメを見ながら
ケーススタディをたくさん学んでいたと思います。

特に、心の交流、その機微となると
小学生ながら垣間見ることができた
他えば「タッチ」や「北斗の拳」などは、
(当時のわたしからみると)
大人の心のやり取りが、セリフにもない
沈黙のシーンで学べました。

映画などもそうですよね。




夏休みも終わりが見えてきて、
大人のわれわれも、夏の終わり、秋を意識し始めるころ…
突然の豪雨などがあり、なんだかまた梅雨みたいですね。

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第2期」
第31話「『ヒーロー殺しステイン』その余波」


を観ました。

ステインは倒され、逮捕されました。

その戦いで負傷した飯田の腕には
後遺症が残ると病院で知らされます。

さらに警察は許可なく個性を使って戦った
出久、飯田、轟に
処分対象であることを告げ・・・。

一方、グラントリノは、
弟子であるオールマイトに対し、
ステインと敵<ヴィラン>連合が
つながっていくことの危惧を伝えます。

ステインのカリスマ性により、
これまで潜んでいた“悪意”たちが
連合に繋がっていくと
それは強大な力になりうると。

オールマイトはヴィラン連合の陰に
宿敵「オール・フォー・ワン」の存在を
感じていました・・・。



出久くんが、委員長の飯田くんに
謝ろうとしてやめるシーンがあります。

職場体験に向かう前なのか
飯田くんと駅のようなところで
出久くんが分かれる回想シーンが出てきます。

飯田くんはもっとも尊敬するヒーローである
お兄さんをヒーロー殺しステインに傷つけられ
再起不能にさせられました。

自分がお兄さんの跡を継ぐことを誓ったようですが
ステインを前にした飯田くんは
復讐心でいっぱいになってしまっていました。

私怨でその他が何も見えなくなっていたんですね。

出久くんは職場体験前のあの別れの時に
飯田くんの苦しみの深さに気づいてあげられなかった。

そのことはすでに一度、
飯田くんに謝っていましたが、
飯田くんの腕に後遺症が残ることを知らされ
もう一度謝りそうになる。

でも、その時はやめました。

「もう、飯田くんはあの事を飲み込んで
前を向いているから、今、謝るのは失礼だ」

と感じてやめるんですね。
その代り、お互いの今後をたたえ合って握手をする。

高校生を主役にした少年マンガ。
対象は小学高学年生以上でしょうか…

下手をすれば大人でも忘れてしまいそうな配慮・機微。

それを分かりやすく表現して見せているんですね。

わたしは振り返って息子に聞いてみました。
「今のところ、意味分かった?」

「わかるよ!」と
バカにするなと言わんばかりの反応でした(笑)

わたしも仕事がら“謝罪”をすることは多いですが
礼を尽くすからこそ逆に謝罪の言葉が失礼にあたる
という場面にはしばしば遭遇します。

過ぎたことはしっかりと受け止めて
お互い前を向いて行こうという態度の方が
より相手を尊重し謝罪しなければならないことも
真摯に受け止めているという態度になることが
あるんですね。

こういった機微はなかなか説明で伝わるものではない。
物語とはそういった、言葉だけでは説明しづらい
“雰囲気”や“感覚”を伝えるのにとても有効です。

少年マンガというわくわくしながら楽しめるもの、
多くの人から支持をされるエンターテインメントだからこそ
そういった物語の役割を、
発信者も受けても意識して、成長していきたいですよね。


          全ての物語のために








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2017年08月16日

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第2期 #30 決着」みんな持ってるカリスマ性



カリスマ性があるよね…

「…はい?」

わたしに向かって「カリスマ性がある」なんて
仰られました???

昨年でしたか、ある先輩に言われた言葉が
あまりにも突拍子もなく
別人と間違っていやしないかと
耳を疑ったことがありました。

でも、その言葉は間違いなく
わたしに向けられた言葉でした。

正直悪い気もしませんでしたが
自分でもカリスマ性をなんて
持ってなんているはずがないことくらいは
わかります。

よくよく聞いてみると、
カリスマ性の種くらいは持っているのだと、
そういう話でした。

話を聴いているうちに
なるほど…と思うと同時にそれなら
みんな本当は持っているものだな…

と思えるようになってきました。

それを元に、カリスマ性を発揮するかどうかは
ともかくとして、
その「誰でも持っているカリスマ性の種」は
自分の中に認めることができるだけでも
かなり自分に自信をもたらしてくれるものだと
思います。


アニメ「終物語」の完結編が放送されましたね。
2夜連続スペシャル。満を持してのアニメ化作品。
息子もわたしも放送時間までに勉強と仕事、
家事や食事や風呂…全てを終わらせて観ました。
録画して観るのが当たり前の今、放送時間に合わせて
メリハリのある生活を送るのもいいものです。
で、もうひとつこちらのアニメは録画して
隙間時間に観ています。

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第2期」
第30話「決着」


を観ました。

動けない飯田たちを守るため、
身を挺してステインに立ち向かう出久と轟。

飯田は2人の姿から私怨で何も見えなくなった
自分の心の未熟さを痛感しながらも、
力を振り絞って立ち上がります。

そして出久のフルカウル、
飯田のレシプロバースト、
轟の炎熱の連携により
ついにステインの動きを封じます。

気絶したステインを縛り上げ安心したのもつかの間、
“空を飛ぶ脳無”が現れ、出久を連れ去ろうとします。

それを助けたのは、なんとステイン。

「贋物のヒーローと、
いたずらに力を振りまく犯罪者も殺す。
正しき社会のために」

強烈な信念を貫こうとするステインの
激しい気迫にその場の全員が身動きできず…。



「お、お、おもしれ〜〜〜〜!!!」

と、大興奮したのはわたしです(笑)
息子のほうがそんなわたしを見て
「チチの興奮のしかたがおかしい」
と笑っていました。

本当に“男の子”の生理を知ってる
展開や演出や何よりもテンポですかね。

実はコミックス第1巻もBOOK OFFで
買っちゃいました。

一コマごとの濃度が濃くて
必然、一話ごとの濃度が濃い。

限られたページの中でギュギュっと
詰め込まれているので、
コミックスの方が頭を使います。
(そういう意味では子どもにもいいかも)

アニメはそれを忠実に映像に引き伸ばした
と言う感じですが、
観ている人の生理に合わせたちょうどいいテンポ。

気持ちよさをよく分かっている人が書いた話を
気持ちよさをよく分かっているアニメスタッフが
映像化していったという感じです。

さて、今回の話の主役はある意味
“ヒーロー殺し”ことステインでした。

テロリスト特有の偏った見方や手段ではあるけれど
純粋だからこその思想と、底知れない気迫。

まさにカリスマ。

現在のわたしは、人に陶酔するというこを好みません。
そんな自分が気持ち悪い。

でも、正直以前は有りました。

尾崎豊、長渕剛、ブルース・リー…

一番のファンは小学生のころから変わらず
ジャッキー・チェンですが、
上の3名には一時期傾倒したことがあります。

まさにカリスマですよね。

このカリスマ性の正体ってなんなんだろう?
と考えたことがあります。

カリスマとは?…ではなくて
カリスマ性がある人が持っている
あの雰囲気(それがカリスマ性なんだけど)
を醸し出す要因というか
何がもとであんな雰囲気が出るのか?
ということを…

カリスマ性を感じる人たちは
みなさん強烈な自分軸を持っていますよね?

有名な人たちだとその自分軸を
インパクトを持って世に打ち出している。

この“自分軸”というのがまず肝なんだと思います。

わたしが“カリスマの種めいたもの”がある
なんて言われたのはまさにここでした。

別に世に打ち出してもいなければ
強烈なインパクトをもったそれでもありませんが
どこか、侵し難い領域を感じさせるのだと。

しかもそれを自分の正しさとして
わたしが自信と確信を持っているのもわかると。

なるほど納得です。

でも、それが“カリスマの種めいたもの”
だとすると、誰でも持っているものですよね。

例え、今は確固としたものがなかったとしても
これから自分軸が形成されていけば
おのずと生まれてくるものです。

わたしの“それ”などはまだまだ
自分自身を守るための理論武装的な
部分が多いものですから

先輩から言われたときは恥ずかしくなりました。

ただし、その奥の奥を突き詰めていけば
本当に「侵させないぞ」という聖域があります。

わたしがカリスマ性のあるスターたちに
傾倒するのを辞めたのは
“それ”はその人の軸であってわたしのモノではない
と気づいたからです。

そして、自分軸を持たないまま
ただかっこいい人に傾倒して陶酔するのは
あまりにもカッコ悪いと思えたからです。

でも、自分の前を行く目標みたいなものは
まだまだ欲しい気持ちもある。

なので象徴としてキャプテンハーロックという
架空のキャラクターをわたしが憧れる
カリスマ性の対象据えました。

架空のキャラクターなので自分を投影できる。
理想の自分を思い描けるわけです。

そういう意味で、危険ですが
ステインはかっこよかったです。
観ていてアツくなりました。
でも、ヒーロー好きのわたしの軸から観ても
偏っている。

「ガンダム」のシャアもそうですよね。

自分軸を持てばカリスマ性は誰でも持てる。
魂の底からのものであればあるほど。

誰かに傾倒してしまっているなら
自分が自分のカリスマになることを考えても
良いのではないでしょうか?


          全ての物語のために








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2017年08月15日

ドラマ「ハロー張りネズミ #5」念がそんなに強いのなら




欲しい物は、諦めずに念じ続けていれば
いつか手に入るときがくる…。

そう信じています。

これは、人の心以外のモノ、
物質的な物という意味で、
わたしの経験上、完全に信じています。

とくにここ数年は、インターネットの普及や
絶版品の再発売により、
昔よりも簡単に様々なな物が
手に入りやすくなっているので
その確信は、強まるばかりです。

インターネットが今ほど普及していないころも
この確信は既に得ていました。

実際に欲しいと思ったものは
即手に入りはしなくとも念じ続けることで
いつか必ず縁がある…

諦めてしまえばその縁も来ないのですが
念じ続けていればフッと目の前に現れる。

例えば絶版になった本。

こういうものは、
古本屋で地道に探すしかありませんでした。
それでも、これまでに「これだけは手に入らない!!」
と諦めた記憶がありません。

TV放送の吹替え洋画やドラマの再放送なども
不思議な巡り合わせでなんとか入手できています。

この方に念じること…非科学的かもしれませんが
思い続ける力と言うのは「引き寄せの法則」
なんて言われ方もしますが、
やはりある種の“力”となって作用しているのは
間違いないと思います。

これは、自分自身がどうなりたいか?
と言うことにも使える力なのだろうと思います。



ブログを読んで頂いている知人からは
テレビ良く見てますよね〜なんて声を頂きますが、
仕事や勉強と…やりたいことは沢山あり、
かなりのメリハリをつけて生活しています。
逆に言えば、紹介しているモノ以外はほとんどテレビは見ない。
だから、流行には結構鈍感かもしれません。


ドラマ「ハロー張りネズミ」
第5話


を観ました。

ゴロー(瑛太)は霊能者の河合(蒼井優)と
北村家に起こっている怪奇現象を
調べていました。

河合によると、
和室にある床柱から霊気があふれており、
それが元になっているとのこと。

一方、床柱の出所を調べていた
グレ(森田剛)は、依頼人北村(内田慈)の
元夫に話を聞きにいきます。

問題の床柱はその元夫のお気に入りで、
わざわざ辺境の地から取り寄せたものでした。

それを聞いたゴローと河合は、
さっそくその場所を訪れ調査を開始します。

そこで、その床柱は、ある祈祷師の
怨念がつまったものだと分かります。

しかしその頃すでに…。



ホラー映画など、あまり激しいものを好まない息子が
このドラマは気に入って観ていました。

ところが前話と今回の話は夏にふさわしい
ホラー作品…

「これ、ホラーだよ〜!」
と嘆きながらも、息子も気になって観ていたようです(笑)

祈祷師や霊媒師などの霊能力者が出てきます。

わたし自身は、人の念を信じています。

昔、叔父が亡くなったという知らせを
鹿児島の実家から受けた時、
福岡の自宅にいながら固定電話のコール音を聞いた途端
「虫の知らせ」と言うのでしょうか?

そういった類の報せであることを
直感で感じていました。

当時、妹も一緒にいたのですが、
わたしが受話器を上げる直前に目が合い
同じことを感じたのをお互いに察しました。

特に、入院中だったとか、
なにかしらその予兆があったわけではなく
突然のことでした。

それでもわかるときはわかる。

これもやはり、人間が持っている念の力が
宇宙規模の何かしらを媒体に繋がっていて
感じ合えるものなのだろうと思ってしまいます。

だからこそ、幽霊や怨念なんてものも
例え本人がそんなつもりはなくとも
「念が残る」ということはあり得るのでは…
と府に落として信じることができます。

だからこそ、人間にも幽霊さんたちにも
言いたいのですけれど!

これだけの念という力をわたしたちは持っている。
持っているのだから、使わない手はないのです。

もちろん、幸せになる為にです。

先日もわたしはこの力を信じてブックオフに赴きました。

今、勉強をしていることがあるのですが、
先生から課題図書を指定されています。

幾つかは自分の蔵書にある書籍でしたが、
半分以上は持っていません。

アマゾンのマーケットプレイスなら簡単ですが、
まずは近場のブックオフからと、
得意のソフトフォーカス本棚検索をしてみると
なんとまあ、マイナーな本にも関わらず
一気に2冊もゲットしてしまいました。

本棚検索に入る前にアマゾンでタイトルと
画像イメージをしっかり脳に焼き付けて
潜在意識に念じて、いざサーチング!!

「信じていれば夢は叶う」…?

それって、夢を叶えるために何が必要か?
どんな技術や情報が必要か?
ということをサーチングして、
それを得る方法をサーチングして、
どんどん小まめに引き寄せる。

その結果、出会いや見識が広がって
自分のアンテナ感度も強くなって
望んだ結果に近づいていく…引き寄せていく。

そういうものだと思うのです。

人を呪ってる時間があるなら…
そんな強い念をお持ちなのなら、
自分自身が幸せになるためにその念のパワー
使った方が完璧に得だと思いません?


         全ての物語のために









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